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無能勇者の烙印  作者: 汐倉ナツキ
第二章 奪ワレシ者達へ
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レアーレの願い③/首謀者の過去 前編



 すでに、かれこれ一〇年は過ぎたか。

 私が───絶望の淵へ叩き落とされてからの年月が。




 その時、雲一つ無い綺麗な青空を拝めたのは妻の郷帰りの日だった。


『それじゃあ、行ってくるわね』

『すまない。私もあとから行くから』


 当時の私は仕事が立て込んでいて、一通り片付けて一息付いたあとも急の仕事が入り、予定した日程とタイミングが合わなくなってしまった。

 私の都合で日程をズラすのは申し訳無い。

 しかし妻を一人にするのはいささか不安が募る。


 だから私はさらに金に糸目を付けず、腕利きの冒険者を雇った。

 護衛の依頼。

 私は名の通った彼らを信じて、妻を送り出した。


『ええ、待ってるわ』


 それが妻との最後の言葉となるとも知らずに。




 ▽




 私の仕事はイリオス王国内に点在する大商店の経営。

 それも二店舗。

 一〇代後半で大したバックボーンも無く大きな商会に所属出来たのは正直幸運だった。

 仕事は大変だが、やり甲斐は感じている。


 上階層では主に宝石や宝石を加工したアクセサリーを販売している。

 客層は貴族向けで、変な客は少ないからやりやすい。


 宝石の他にも高級な素材を使った日用品を取り揃えたり、下階層は貴族夫人をメインで取り込んでいる。

 宝石には流行り廃りがあまり無いが、日用品や化粧品には売上に波がある。

 マーケティングを怠るとライバル商会に差を付けられる上、客を奪われる。

 その程度が酷ければ私はクビだ。


 私は雇われではあるが、店を任されている以上は全力をもって尽力する。

 真っ当な血筋のあいつでは無く、成り上がりの私を選んでくれた愛するアリアリーゼの為にも。




 四日が経ち、私が必要な仕事は綺麗さっぱり無くなった。

 しばらくは信用に足る部下に任せておける。

 大商店から出た私は急ぎ、冒険者ギルドへと向かう。


『護衛の御依頼ですね?』

『ああ、急ぎなのだが、出来れば最低でもBランク冒険者を護衛にして頂きたい』

『それですとある程度の依頼料が必要になりますが……』


 本当に大丈夫ですか? と疑念の視線を向けてくるギルド員の女性。

 突発の護衛依頼。

 それも高ランク冒険者が数人欲しいなら端金では受領する者が現れないのは自明。

 だからこそのこの視線。


『依頼額については正規の値段を払わせてもらう。必要であれば色も付けよう。重ねて言うが、本当に急ぎなんだ。貴女には手間を掛けさせるが、どうか頼めないだろうか』

『……分かりました。それではこちらで条件に合う冒険者をピックします。ですが、冒険者によっては依頼料が相場より大幅に上がる可能性もあります。あらかじめご了承下さい』

『ああ、法外な値段でさえなければ文句は無い』


 その後、私は通された部屋で待機する。

 長椅子に座るが、貧乏ゆすりが止まらない。

 別のギルド員に部屋へ案内される時、横目で見たギルド員の女性は淡々と作業を進め、依頼した業務を遂行せんと動いてくれていた。


 妻と護衛依頼を出しに来た時は期日に余裕があったから何事も無かったが、今回は期日が期日だ。

 当日。それも数時間以内に依頼を受けてくれる者を探すのは至難なのは私とて理解している。だが、それでも私は急ぎたいのだ。




『応接室の中っと……あんたが依頼主か? 北東の貴族領……の田舎町までの護衛だよな』

『クルトシュタット領の田舎町よ。ちゃんと話訊きなさいよ。仕事でしょ?』

『あーあーうるせぇ』

『なんですって!?』

『まあまあ、二人共落ち着いて下さい。それで、依頼主のレアーレ・バルトラードさん……ですよね? 高ランク冒険者に緊急依頼って事で僕達三人が受注する事になりました』


 体格が良く粗暴な男は見た目と違わず冒険者のイメージ通り荒くれ者。

 化粧の濃い露出魔のような肌面積の女は見た目に反して真面目な言動をしている。

 糸目の叩けば折れそうな細枝のような男が三人の中で纏め役らしい。


『ああ、私がレアーレ・バルトラードだ。貴方達が依頼を受けてくれる冒険者か』

『そうだ。緊急依頼なんかこの支部じゃあ誰も受けたがらねぇしギルド員がしつこいから仕方無く受けてやったんだ。感謝してくれよバルトラードさん』

『ちょっと、そんな言い方……』

『そうだな。三人にはまず感謝する』


 話が長くなりそうだった為、私は女の言葉を遮った。


『私は一刻も早くクルトシュタット領のカーシャ村へ向かわねばならない。愛する妻とその家族に逢う為に。だから、どうかよろしくお願いします』


 私の鋭い視線に慄いた男は誤魔化すように鼻を鳴らした。


『……ザンボットだ』

『私は……マホアよ。短い間だけど、よろしく』

『僕はカラークです。僕ら三人できっちり依頼を遂行します』




 ▽




『へぇ、あんた奥さんとそんな馴れ初めだったのかよ』

『そうですね。今じゃあ珍しいかもしれません。地方とはいえ貴族と真っ向から戦って惚れた女性と結ばれるというのは』

『ガッハッハッハ! いいじゃねぇか! 気に入ったぜレアーレさん! さっきは嫌な態度取って悪かったな! そんな熱い男だとは知らなかったんだ!』

『確かに金にものを言わせた依頼ではあるから、感じは良くないな。貴方の気持ちも理解出来る』

『あんた良い奴かよ!?』


 数日分の食料を乗せて疾走する荷馬車で上機嫌な声が上がっている。

 レアーレに威圧的な態度を取っていたザンボットだ。

 最初の方では荷馬車の中の雰囲気は最悪の一言だった。


 数日間ずっと嫌な空気を吸いたくなかったマホアがレアーレに奥さんとの馴れ初めを訊いたのがザンボットの態度を軟化させたのだ。

 カラークはずっと冷や汗を流しながら御者をしていた。


 カラークが御者をしているのは単純に荷馬車をレンタルしているところの御者役が丁度全員出払っていた為だ。

 おかげでザンボットとマホアより少し依頼料が上がったのでそれはそれで良しと文句は無い。


『しっかしよく襲われるなぁ』


 道中、荷馬車に襲いかかって来た魔物を討伐したり、野盗や盗賊に襲われたのを返り討ちにしたりと波乱万丈な旅路となっていた。


『アリアリーゼは無事カーシャ村に到着出来ただろうか……』

『心配すんな。奥さんに付いた冒険者はあの『熱情の晴天』のパーティメンバーだろ?』

『そうですよレアーレさん。『熱情の晴天』はイリオス王国内でもトップクラスを誇るパーティです。僕達より実力も実績もあるんですから、心配は無用ですよ』

『そうか……そうだな』


 前回までと違う襲撃の多さにレアーレは言いようの無い不安に駆られる。

 しかし、冒険者達の言葉に勇気付けられたレアーレはその不安を心の奥底に仕舞い込んだ。




 ▼




 ───イリオス王国クルトシュタット領・カーシャ村。

 そこを遠目で見てからも、村に到着してからも私は……。

 いや、私達は赤く燃え盛る酷い光景に言葉を失っていた。


『なんで……あの人達が……』


 カラークが細かった目を開いて信じたくないものを見たという顔をしていた。

 よく見ればザンボットとマホアも似たような表情を晒している。

 誰を見てそんな顔をしたのかは私にも分かった。


 妻の護衛を依頼した『熱情の晴天』のパーティメンバーが今まさに村を蹂躙しているイリオスの兵士達に混じっていたからだ。


 兵士達は畑を焼き、家を焼き、人を焼いている。

 ゲラゲラと下品に笑いながら猿のように手を叩いて悦んでいる。

 男には暴力。女にも暴力。子供にも暴力。


 戦争中の兵士達の娯楽が人道に外れている事は話に訊いていた。

 一時帰還中の兵士なら尚の事だろう事も。

 しかし、このような蛮行をクルシュタット辺境伯が許すはずが無い。許してはならないはずだ。


 この村だって元はイリオス王国の所有物だ。

 このような蛮行が許されるはずが無い。


『待て……アリアリーゼは、どこにいる……』


 まさか、あの兵士達の餌食になっているのでは……。

 そんな嫌な想像が脳裏に過ぎり、私はいても立ってもいられなくなった。


『アリアリーゼ……アリアリーゼ……アリアリー……』


 フラつきながらも駆けつけると、妻の実家にも火の手が回っていた。


『アリアぁああああああああ!?』


 己を焼く炎を気にも留めず、私は絶叫し、火傷しながら家の中を探し回る。

 そして、妻を見つけたのは義両親の寝室の中だった。


『───っ!?』


 義両親は縄で椅子に拘束されていた。

 刳り貫かれた両目の下には涙の跡が残っていた。身体中は穴だらけにされていて床は真っ赤に染まっていた。


 拷問を受けたような惨状。

 喉奥から胃酸の臭いと共に吐き気がこみ上がってきた。


 妻は……アリアリーゼはベッドの上で心臓に包丁を刺して倒れていた。

 見たところ自害。

 アリアリーゼは服を着てなかった。


 いや、床で燃えている破れた服からして剥ぎ取られたのだろう。

 アリアリーゼの身体には蚯蚓脹れや打撲跡、一番見るに堪えなかったのは白濁とした雄臭い液体が身体中に掛けられていたところだった。


 私の愛する妻は、祖国の兵士に乱暴された。


 私の二つ目の家族である三人は無惨に殺された。

 頭が目の前の惨状を理解したくないと真っ白に染まっていく。


『おいレアーレさん! ここは危ねぇ! 兵士達に目を付けられる前に村から脱出しねぇとマズイ!』

『今は緑の風魔術を使って何とかなってるけど、あと数一〇秒もすれば魔力関係無く魔術が解けるわ! その人達を連れてもいいから、急いで!』


 外野が何かを言っている。何かを叫んでいる。

 申し訳無いが何も訊こえない。何も訊き取れない。

 私はもう、何も考えたくない。


『レアーレさん! ……くそ! 頬を叩いてもダメだ! 放心してやがる!』

『無理も無いわ。あんなに惚気話が出るくらい仲睦まじかったパートナーとその両親が……こんな、酷い殺され方されたんだもの……っ』

『三人は俺が連れていく! マホアはレアーレさんを頼む!』

『肉体労働は……私の仕事じゃあ無いんだけどっ!』


 魔術士であるマホアは文句を言いながらもレアーレを担ぎ上げた。

 ザンボットは背中に担いでいた大剣を下ろし、アリアリーゼの両親を拘束している縄を斬り落とした。


 そしてベッドの上にある薄い掛け布団でアリアリーゼを包み、三人を持ち上げてマホアに続いて燃え盛る家から抜け出した。

 すぐ外で待ち受けていたのは、王国の兵士。

 村に入ってきたネズミで遊ぼうと家の周りを包囲している。


 そしてザンボットが兵士より気に入らないのは細目の男。


『カラーク……てめぇ、そっちに付くのかよ!』

『そうです。僕は長生きするなら長い物には巻かれるべきだと思ってるので』

『貴方、今最っ高にダサいわよ』

『ふん。ダサいとかダサくないとかそういう問題じゃあ無いんですよ。それに僕は『熱情の晴天』には冒険者に成り立ての時、お世話になってたので頭が上がらないんです』


 カラークは情けない事を胸を張って語っていた。ダサい。


『見たところ『熱情の晴天』のメンバーはここら辺にはいねぇ。マホア、魔術で撹乱して何とかやれねぇか?』

『Bランク冒険者の能力値は目の前の兵士と似たようなものだからやれるか分からないってのが建前。でも、魔術っていうのは適性があるのよ。そして適性の色の練度を上げれば下級魔術でも上級魔術よりも……強くなれるってのが本音よ!』


 マホアは二秒に満たない高速詠唱をして突風を起こした。


『ぐわぁああ!?』

『くそっ! 目が!?』


 土埃を巻き上げ、カラークと王国の兵士達に叩き付けた。


『今よ!』

『でかした!』


 二人は荷馬車まで走るが、村の入口には見覚えのある男達が、『熱情の晴天』のメンバー達がいた。


『君達、ソロの冒険者……だよね?』

『カラーク君から訊いたよ。オレ達を出し抜こうとしてんだって?』

『良くないなぁ、実に良くない。先輩に対する敬意が足りないよ』


レアーレの願いは⑦で終了です。

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