レアーレの願い②/『神の御言』
真っ直ぐと果敢に走り進む六台の荷馬車。
しかし、人が通るルートとかけ離れてる道では無い道を通ってる為、周辺に生息する魔物との遭遇が増えた。
高頻度で襲いかかってくる不死の魔物グールと生身の獲物を求め襲いかかってくる周辺に生息する魔物。
疲労からか信者達での対応は少し雑になってきていた。
面倒だが、動けなくなる者が出て崩れる方が大変な目に遭う。
だからそこで真昼は隣の荷馬車に伝えた。
「生きている魔物は私が引き受けます! 貴方方はグールだけに集中して下さい!」
「しかし! 目視出来る魔物だけでも五〇を超えています! メシア様だけに負担を掛ける訳には!」
「私はメシア! この世を救う主、人類の解放者、世界救済を望む現人神! であるからこそ───」
「ええ、愚問でした……信じます! 我らの教主を……そして我らの神を!」
真昼は信者を救いたい訳では無く、これ以上信者を削られたくない一心で行動する事にした。
しかし、表面上は綺麗なままで見せる必要があるからメシアムーブは辞められない。
めんどくさいが仕方が無い。
気を取り直し「さて」と真昼は軽く息を吸う。
「メシアが神託を下します! 《魔物よ! 我が元に降り、味方となりなさい!》」
生きている魔物は真昼の声が耳に届いた後、少し動きが鈍った。だが、次の瞬間には俊敏に動き出してグールの動きを阻害し始めた。
ある魔物は体当たりし、ある魔物は所有する技能を用いて荷馬車の守護をする。
己が利にならない事をする。
普通だったら有り得ない魔物の動きにアリスが「むっ!?」と驚いた顔をする。
「マヒルの能力の対象は言葉が通じる者……というか人間だけでは無かったのか!?」
「ああ、俺の能力『神の御言』は生命全てが対象だ。動物も、植物も、虫物も、何もかも。生きてさえいれば───神だって俺の思うがままだ」
真昼の「本物の神がいるかどうかは知らないがな」という言葉に続けてアリスは「ふむふむ! 流石は私の運命だな!」と自慢げに頷く。
そして他の荷馬車でも魔物を従わせるメシアを賞賛する声に溢れていた。
だけど、そう楽観してられない者もここにはいた。
「(アリス・フィア・ルーベンデルクの重力を操る神の贈物も強力だけど、マヒル・シオクラの神の贈物はそれ以上に凶悪だ……魔物を問答無用で仲間にするなんて魔王誕生に相応しい力。僕に使われたらと思うと確かに恐怖を覚える。でも───)」
それはスマルド……。
「(研究意欲を刺激されちゃってるんだよね! 未知の力である神の贈物はサンプルが少な過ぎる。賢者の塔にある書庫の記述からして同一の能力はほぼ無いと言っていい。アリス・フィア・ルーベンデルクとマヒル・シオクラだけの神の贈物能力……あっは〜〜〜、下手に出て靴でも舐めてお願いしたら研究させてくれるかなぁ……っ!)」
───では無く、ソラスだった。
「(これまでの二人の会話から想像するに、メシアの偽名を名乗るマヒル・シオクラは新興宗教のトップでアリスはその仲間。そして二人共伝説の力、神の贈物を持っている……。今はまだ何もされていないけど、いつ考えを改めてぼくを操るか分からない)」
緊張からソラスはゴクッと喉を鳴らす。
「(逃げ出そうにも、ぼく一人じゃ何も出来無い。戦う者としての能力値は並。年齢が低ければどこにも伝手が無い。運良く植民地の偉い人に会えてカルメロルツの王族だと明かしてもきっと政治的に利用されるだけ。つまり逃げ出せたとしても無意味)」
ソラスは考える。
己の最も都合の良い未来を掴み取る為の計画を。
「(だったら逃げ出すのは愚策。逃げ出さずにぼくの有用性を二人に示す。目下は二人の信用と信頼を勝ち取っていく。そしてこの二人を利用出来れば、ぼくはシャルを救い出せる!)」
真昼はソラスの視線に気付き、声を掛けた。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
視線を逸らしたソラスは思い返す。
「(ぼくの技能の一つ『聞き耳』でスマルド・エルシーニが来た時の発言は離れてても聴こえていた。マヒル・シオクラはぼくの故郷カルメロルツに召喚された勇者の一人。だけど、不名誉な理由で切り捨てられた……おそらく無理矢理被せられた冤罪で。だったらカルメロルツに怒りを抱いてるのは言うまでもない。ぼくと目的は一致する……はずだ)」
ソラスは無意識にギュッと小さな手の平を握りしめた。
「(必ずシャルを救い出して、ぼくは……ぼくはカルメロルツを───ぶっ壊す!)」
▼
真昼が神の贈物を使ってから三〇分が経過した。
依然グールの襲撃を受け続けながら荷馬車を走らせ続けている。
「ここいらには魔物がいないな」
「使役した魔物はみんな疲労で動きが鈍ってグールにやられちまったし」
「うむ……ここは死の臭いが濃い」
「死の臭いは分からんけど、確かに空気は重くなったな」
鑑定眼の視認範囲を拡げると三〇〇体のグールに四方八方を囲まれてるのが確認出来た。
「また囲まれた。魔術組も魔力が減ってきてるし、そろそろマズイかもなぁ……」
「ね、ねぇ? 僕の拘束を解いてくれたらグールの群れから脱出する手段を教えてあげてもいいけど、どうする?」
頬に冷や汗を流すスマルドが真昼に交渉を仕掛けてきた。
しかし、スマルドの魂胆は鑑定眼の前では丸裸同然。
「拘束を解いたらお前の造った魔導具でお前だけ逃げる気だろ?」
「ひゃああああ!?」
「懐に仕舞ってる収納の魔導具の中のを使うんだろ? なあ……」
真昼はスマルドの白衣の内ポケットに仕舞われていた薄いカード型の魔導具を取り出し、ヒラヒラと見せびらかす。
「バレバレだから」
「…………」
「貴様、逃げ出そうと考えていたのか?」
「うぐっ!?」
アリスが掴む首に力を入れられ呻くスマルドは自身の唯一の武器を奪われ、失意に俯いた。
だが、真昼はスマルドが僅かに口角を吊り上げたのを見逃さなかった。
「お前、まだ余裕そうだな」
「え……?」
「そりゃそうだよな。靴底とベルトのバックルにまだ隠し持ってるんだもんな」
「っ!?」
真昼は靴底のギミックを解除し、薄いカード型の魔導具を回収。
ベルトのバックルには小さな突起が八つある。
定められた順番で押し込み、バックル型のボックスを開いた。
「バックルの方に入ってんのはSDメモリーカードくらいの大きさだな」
スマルドは目を見開き、パクパクと口を動かす。
「なんで隠し場所と解除方法が全部分かったんだ? って顔してるな。言っちゃえば簡単な事だ。全知の神メシアは全てを見通すんだよ」
嘲笑うように言う真昼にスマルドは内心で侮っていた事を反省していた。
「(マヒル・シオクラを神の贈物だけの人間と勘違いしていた。囮の場所を探し当てて満足する人間じゃなかった。カルディッシュでの噂話で彼の武勇伝は耳にしてたはずなのに……まあ、ひとえに僕の油断が悪いんだけど……。それにしても僕の秘密導具は全部奪われちゃったし、事前に救難信号は送ったはずだけど……───っていうかラベッタ君は何してるの!?)」
そんなスマルドを横に真昼は神の贈物を掛けた信者達と共に停止した荷馬車から降りた。
「アリス」
「うむ! 二人は私が見ている! 離れ過ぎなければマヒルの護衛もバッチリだ!」
「ああ、頼んだ」
近接戦闘に入る戦闘員とメシア。
魔術組は後方から交代制で援護支援に入る。
魔力を温存させる為だ。
「この剣、だいぶ研磨したというのに斬れ味がまったく変わりませんね」
縦に一閃入れただけでまたしてもベトベトした液体が剣にくっ付いた。
いくら刃先を鋭くしても目の前のグールら相手には無意味だったみたいだ。
近接専門の信者達は刃が鈍ろうと関係無いと言わんばかりに剣や槍で叩きに行っている。
やはり脳筋か。脳筋が一番強いのか。
というよりかは能力値が高いとゴリ押しが出来るから自然とゴリラになっていくのか?
真実は分からないが、取り敢えず今は斬って斬って斬り続けるか。
「りゃあああ!」
真昼は斬って離れてとヒットアンドアウェイを繰り返す。
離れないと粘液を振り落とせないからね。面倒だね。
今のところアリスの援護を貰う事態にはなっていない。
それと一匹を両断する毎になぜかレベルアップしている。
両断した魔物は活動を停止してないけど、経験値は貯まってる判定になっているのだろうか。
このレベルアップに理解が及ばないけどまあ都合は良いから良しとしよう。
▽
「うむうむ。体捌きが良いな! 私の運命は何かしら武術でも習っていたのだろうか……うむむむ、もっと私の運命の事を知りたいぃ……っ!」
剣で戦う真昼の姿に夢中になっていたアリスは大人であるスマルド相手はともかく、小さい子供であるソラスへの注意が散漫になっていた。
「ねえ、逃げたよ? あの子」
「む?」
スマルドの言葉に反応し、パッと右手側を見たアリスは目を見開いてフリーズした。
いつの間にかアリスの右手にいたはずのソラスは影も形も無く姿を消していた。
ソラスは荷馬車から少し離れた場所を他の荷馬車から調達したであろう剣を持って疾走していた。
「うーむ………………………………なにぃ!?」
数秒ぼーっとした後、小さな子供に出し抜かれた事にようやく理解が及んだアリスは慌てて追いかけた。
スマルドの首根っこを掴んだまま。
「待てソラス! 絶対に逃がさんぞ!」
「首がぁあああああああっ!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!?」
「(ぼくも戦って、ぼくの有用性を示す! 貴女に捕らえられたままじゃ評価は絶対に上がらない! だから───)」
「待てと言ってるのが訊こえないのか!」
「いっつ!?」
アリスに拳骨を落とされたソラスはそのまま首根っこ掴まれて元いた場所に連れ帰された。
「あまり手間を掛けさせるな! この愚か者が!」
「ぼくも、何か役に立ちたくて……」
「貴様を使う時は私の運命が決める。勝手な真似をするな」
「はい……すみませんでした……」
「反省しているならよいが、私の運命には伝えるからな」
「ところで、どこに行ったの? 彼」
「は?」
スマルドの言葉でパッと前方を見渡す。
しかし探せども真昼はまったく見当たらない。
探せども真昼はまったく見つからない。
「ば、馬鹿な……。マヒルの引力が……消えた……?」
「引力……?」
呟くスマルドを横にアリスは考える。
「(視界にいる内は気にならなかったのが仇となったか。今思えばグールが近くにいる時に限ってマヒルと私を繋げる引力は弱くなっていた。たかがグールに神の贈物を阻害する何かがある訳が無い。と、なると考えられるのは……)」
あのグールを作った存在は───神の贈物所有者!
「(の、可能性が高いだけだが……だとしてもその者の引力は感じ取れない。なぜだ? マヒルの引力は遠くからでも感じ取れた。引力が発生する理由は私との相性か? その者の引力がマヒルとの引力を阻害して……むむむむ、現状じゃなにも分からぬ……)」
「それで、どうするの?」
「うるさい白髪メガネ!」
「し、白髪メガネ!?」
「当然、探しに行くに決まっている!」
アリスは近寄ってくるグールを容赦無く潰しながら直進し出した。
「アリス、どうした?」
近接戦闘組の信者が話しかけてきた。
「メシアが分断された。貴様ら、とろとろせずグール程度とっとといなせ!」
「なに!? メシア様が!?」
「緊急事態だ! お前ら! グールを倒しつつ分断されたメシア様を見つけ出せ!」
おおおおお! と信者達の雄叫びが辺りに響き渡った。
▼
「完全にはぐれちゃった……」
グールの群れは陣形を意識してる訳じゃないだろうから、結果的に誘い込まれた形になってしまった。
アリスと離れ離れで久しぶりの完全アローン。
悪いのは間違いなく俺じゃない。
タイミングが悪いよタイミングが。
アリスの保険も無くなっちゃったし、これはもう仕方が無い。
出来れば使いたく無かったけど、そうも言ってられないし、アレに使うか。
「汐倉真昼が命じる! 《俺の声を聴き届けたものは全て、俺の指示通りに動け!》」
どういう原理かまったく分からないが、動物や虫物はともかく神の贈物で命じた植物は異様な動きを実現する。
事情を知らないままその植物を目の当たりにしたら俺はわんわん泣く自信しか無い。
「虫物は降り掛かる危険から俺を護れ。植物はグールを拘束しろ」
真昼の命令を受けた草花はグールの足に絡み付く。
バランスを崩したグールの群れはバタバタと倒れて動きが鈍る。
その隙に木々がシュルシュルと枝を伸ばしてグールの身体に巻き付いた。その間約六秒。
そしてグールの群れが完全拘束されるまでの時間は約二〇秒。
うーん。ホラーかな?
植物が機敏にグネグネ動くのは何度視てもキモ過ぎる。
「植物はそのままグールの群れを殺し続けろ」
自分で言ってて思うけど、死体を殺し続けるって分っかんねぇな。
そんな事を考えてる間に木々は新たに枝を伸ばし、グサグサとグールを滅多刺しにし始めた。
「おー、やっぱり神の贈物で支配下に置いた存在は俺が使用する武具扱いになるんだな。レベルアップが止まらん止まらん」
これからは植物を使ったレベル上げもありか?
いや、これまで通り植物に頼るのはほどほどにした方がいいか。
グールは個体差こそあれ、基本がランクD相当。
能力値が高ければランクB相当のグールもいる。
こいつらを簡単に倒せるのはひとえに動きが鈍いからだ。
他の魔物や人間相手であれば、植物を操っても陽動にしかならなそうだからあまり頼れない。
というか見た目がキモくてあんまり使いたくないのが本音。
「ん?」
しばらく歩いてると錆びた鉄柵が視えてきた。
縦三メートルほどの鉄柵に蔦が巻き付いてる。
どれだけ放置されてたのかが分かる古び様だ。
錆びた鉄柵の向こうには寂れた洋館が建っていた。
「あの建物、怪しいな。如何にもって感じ」
錆びた鉄柵と洋館の間には案の定グールがうじゃうじゃとひしめいていた。
こんなんバイオじゃん。
ハザード並みに死体量が多いし……。
これは群体恐怖症の人が見たら終わるレベルの集合体。
端的に言ってキモイ。
「まだ昼前で良かった……暗くなってからこんなん視たら一〇〇パーセント動けなくなってたね。一〇〇パー」
とにかく、あの建物に人を殺してグールに変えた首謀者がいる事は間違い無い。
鑑定眼で中を確認したからこれは確実。
金髪で白いスーツを着込んだ男が優雅にワイングラスを揺らして酒を呑んでるのが視えた。
「なんだあいつ……俺にちょっかい掛けてきた癖に自分は優雅にアルコールタイムか酒カスクソ野郎が」
鉄柵から洋館までの距離はおよそ四〇メートル。
その間にグールの群れがひしめいている為、侵入は困難。
その事実を前にすると首謀者の男が余裕をぶっこくのには納得がいく。
そして、そんな首謀者の男の態度に苛立ちを覚えた真昼は眉間に皺を寄せて植物に指示を出す。
「洋館の中にいる男の死角から俺を洋館の中に運べ。地上三メートルを維持してだ」
木々が枝を伸ばし、真昼を持ち上げた。
揺れも少なく、丁重に運ばれる。
その間、真昼はなるべく下を意識しないようにしていた。
余談だが実はこの男、脚立の三段目で足が竦むほど高いところが苦手である。
高所恐怖症とまではいかないが、高いところが大の苦手なのだ。
幼い時は木登りしたり貯水槽から飛び降りたりと危険な事を楽しんで遊んだりしていたが、成長期で背が伸びてから好んで高いところには行かなくなった。
視点が高くなったからか知恵が増えたからか、突然高所に恐怖心が芽生えたからである。
まあ、そんなどうでもいい小話は置いておいて、伸びた枝は破損している鍵穴が付いた窓を丁寧に開き、見事真昼を洋館に運び込んだ。
「ふぅ……よし、戻ってろ」
高所でバクバク激しく動く心臓を落ち着かせたあと、発した一言で真昼を運んだ枝はシュルシュルと元いた場所へ引き返した。
「さて、行くか」
真昼は首謀者の男がいる部屋へ歩みを進めた。
その合間に鑑定眼で情報を抜き取り咀嚼する。
「男の能力値はランクE寄りのランクDだ。だが、男のステータスには神の贈物が確認出来た。無理矢理属性分けして当て嵌めれば白の回復魔術系統。その神の贈物を使って殺した人間をグールに変えたんだろう。グールになった人間の年代的に墓を掘り起こしたりもしてたみたいだが……」
ギィイイと軋む扉を開き、中にいる男に問い掛けた。
「お前、良心の呵責とか無かったのか?」
「なんだ……君は……?」
「質問に質問で返すな酒カス。俺が誰かだなんてどうでもいい」
首謀者の男は突然の真昼の登場に驚愕を隠せていない。
というより予想だにしていなかった様子だ。
だからか目に見えて困惑している。
「……いや、どうでもよくないな。君は誰だ。どうやってこの建物に侵入した。そしてなぜ侵入してきた。見たところ最北端の人間に見えるが……?」
「うるさいなぁ無駄話が。俺は余計な手間を掛けさせられた。さらには俺の戦力を削られた。被害者なんだよ俺は。だから加害者であるお前は黙ってとっとと───《死ね》」
「……………………」
首謀者の男は懐から鋭利なナイフを取り出し、自らの首を斬り裂いた。
ひと時も声を漏らさずに床に倒れ、静かに息が絶えて呆気無く死んだ。
「手間取らせやがって…………………………あ、このおっさん貴重な神の贈物所有者だったってのに殺しちまった。つい」
まあ、いいか。
そもそもが敵性存在だった訳だし、俺も先を急いでた訳だし。
「結論、お前が俺の信者を殺したのが悪い。それも四人もだ。だから───俺は悪くない」
即死。
それ故に出オチ。




