第12話 金縛り
古典的な心霊体験の一つとして広く知られるものの一つに金縛りがある。
色々な知人に話を聞いていると、面白いことにこの現象だけは、霊的な素養のなさそうな人でも体験している場合がちらほら見受けられる。
かくいう自分もこれまでの生涯で二度だけ金縛りを経験しているので、今回はその時のことを記したい。
一度目はかなり昔、たしか大学の二年次の終わり頃だったかと思う。
下宿先の二階の部屋で畳に布団を引いて眠っていた私は、夜中の二時か三時くらいに目が覚めた。
寝相の良くない自分にしてはきちんと枕に頭を置いて寝ていたのだが、寝返りを打とうしても全く体が動かない。指一本すら動かせないのだ。
あっ、これが金縛りという奴だなと妙に冷静に考えた。すでにその頃には、金縛りは睡眠時の脳の覚醒で、身体がまだ眠っている現象なんだという説がそれなりに広く伝えられており、私もそれを知っていた。特に怖いと感じることもなく、下宿の板が張られた天井を見ながら、うわさに聞く「足の親指を動かそうと意識すれば金縛りは解ける」という方法を試したりしていた。たしかその試みは成功し、満足した私はそのまま眠ってしまったように思う。
二度目はそれから数年後、社会人になってからの話である。
引っ越してからまだ日の浅い新築の賃貸マンションで、これも買ったばかりのベッドに私は寝ていた。思えば社会人になりたての頃だった。夢を見ていた。
夢の中で私は、大勢の仲間たちと一緒に、どこかの温泉旅館のような場所で宴会をしていた。広い畳の座敷に長い木の卓が数列並び、皆がめいめいに料理と酒を味わいながら賑やかに話し合っていた。私もいい気分で酔っており、浴衣姿の仲間と他愛もない酒の席の話を楽しんでいたと思う。居並ぶ人々は現実での知り合いではなかったが、夢の中ではよくある通り、そのときは十年来の知り合いのように気軽に話し合える仲間だと感じた。宴が進み、やがて私は行儀悪くごろりと横になると、まだ騒いでいる仲間たちの声を聞きながら座布団を枕にして眠ってしまった。
少しして目を開けると、まだ同じ宴会場にいた。夢の中で眠って、夢の中で目覚めた形だ。何時間か経過している様子で、座敷の照明は落とされ部屋は薄暗くなっていた。周囲では酔いつぶれた面々が皆だらしなく眠っているようだった。私は酔いの残る寝惚けた頭で、いい宴会だったなと考えていた。俯せに横たわる私の背中の上に、誰か小さな人がおぶさるように重なっていた。夢の中の私にとっては気心の知れた相手だったらしく、まるで年の離れた妹か誰かが乗っているかのように安らかな気分で、私は彼女の体重を感じていた。彼女は私の耳元でぽそぽそと何かを囁いていたが、私はまともに取り合おうとせずに、ただああとか分かった分かったとか言いながら、心地良く彼女の声を聞き流していた。
そこで目が覚めた。引っ越したばかりのマンションのベッドの上で深夜、今度は現実の目覚めだった。
ワンルームの白い天井と、消灯された照明が見える。金縛りにあっていた。学生時代のそれと違い、私は即座にまずい、と思った。背中にまだ誰かの重さを感じていた。仰向けに寝ているのに、乗られているのが分かるのだ。人の形に重さを感じる。この時ばかりは悲鳴を上げられるものなら上げたいほどの緊迫感を覚え、冷や汗が流れた。
幸いと言っていいのかどうか、それ以上の現象は起こらずに、しばらく経って金縛りは解けた。同じマンションにはその後も数年住んでいたが、不可思議な体験は他にしていない。
(追記)
生理現象としての金縛りについてはその後の数回の体験を経て、ほぼ自分の中での解明が済んだ。
金縛りはいわゆる「寝落ち」の直前に見ていた光景が半覚醒時に写真のように静止画のまま見えている(と錯覚している)状態で、身体が動かないというより視界が動かないという方が実態に近い。脳の働きや夢と同じ分野の問題になると思われる。
以前、たまたま自分の両手が視界に入る体勢で眠ってしまった時に金縛りを経験したが、明らかに見えている両手の位置と、感覚で「在る」はずの両手の位置とが10cmほどずれていた。
いくら動かしてもその変な位置のまま全く動かない両手の奇妙な感覚から、前述の結論に至ったのだが、どうだろうか。全てとは言わないまでも、世の人々が体験する金縛りの半分くらいは、固定された視覚の記憶の追体験なのではないだろうか。




