5話 ご家族とご対面……?
「琵和先輩って、親しい女の子とかいるのかな……?」
突然気になった巴だ。
大学生活で初めての長期連休。
今日の巴は玄孫ほどの年頃の友人たちと、市内のカフェでお茶をしていた。
「うーん。少なくとも大学内ではそういうの見掛けない気がするよ」
「院生って普段別棟にいるから、そもそも先輩自体中々見ないけどね」
——そう、琵和の交友関係は謎めいている。
今日巴が少女たちから誘われてカフェに来たみたいに、琵和も女の子からのお誘いを受けていたらどうしよう。
「今だって酒豪のお姉さんと一緒に仲良く呑みに行ったりとか……」
「そういえば先輩って、お酒をよく飲む女の人が好きなんだっけ?」
べしょりと机に伏せると、巴は曲げた腕に顔をぐりぐりと押し付けた。
「そう言ってたぁ……。わたしも今年から飲める年齢だけど、……ああもうっ、どうせ不確かなんだし、誕生日を夏の終わりにしなきゃよかった……!」
秋の直前くらいに生まれた気がして設定した誕生日だが、今はそのノリが少し悔やまれる。
一刻も早く琵和と杯を交わし、存分に惚れていただきたいのに。
「ん? 巴ちゃん、なんか言った?」
「ううん、なんでもなーい!」
純真な友人に聞き返され、きちんと少女らしい表情に戻してとぼけてみせる。
年頃の少女たちが集まるので、話題はすぐに変わっていった。
* * * * *
そのあと連れて行ってもらったカラオケで、大きな声と音楽にはしゃいだのが夕暮れまで。
バス停で各々が解散し、巴が帰路についたのが今。
(今日は楽しかったなあ。これが大学生の夏……!)
巴は浮き立った気分のまま、窓の外を流れる夜景を眺める。
びゅうびゅうと風を切るように進む車は、乗っていていまだに楽しい。
繁華街ではたくさんの人が降りて、乗り込む。お高めな料亭が立ち並ぶ辺りでは、人の乗り降りは少ない。
そんな様子を何気なく見ていた巴は、不意にぎょっとした。
『お降りのお客さまはいらっしゃいませんか? ……それでは、間もなく——』
「あっ……、すみません! 降ります!」
慌てて荷物を掴むと、声を上げてバスを出た。
息を切らして先ほど見かけた料亭に駆け寄る。
やはり、いた。琵和と、——きれいな女性が。
まっすぐな白い髪をかき上げ、女性は親しげに琵和へ凭れ掛かった。
一緒にここで食事をしていたのだろうか。
唇がくっついてしまうくらい顔を寄せ、耳元に何かを囁く。
琵和はこれまで見たことのないくらい気を許しているように見えた。——いや、眉をひそめてうんざりしているようにも見える。
(やっ、やっぱり酒豪の女の人に誘われてたぁ……!)
物陰から目を凝らすが、どう見ても親しい二人に落ち込みそうになる。
そんな自分を奮い立たせるように胸を張り、巴は意を決して彼らの前に姿を現した。
「きっ、奇遇ですねぇ! こんばんは、琵和先輩! ……それと、」
巴に視線を向けた二人は、笑みを浮かべていた。
琵和は仄かな苦笑を、女性は整えられた作り笑顔を。
琥珀色の瞳の中、丸くて黒い瞳孔が巴を見据える。
つい肩が竦む。鳩の姿だったら、きっと身体を細く伸ばして固まっていた。
作り物のように美しい女性が、夜闇を背景に、何か恐ろしいもののように見える。
「巴ちゃん、こんばんは。この人は……、ちょっと!」
「もう、からかっただけなのに」
女性が琵和に向き直ると、その緊張感は糸が切れたようにほどけた。
知らないうちに呼吸を止めていたらしい。巴の口から長く息が漏れた。
まだ、どこか息苦しさを感じる。
「からかう相手を考えて」
「加減はしてるわ」
目の前の二人は、腕を絡めたりそれを押しのけたりしていて、ずいぶんと親密そうだ。
胸をかきむしられるような心地になって、巴は軽く唇を噛んだ。
「あっ、妬いているのかしら! それとも落ち込んでる? うーん、健気ねえ……。つつきたくなっちゃう」
琵和のこと好きなのよね、わたしと琵和は深い仲なのよ。
そんなことを言って巴へ一歩近づく女性に、思わず一歩身を引いてしまった。
(こ、こんな若いお嬢さんに怯えるのも情けないけど、なんだろう……。このひと、やっぱり怖い……)
足元でざり、と音がする。さらに一歩後ずさった音だ。
巴の目は、次第に潤んでくる。
琵和と引き離したい。でも、敵わないかもしれない。そんな心地になる。
「もう! ……巴ちゃん、ごめんね。この人僕の姉なんだけど、中々いい性格をしていて……」
「はわっ……!」
潤んだ瞳も、すぐに乾いた。
先ほど少しずつ早まっていた鼓動は、別の意味で騒がしく鳴り響く。
女性から庇うように、琵和が巴を抱きしめてくれたから。
「ぜ、全然、問題ないですぅ……」
茹蛸——鳩だが——のようになった巴だが、言葉に理解が追い付くとハッとした。
「ん? あれっ、お姉さま!?」
「そう、琵里亜っていいます。怖がらせてごめんなさいねぇ、小さいお嬢さん」
琵和の腕の中から横目で女性を見ると、ひらりと手を振って微笑まれる。
先ほどとは違って、うんと温かな表情。
巴の身体の強張りは、すっかりほどけた。
「う、あ、お……お会いできて光栄です! ……わわ、よく見るとお顔がそっくりでした。あと、髪の毛の色が素敵です!」
「あら、琵和、聞いた? この髪が素敵なんですって。やっぱり白って神秘的でいいわよねぇ」
「……」
明らかに揶揄うような口調と頭上の沈黙が気になる。
身体を反らして琵和の顔を見ると、少し不服気な顔をしていた。
「おっ、お姉さますみません! わたしはオリーブ色の……と言いますか、琵和先輩の髪の色がいちばん好きです!」
「あらあら、琵和、よかったわねぇ」
「……はあ。いちいち絡まないで、さっさと帰って」
琵和が片手をしっしと振ると、琵里亜はにんまりと微笑んだ。
そのやり取りに気を取られているのか、もう片方の手は巴の背中に回ったままだ。巴はぴたりと身体を添わせ、腕の中を満喫する。
「弟がいじけちゃいそうだからこれで失礼するわね、巴チャン。また来るわ」
「しばらく来ないで」
「そんなこと言っちゃって」
仲がいいのか悪いのか。
姉弟が喋っている間、琵和の胸に寄せた巴の耳に、柔らかな声が低く響く。
それが心地よかったのに、琵和はやがてため息を吐くと、巴から身体を離してしまった。
「……巴ちゃんはもう帰るところだった? 乗ってく?」
「……あっ、はい! ありがとうございます! えへへ、ぜひ……」
いつの間にか傍らに停まっていた車に乗り込みながら、巴は後ろを振り返る。
「あっ、お姉さまは——」
しかし、もう帰ったのか、女性の影はなかった。
薄暗い灯りが点々と道を照らす街角では、そこに誰もいなかったように静寂が広がる。
路地の隅には、小さな祠があった。




