第9話:夜間クエストの独占
冒険者ギルドの依頼掲示板には、常に残り続けている「訳あり」の依頼書がいくつか存在する。
その中の一つが、『月光草の群生地発見および大量採取』というクエストだった。
「月光草か。どんな薬の材料にもなる万能薬草だけど、採るのがものすごく難しいのよね……」
深夜の森を歩きながら、ルミアがランタンの灯りを頼りに呟いた。
月光草は、その名の通り月の光を浴びて成長する特殊な植物だ。花が開くのは「午前2時から午前3時」のたった1時間のみ。しかも、非常に繊細な植物であり、少しでも乱暴に扱うとすぐに枯れて魔力を失ってしまう。
「普通の冒険者には、まず無理な依頼だな。夜中にわざわざ起き出して森に入るだけでも危険なのに、午前2時なんて一番眠くて集中力が切れる時間帯だ。手元が狂って、花を台無しにしちまう」
カインが周囲を警戒しながら同意した。
過去に何度か挑んだ冒険者たちもいたが、強烈な睡魔と闘いながらの繊細な採取作業に耐えきれず、結局数本しか持ち帰れなかったという。
「だからこそ、俺たちの出番ってわけだ」
先頭を歩くオサムが、ニッと笑って立ち止まった。
「着いたぞ。ここがギルドの資料にあった、月光草の群生地の候補地だ」
木々が開けた小さな広場。
現在の時刻は、まさに午前2時ちょうど。雲の切れ間から差し込んだ月の光が広場を照らし出すと――足元に生えていた無数のつぼみが、一斉に淡い青色の光を放ちながら花を開かせた。
幻想的な光景に、三人は感嘆の息を漏らす。
「すごい……こんなにたくさんの月光草、初めて見たわ!」
「よし、花が閉じないうちに一気に採取するぞ。手元の感覚に集中しろ」
オサムの号令で、四人は一斉に採取作業に取り掛かった。
ここで、彼らの「後天性ショートスリーパー」としての真価が発揮された。
今のカインたちは「無理をして徹夜している」わけではない。すでに睡眠サイクルの最適化が進み、この時間は彼らにとって『完全に覚醒している活動時間』の一部なのだ。
目はらんらんと輝き、手元は一切狂わない。昼間のピーク時と全く同じ、いや、静かな夜だからこそそれ以上の集中力で、繊細な月光草を次々と傷一つつかずに摘み取っていく。
「す、すげえ……。全然眠くないから、手元がピタッと安定する! これならいくらでも採れるぞ!」
ドンが大きな体でおそるおそる、しかし正確に花を摘みながら歓喜の声を上げた。
たった1時間の間に、四人は持参した麻袋いっぱいの月光草の採取に成功した。過去のどのパーティも成し得なかった、圧倒的な大豊作である。
***
翌朝、すっかり日の昇った冒険者ギルド。
犬耳の受付嬢は、カウンターにドンッと置かれた四つの大きな麻袋の中身を見て、悲鳴のような声を上げた。
「げ、月光草……!? しかも、こんなに大量に!? 全部、最高品質で傷一つありません!」
「へへっ、まあな。夜の散歩のついでさ」
カインが誇らしげに鼻をこする。
その騒ぎを聞きつけて、奥からギルドマスターが飛び出してきた。
「おいおい、嘘だろ……。あの超難関の月光草クエストを、たった一晩でコンプリートしたっていうのか!?」
「ええ。誰も起きていない時間帯のクエストは、俺たちの独壇場ですからね」
オサムが涼しい顔で答える。
ギルドマスターは信じられないものを見る目で、オサムだけでなく、カインたち三人をも見つめた。
「お前ら……たしかちょっと前までは、普通の昼間活動型の冒険者だったはずだ。なんでこんな夜中に完璧な仕事ができるんだ? まさか、こいつの『睡眠時間45分』ってイカれた病気がうつったのか……!?」
「病気じゃありませんよ、マスター。俺たちはオサムに『正しい睡眠の技術』を教わったんです。睡眠時間を最適化すれば、夜は最高のボーナスタイムになるんですよ!」
ルミアが胸を張って言い切った。
「ば、バカな……。人間の常識を覆してやがる……」
ギルドマスターは呆然と呟いた。
この日を境に、オサムたちのパーティは「夜を支配する者たち」として、一躍ギルドのトップランナーへと躍り出た。
誰も手を出せなかった深夜帯の高難度・高報酬クエストを次々と総なめにし、圧倒的な資金と名声を手に入れていく。
そして、その「ショートスリーパー」という規格外の技術の噂は、冒険者たちだけでなく、街中の人々の耳にも届き始めるのだった。




