第8話:後天性ショートスリーパーの才能
オサムが冒険者パーティに加わり、食事の改善や起床のルーティンを教え始めてから二週間が経過した。
ファルガス街の冒険者ギルドが定めた「推奨睡眠時間」は1日8〜10時間。カインたちもこれまでは、日が沈めばたっぷりと眠り、朝遅くに起きる生活を疑うことなく続けていた。
しかし、その日の深夜。
宿屋の1階にある薄暗い食堂で、たった45分の睡眠を終えて装備の手入れをしていたオサムは、階段を降りてくる複数の足音に気づいた。
「……オサム、起きてるか?」
「おや。おはよう、カイン。それにルミアとドンも」
オサムが振り返ると、そこには戸惑ったような顔をした三人の姿があった。
現在の時刻は午前2時。彼らが眠りについたのは夜の8時頃だから、まだ6時間しか経っていない。いつもなら、泥のように眠っている時間帯だ。
「どうしたんだい? トイレなら廊下の突き当たりだけど」
「いや、違うんだ。その……目が覚めちまって。もう一度寝ようとベッドで羊を数えてみたんだけど、全然眠くならないんだよ」
カインが困惑したように頭を掻く。
「わたしも……。いつもなら10時間は寝ないとスッキリしないのに、今はなぜか頭が冴えちゃってて……」
「俺に至っては5時間半で目が覚めた。もしかして、どこか悪い病気にでもかかったのか……?」
ドンが自分の屈強な体をペタペタと触りながら不安げに言う。
三人の深刻そうな顔を見て、オサムはふっと吹き出した。
「病気なんかじゃないよ。むしろ、君たちの体が『最適化』され始めた証拠さ」
「最適化?」
「そう。この二週間、君たちは俺の教えを守ってくれたよね。昼間は血糖値をコントロールしてだるさを防ぎ、朝は光と運動で一気に覚醒モードに切り替える。日中の活動の質が劇的に上がったことで、脳や体が『そんなに長く休まなくても、もう十分に回復できるぞ』と判断したんだ」
オサムは三人に椅子を勧め、温かいハーブティーを淹れてやった。
「いいかい? 世の中には『生まれつき睡眠時間が短い人』がいるのは事実だ。でも、それは特別な才能じゃない。正しい知識と習慣を身につければ、誰だって睡眠時間は短縮できる。つまり『後天性ショートスリーパー』になれるんだよ」
「後天性の、ショートスリーパー……」
ルミアが自分の手のひらを見つめながら呟いた。
「睡眠というのは、単に長ければいいってもんじゃない。質を高めて無駄な時間を削ぎ落とせば、8時間かかっていた回復が6時間に、やがては5時間、4時間と短くなっていく。君たちは今、その最初の壁を越えたんだ」
オサムの言葉に、三人は顔を見合わせた。
病気ではない。無理をして削ったわけでもない。ただ「自然に目が覚めて、しかも全く疲れていない」という事実が、オサムの理論の正しさを証明していた。
「でも、オサム。こんな真夜中に起きちゃって、一体どうすればいいのよ?」
ルミアが不思議そうに首を傾げる。外は真っ暗で、街の店も開いていないし、ギルドの受付も閉まっている。
「どうするって? 決まってるじゃないか」
オサムはニヤリと笑った。
「増えた時間は『自由時間』だ。何をしたっていいんだよ」
その言葉に、三人の目がハッと見開かれた。
「これまでは眠るしかなかった時間を、好きに使っていい。本を読んで魔法の知識を深めるのもいい。中庭で剣の素振りをするのもいい。誰も見ていない静かな時間帯に、こっそり自分を磨くことができるんだ」
「こっそり、自分を……」
カインの瞳に、少しずつ熱い光が宿り始めた。
彼はもともと剣術の才能に恵まれているわけではなく、努力でカバーしてきたタイプの剣士だ。もし、他のライバルたちが寝こけている間に毎日2時間の特訓ができたら、それは1ヶ月で60時間、1年で700時間以上の圧倒的な差になる。
「……オサム、俺、ちょっと中庭に行ってくる。なんだか無性に剣を振りたくなってきた!」
カインは弾かれたように立ち上がり、愛剣を手に取った。
「あ、ズルい! わたしも魔法の教本を読もうっと! 静かだから集中できそうだし!」
「なら俺は、新しい盾の構えを研究するとするか」
たった数分前まで「眠れない」と不安がっていた三人の姿はもうない。
彼らは今、自分の人生に舞い降りた「新しい時間」という名の宝物に気づき、目を輝かせていた。
「いってらっしゃい。あ、無理は禁物だから、もし眠くなったら素直に寝るんだぞ」
オサムはハーブティーを啜りながら、頼もしくなった仲間たちの背中を見送った。
異世界に蒔いた「ショートスリーパー」という名の種は、確かな芽を吹き始めていた。




