第7話:起床直後のルーティン
ファルガスの街に滞在し始めて数日。
オサムたち一行は、ギルド併設の宿屋でパーティ用の大部屋を借りて寝泊まりしていた。
「……んあぁ……まだ、外真っ暗じゃないか……」
剣士のカインが、ベッドの上で恨めしそうに窓の外を睨んだ。
現在の時刻は明け方の4時。空はまだ深い群青色で、太陽は顔を出していない。
今日は「早朝にしか咲かない薬草」の採取クエストを受けるため、オサムの提案でいつもより大幅に早い時間に起床することになっていたのだ。
「むり……わたし、朝弱いし……低血圧だから……あと五分……」
魔法使いのルミアは、毛布を頭から被ってミノムシ状態になっている。重戦士のドンに至っては、いびきをかいて全く起きる気配がない。
異世界においても「朝は眠い」「起き抜けはだるい」というのは、全人類共通の真理であるらしい。
「ほらほら、起きる! 布団の中でウダウダしている時間が一番もったいないぞ!」
そんな中、オサムだけは一人、信じられないほど爽やかな笑顔で立っていた。
彼の睡眠サイクルは相変わらず1日45分。午前3時15分に就寝し、きっちり4時に目覚めたばかりだというのに、寝ぐせ一つなく、声にはハリがあり、準備運動まで終えている。
「オサム……お前、なんでそんなに元気なんだよ……。俺たちは、いつもより睡眠時間が2時間も短いんだぞ……」
カインがゾンビのようにフラフラと立ち上がりながら文句を言う。
「それは『起きるための行動』をしていないからさ。いいかい? 睡眠中の人間の体温は、日中より低くなっている。それに、脳内にはまだ睡眠を促す物質が残っている状態だ。ただ『目が覚めた』というだけで、体が勝手に活動モードに切り替わるわけじゃない」
オサムはずかずかとルミアのベッドに近づき、容赦なく毛布を引っぺがした。
「ひゃあっ! 寒い!」
「はい、そのまま立ち上がって。ルミア、君の得意な『光魔法』を部屋の天井に出してくれないか? できるだけ明るいやつ」
「ええ……? 眩しいじゃない……ぶつぶつ……《光よ》」
ルミアが渋々杖を振ると、部屋の天井に小さな太陽のような強烈な光球が現れ、薄暗かった部屋を真昼のように照らし出した。
「うおっ、まぶしっ!」
光を浴びたカインと、いびきをかいていたドンがたまらず目を覚ます。
「よし、そのまま光を見て。直視しなくていいから、明るい光をしっかり網膜に入れるんだ。強い光を浴びることで、脳が『朝だ』と錯覚して、睡眠物質の分泌がストップする」
オサムの言葉に従い、渋い顔をしながらも光を浴びる三人。
すると不思議なことに、あれほど重かった瞼が、少しだけ軽くなったような気がした。
「次は体温だ。みんな、その場で立って、両手を天井に向かって思いっきり伸ばして!」
「こ、こうか……?」
「そう! 次は肩甲骨を寄せて胸を張る! そのまま、ふくらはぎの筋肉を意識して、かかとを上げ下げするんだ!」
薄暗い早朝の宿屋の一室。
光魔法の強烈な明かりの下で、三人の冒険者がオサムの号令に合わせてシュールな屈伸体操とストレッチを繰り返す。端から見れば謎の儀式だが、オサムの指導は的確だった。
「ふくらはぎは『第二の心臓』だ! そこを動かせば血流が一気に全身を巡って、下がっていた体温が急上昇する!」
「い、いち、に、さん、しっ……!」
最初は嫌々やっていたカインたちだったが、数分間体を動かしているうちに、体に明らかな変化が起きていることに気づいた。
重だるかった四肢に力がみなぎり、頭にかかっていたモヤが嘘のように晴れていく。
「……あれ? なんだこれ。すっげえ目が冴えてきた」
ドンが自分の大きな両手を見つめながら、驚いたように呟く。
「わたしも……。いつもなら、起きてから1時間くらいはボーッとしてるのに、今はもう、魔法の詠唱も完璧にできそう……!」
ルミアも目を丸くしている。低血圧だから朝が弱い、というのは、単なる「思い込み」と「血流不足」だったのだ。
「だろ?」
オサムは満足げに頷いた。
「朝の気怠さは、待っていても消えない。光を浴びて、体を動かす。この『起床直後のルーティン』をこなすだけで、人間はいつでも一瞬でトップギアに入れられるんだ」
睡眠時間はいつもより短いにもかかわらず、三人の顔つきは普段の朝よりもよほどスッキリとしていた。
「すごいな、オサムの教えは。魔法よりよっぽど魔法みたいだ」
「大げさだな。さあ、完全に目が覚めたところで、早朝クエストに出発しようか。誰も起きてない時間の森は、最高に気持ちいいぞ!」
こうして、異世界の冒険者たちに「ルーティン」という概念が刻み込まれた。
彼らの活動時間は、オサムの影響を受けて、少しずつ、しかし確実に延び始めていた。




