第4話:「睡眠は趣味です」
「……う、ん」
魔法使いの少女ルミアが目を覚ましたとき、太陽はすっかり高く昇っていた。
弾かれたように身を起こすと、視界の先には、馬車の積み荷の木箱に腰掛け、のんびりと干し肉をかじっているオサムの姿があった。周囲にはヒュプノウルフの死骸はなく、すでに魔石だけが綺麗に回収されている。
「お、おはよう。よく寝てたな」
「あ、あなた……一人であの群れを?」
ルミアの隣で、剣士の少年と重戦士の青年も呻き声を上げながら目を覚ました。オサムは「まあね」と軽く手を挙げ、彼らに水筒を放り投げる。
「助かった……恩に着る。俺は剣士のカイン、こっちは戦士のドンだ」
「俺はオサム。たまたま通りかかっただけだから、気にしないでくれ。それより、街まで護衛するよ。まだ頭がぼーっとしてるだろ?」
カインたちは顔を見合わせ、深く頭を下げた。
彼らの目的地の街までは、歩いてあと数時間。馬車を引く馬も睡眠魔法の余韻でふらついていたため、一行はゆっくりとしたペースで街道を進むことになった。
道中、ルミアはどうしても気になっていたことを口にした。
「ねえ、オサム。あなた、どうしてあんなに平気なの? ヒュプノウルフの睡眠魔法をまともに浴びてたじゃない。それに、なんだか信じられないくらい……その、元気よね?」
ルミアたちが寝起きの気怠さを引きずり、あくびを噛み殺しながら歩いているのに対し、オサムはまるで朝の散歩でもしているかのように足取りが軽く、瞳はキラキラと輝いている。
「ああ、あれね。さっきスクワットして血流を上げたってのもあるけど、根本的な話をするなら、俺にとって睡眠は『義務』じゃなくて『趣味』だからかな」
「……しゅみ?」
カインとドンも、不思議そうに首を傾げた。
「そう。人は人生の3分の1を睡眠に費やすって言われてる。1日8時間寝るとして、60年生きるなら20年間はベッドの上で意識を失ってる計算だ」
「まあ、それは……魔力を回復して、体を休めるためには当然のことだろう?」
カインの常識的な問いに、オサムはチッチッと指を振った。
「そこが思い込みなんだよ。俺はね、1日に45分しか寝ないんだ」
「「「はあぁっ!?」」」
三人の声が綺麗にハモった。
異世界において、睡眠とは神聖な休息儀式であり、長く深く眠る者ほど優秀な魔力を持つとすら信じられている。45分しか眠らないなど、もはや呪いか深刻な病気だ。
「よ、45分って……あんた、いつか死ぬぞ!? いや、もうすでに脳がやられて狂っちゃってるのか!?」
「失礼な。至って健康だよ。むしろ、君たちより頭も体もスッキリしてる」
ドンが慌てて詰め寄るが、オサムは飄々としたまま続ける。
「いいかい? 俺だって昔は8時間寝てた。でも、ある時気づいたんだ。この世界は面白いことで溢れてるのに、眠気を我慢できずに意識を手放すのはもったいないって。だから、食事や運動、ルーティンを見直して、後天的に『起き続ける技術』を身につけたのさ」
オサムは両手を広げ、真っ青な空を見上げた。
「眠気は生理現象じゃない。コントロールできるものだ。俺にとって睡眠は、絶対にやらなきゃいけない『義務』や『借金返済』なんかじゃない。休日にたまに映画を観るのと同じように、やりたい時にサクッと楽しむ最高の『趣味』なんだよ」
圧倒的な自信と、満ち溢れる活力。
常識外れな発言をしているはずなのに、ヒュプノウルフの群れを一瞬で屠り、今も誰よりピンピンしているオサムの姿が、その狂った理論に強烈な説得力を持たせていた。
「睡眠が、趣味……」
ルミアはぽつりと呟き、オサムの背中を見つめた。
魔力回復のために、どれだけ時間が惜しくても毎日無理やりベッドに入り、長い時間を睡眠に奪われてきた彼女にとって、オサムの言葉はまるで革命のようだった。
「1日23時間、好きなことができる。本も読めるし、魔法の練習もできるし、こうして夜通し冒険だってできる。最高だと思わないか?」
オサムが振り返ってニカッと笑うと、三人はもはや反論する言葉を持たなかった。
「……あきれた。あんた、とんでもない変人ね」
ルミアがため息混じりに言うと、カインとドンも顔を見合わせて苦笑した。
「でも、その変人に命を救われたのは事実だ。街に着いたら、冒険者ギルドを案内するよ。オサムみたいな規格外なら、すぐに活躍できるはずだ」
「ギルドか! いいね、ちょうど仕事を探そうと思ってたんだ」
一行の視線の先、街道の向こうに、巨大な城壁に囲まれた街の輪郭が見えてきた。
オサムの「睡眠メソッド」が、異世界の街を大きく揺るがす第一歩が、すぐそこまで迫っていた。




