第2話:夜の森は経験値の宝庫
日はとっぷりと暮れ、森は深い闇に包まれていた。
異世界の夜は、現代日本のように街灯やネオンサインがあるわけではない。本来なら一寸先も見えない恐怖の空間だが、なぜか長夢の目は暗闇にすぐ順応した。これもステータスの恩恵か、あるいはショートスリーパー特有の自律神経の冴えかもしれない。
「俺の名前は峰長夢。ステータス上でもミネ・オサムと認識されているみたいだな。長い夢と書いてオサム……ショートスリーパーには皮肉な名前だけど、親からもらった大事な名前だ」
一人ごちながら、オサムは夜の森を探索する。
やがて、茂みの奥から奇妙な音が聞こえてきた。
――グゥオォォ、ズゴォォォ……。
恐る恐る近づいてみると、そこにいたのは身の丈ほどもある巨大な猪の魔物だった。立派な牙には血の跡がこびりついており、凶暴な肉食獣であることを物語っている。
だが、その恐ろしい魔物は、地面にゴロンと横たわって完全に熟睡していた。いびきの正体はこれだ。
「……無防備すぎるだろ」
オサムは拾った手頃な太い木の枝を握り締め、そっと近づく。
野生動物なら、足音が近づいた時点で跳ね起きるのが普通だ。しかし、この猪はピクリともしない。まるで「夜は絶対に深く眠るもの」というこの世界の絶対的なルールに縛られているかのようだ。
「睡眠中というのは、生物にとって最も無防備で危険な状態だ。だからこそ、短時間で質の高い睡眠をとる技術が生存戦略として役に立つんだが……この世界の連中は、その辺の危機感が薄いらしいな」
前世で学んだ睡眠の知識を思い出しながら、オサムは猪の急所である眉間に狙いを定め――思い切り木の枝を振り下ろした。
ゴガンッ!!
「ブギィッ!?」
短い悲鳴とともに、猪の魔物は光の粒子となって消滅した。後に残ったのは、小さな魔石と立派な牙だけ。
【経験値を獲得しました】
【長夢のレベルが2に上がりました】
脳内に直接響くようなシステム音。
オサムは思わず歓喜の声をあげた。
「なるほど! 夜の時間は、寝こけてる魔物を一方的に狩り放題ってことか!」
普通の冒険者は、夜は宿屋や野営で安全を確保し、疲労回復のために8時間は眠る。その間、魔物たちもまた深い眠りについているのだ。
しかし、1日45分しか眠る必要がないオサムにとって、皆が寝静まっている『夜』は、ライバル不在の完全なボーナスタイムだった。
それからのオサムは止まらなかった。
眠りこけるゴブリンの群れを見つけては、一人ずつ確実に急所を突いて撃破。
大樹の枝で丸くなっている怪鳥の魔物は、魔法の練習がてら初級の火属性魔法(レベルアップで新しく取得した)で焼き鳥に変えた。
狩り、狩り、狩り。
普通なら数日、あるいは数週間かけて稼ぐような経験値を、オサムは一晩で荒稼ぎしていく。もし体力が減っても、安全な木の上で45分だけ【超短眠】を取れば完全回復。起きた直後のストレッチと光魔法の瞬きで覚醒ルーティンをこなし、再びフルスロットルで魔物を狩り続けた。
——やがて夜が明け、空が白み始めた頃。
「ふぅ……。そろそろみんなが起きる時間かな」
オサムは朝日を浴びて、ぐっと背伸びをした。
たった一晩の行動だったが、彼のステータスは劇的に変化していた。
【名前】ミネ・オサム(長夢)
【職業】無職
【レベル】12
【体力】150/150
【魔力】120/120
一夜にしてレベル12。これがどれほどの異常事態か、オサム自身はまだ気づいていない。
彼にとっては「普通の人の1.5倍の時間を、ただ効率よく活動しただけ」なのだ。
「さて、そろそろ人里を見つけたいところだけど……お?」
視線の先、森を抜けた街道沿いで、何やら土煙が上がっているのが見えた。
目を凝らすと、馬車を守りながら戦う数人の人間と、彼らを包囲する狼型魔物の群れだった。
どうやら、彼らは朝駆けの魔物に襲われているらしい。
「よし、異世界での初の人助けといくか。睡眠はバッチリ足りてるし、絶好調だ!」
オサムは軽い足取りで、助けを求める人々の元へと駆け出した。
1日23時間の活動時間を誇る、最強ショートスリーパーの伝説が、ここから本格的に幕を開ける。




