第18話:究極の徹夜戦
魔王軍幹部・ザンデが「無限の召喚陣」を展開し、消耗戦を宣言してから――丸3日(72時間)が経過した。
通常、人間が72時間も一睡もせずに激しい運動を続ければ、脳は限界を迎え、幻覚を見始め、やがて過労で心臓が停止する。それがこの世界の、いや、あらゆる生物の絶対的な常識だった。
「ハァ……ハァ……。ば、馬鹿な……。なぜ、奴らは倒れんのだ……!?」
空に浮かぶザンデの顔には、濃い疲労の色と、消し去れない驚愕が張り付いていた。
眼下の中央広場では、相変わらずオサムたち『異世界ショートスリーパー育成ギルド』のメンバーが、元気いっぱいに夢魔の群れを狩り続けている。
剣の太刀筋は初日と全く同じ鋭さを保ち、魔法の詠唱に一切の淀みはない。それどころか、戦いの中で敵のパターンを学習し、ますます効率よく、猫のようにしなやかで無駄のない動きで魔物を捌いていた。
一方で、召喚され続ける夢魔たちの方が限界を迎えていた。
魔物とて無尽蔵に動けるわけではない。魔力を消費すれば休息が必要だ。しかし、目の前の人間たちが全くペースを落とさないため、休む暇すら与えられず、今や舌を出してゼェゼェと息を切らしている有様だった。
「ザ、ザンデ様……。前線のギガントメア部隊、疲労により足がつって次々と自滅しています……! 我々も、もう魔力が……」
報告に上がってきた配下の夢魔は、目の下に真っ黒なクマを作り、今にも倒れそうにフラフラしていた。
「ええい、根性を見せろ! 相手は脆弱な人間だぞ! あと少しで必ず限界が来るはずだ!」
ザンデが怒鳴り散らした、その時だった。
「おーい、前衛組! そろそろ時間だ、交代するぞ!」
オサムの明るい声が広場に響いた。
「おう! じゃあ、ちょっと『趣味の時間』をもらってくるわ!」
カインと数名のギルド生が、笑顔で前線を離脱し、広場の隅に設置された安全地帯(ルミアが張った結界の中)へと駆け込んでいく。
「な、何をする気だ……?」
ザンデが目を凝らすと、結界に入ったカインたちは、その場でゴロンと横になった。
そして――わずか数秒で、スゥーッと深い寝息を立て始めたのだ。
「寝ただと!? こんな戦場のど真ん中で!?」
「ザンデ様! 奴ら、先ほど休憩に入った別部隊が起きてきました!」
ザンデが視線を移すと、別の結界から、ドンをはじめとする屈強なメンバーたちが現れた。彼らは大きく背伸びをし、光魔法の瞬きを浴びて完璧な起床ルーティンをこなしながら、猛然と前線へ復帰していく。
「ああっ、よく寝た! 45分間、最高の睡眠だったぜ!」
「さあ、寝起きの運動といくか!」
完璧にリフレッシュされた彼らの盾に刻まれた『黒猫のエンブレム』が、煌々と輝いて見えた。
「よ、45分……? たった45分の睡眠で、三日三晩の疲労を完全に回復したというのか!?」
ザンデは自身の目を疑った。魔族である彼らでさえ、一度魔力が底を突けば、半日は眠らなければ回復しないというのに。
「それが俺たちの『シフト制・超短眠バトル』さ」
前線で戦い続けるオサムが、ザンデを見上げてニヤリと笑った。
「俺たちは全員、1日に45分しか寝る必要がない。だから、ギルドのメンバーを数班に分けてローテーションを組めば、戦力の大半を維持したまま、全員が毎日完璧な睡眠をとれるってわけだ。お前らには、俺たちが『一睡もせずに戦い続けている』ように見えたかもしれないけどな」
「バ、バカな……! そんな短い睡眠で脳が休まるはずがない! 睡眠の質を無視した狂気の沙汰だ!」
「睡眠の質を無視してるのはそっちだろ?」
オサムは呆れたように肩をすくめた。
「お前ら、さっきから魔力が切れた奴を無理やり立たせて、ダラダラと戦わせてるじゃないか。疲労困憊の状態で活動を続けるのは、一番効率が悪い。俺たちは、食事も、運動も、光も、すべてを『45分で極上の眠りに落ちる』ために最適化してるんだよ」
オサムの言う通りだった。
ショートスリーパーたちは、戦いの合間に糖質の少ない干し肉を噛んで血糖値を一定に保ち、筋肉を動かし続けることで深部体温を高く維持していた。そのすべてが、結界に入った瞬間に一気に体温を下げ、超・高質で深い睡眠(ノンレム睡眠)に一瞬で到達するための緻密な計算だったのだ。
「お前らの作戦は、最初の数時間を耐え凌いだ時点で破綻してたんだよ。人間をナメるな」
オサムの宣言と同時に、ついに魔王軍の陣形が崩壊した。
疲労の限界を超えた夢魔たちが、次々とその場に倒れ込み、魔力となって消散していく。無限と思われた召喚陣も、ザンデ自身の魔力枯渇によって光を失い、パリンと音を立てて砕け散った。
「あ、ああ……我ら魔王軍の精鋭が……人間の、睡眠技術ごときに……」
空中に浮かんでいたザンデもついに高度を保てなくなり、ドスンと広場の石畳に墜落した。その息は絶え絶えで、もはや指一本動かす力も残っていない。
「さて」
オサムは剣を構え、満身創痍の夢魔の王へとゆっくりと歩み寄った。
「そろそろ、あんたにも『極上の眠り』をプレゼントしてやるよ」




