第17話:眠らない者たちの反撃
ファルガスの中央広場を埋め尽くす夢魔の軍勢と、数十人のショートスリーパーたち。
数の上では圧倒的に魔王軍が有利だった。しかし、両者が激突した瞬間、戦場を支配したのは『異世界ショートスリーパー育成ギルド』のメンバーたちの異常なまでの熱量だった。
「くらえっ! 深夜の素振りで編み出した、俺の三連撃!」
先陣を切ったカインの剣が、風を切り裂き、前衛の夢魔たちを次々と薙ぎ払っていく。その剣速は、数ヶ月前の彼からは想像もつかないほど鋭く、洗練されていた。
「バ、バカな……! 人間がこれほど速く動けるはずが……!」
「悪いな。みんなが寝こけてる夜の2時間、毎日欠かさず剣を振ってきたんだ。積み上げた『活動時間』の差が、そのまま実力の差だ!」
夢魔たちは混乱していた。
彼らは本来、睡眠魔法で動きの鈍った相手を一方的に嬲る戦法を得意としている。しかし、目の前の人間たちは、まるで真昼の太陽の下にいるかのように瞳孔を開き、交感神経をフル稼働させて襲いかかってくるのだ。
「甘い誘惑なんて効かないわよ! 夜の静寂は、魔法の勉強に最適なんだから!」
ルミアが杖を掲げると、空中にいくつもの巨大な火球が出現した。
睡眠時間を最適化したことで生まれた「余白の時間」を、彼女は高度な魔導書の解読に費やしていた。かつては初級魔法しか使えなかった彼女が、今や高位の範囲魔法を無詠唱で連発している。
放たれた火炎が、広場に立ち込める紫色の『永眠の霧』ごと、夢魔たちを吹き飛ばした。
「ガハハッ! 伸びをする黒猫のエンブレムに恥じぬよう、俺たちもトップギアでいくぞ!」
ドンが黒猫の紋章が刻まれた大盾を構え、夢魔の群れに突進する。
その後ろからは、ギルドでメソッドを学んだ商人やパン職人たちまでもが、オサムの指示に従って連携し、魔物たちに的確な攻撃を加えていた。彼らもまた、夜の時間を活用して基礎体力を底上げしていたのだ。
「いい動きだ、みんな! その調子でアドレナリンを出していこう!」
オサムは広場を駆け抜けながら、手刀や蹴りで次々と夢魔の急所を的確に打ち抜いていく。無駄のない、極めて効率的な動きだ。
「ええい、何をしている! たかが数十人の人間に、我が精鋭たちが押し込まれるなど!」
馬車の上から戦況を見ていた幹部・ザンデは、信じられない光景に歯ぎしりをした。
自慢の『永眠の霧』の中にいるというのに、彼らはあくび一つしない。それどころか、戦いの中で体温が上がり、ますます覚醒度を高めているようにすら見えた。
「ザンデ様! ダメです、奴らには一切の睡眠魔法が効きません! 脳波が完全に『起きるモード』に固定されているため、我らの魔力が弾かれてしまいます!」
配下の夢魔が悲鳴を上げる。
「ならば物理で潰せ! 巨大夢魔部隊、前へ出ろ!」
ザンデの命令で、建物の2階ほどの高さがある巨大な魔物たちが、地響きを立てて前線に躍り出た。彼らは分厚い装甲のような筋肉を持ち、力任せにオサムたちを蹂躙しようとする。
「物理戦か。いいぜ、だけどな……」
オサムは巨大夢魔の丸太のような腕を軽々と躱し、その太い足首に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「睡眠の質が悪い奴は、筋肉の修復も遅いし、反射神経も鈍る。お前らの動きは、俺たちから見ればスローモーション同然なんだよ!」
バランスを崩した巨大夢魔に、カインとドンがすかさず追撃をかけ、ルミアの魔法がトドメを刺す。完璧な連携だった。
「……おのれ、忌まわしい人間どもめ」
次々と配下を倒され、ザンデの顔からついに余裕が消え去った。彼はギリッと拳を握り締め、馬車からふわりと宙に浮き上がった。
「よかろう。貴様らがその異常な覚醒状態でどこまで戦えるか、試してやろうではないか」
ザンデの全身から、これまでとは比べ物にならないほど濃厚な、漆黒の魔力が溢れ出す。
「人間という生き物は、活動すればするほど疲労し、必ず『睡眠』を必要とする脆弱な器だ。今は勢いで乗り切っていても、いずれ必ず限界が来る。我が全魔力を以て、貴様らが力尽きて泥のように眠るまで、永遠に魔物を送り込み続けてやろう!」
広場の周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから新たな夢魔の大軍が次々と召喚され始めた。
消耗戦。それは「必ず眠らなければならない」人間にとって、最も絶望的な戦術だった。
「オサム! 敵の数が増えていくぞ!」
カインが剣を構え直し、息を呑む。
しかし、オサムの表情は全く曇っていなかった。むしろ、待ち望んでいたかのように不敵な笑みを浮かべている。
「耐久戦だって? 上等だ。ショートスリーパーに『起き続ける勝負』を挑んだこと、後悔させてやるよ」




