第12話:街の経済効果が爆上がり
異世界ショートスリーパー育成ギルドが設立されてから、三ヶ月が経過した。
ファルガスの街は今、建都以来かつてないほどの劇的な変化を遂げていた。
「焼きたての『白猫の肉球パン』だよ! 夜中クエストに出る冒険者の皆さんは、持っていきな!」
「こっちのポーションも夜間割引中だ! 深夜の討伐、気をつけてな!」
現在の時刻は、午前2時。
かつては完全な静寂と暗闇に包まれていたはずのファルガスの中央通りは、今はまるで真昼の祭りのように煌々とランタンの灯りに照らされ、活気に満ち溢れていた。
そう、ファルガスは異世界初の「眠らない街(24時間都市)」へと変貌を遂げたのである。
「すげえな……。深夜の2時だっていうのに、昼間と変わらない人の多さだ」
カインが通りを歩きながら、信じられないというように周囲を見回した。
「ギルドの一期生や二期生たちが、完全にメソッドを習得したからね」
オサムが満足げに頷く。
育成ギルドで「睡眠の最適化」を学んだ商人や職人たちは、次々と1日の活動時間を16時間から20時間近くへと延ばすことに成功した。
彼らは増えた時間を「夜の営業」や「深夜の仕込み」に充てた。パン屋は夜明け前から温かいパンを提供できるようになり、鍛冶屋は夜通し炉を燃やして生産量を倍増させた。
店が開いているから、冒険者たちも夜間クエストに挑みやすくなる。魔物の素材が大量に街に持ち込まれ、それを商人たちが夜のうちに買い取り、加工する。
生産と消費のサイクルが、かつての「1日1回」から「24時間ノンストップ」へと進化したのだ。
「オサム先生!」
通りを歩いていると、恰幅の良い商人が揉み手をしてすっ飛んできた。ギルドの一期生である、大商会の会頭だ。
「やあ、会頭。調子はどうですか?」
「絶好調も絶好調ですよ! 睡眠を5時間に最適化できたおかげで、隣町との取引量がなんとこれまでの3倍に跳ね上がりました! 夜中に帳簿を完璧に仕上げられるので、昼間は商談に全集中できるんです。まさに先生は我が商会の救世主です!」
「それは何よりです。でも、寝る前のストレッチと光のコントロールはサボらないでくださいね」
「もちろんですとも!」
ホクホク顔で去っていく会頭を見送り、ルミアがクスクスと笑った。
「街中のみんなが、オサムを神様みたいに崇めてるわね。レム司祭がちょっと拗ねてたわよ?」
「それは困ったな。今度、美味しいお茶でも持ってお詫びに行こう」
そんな平和な会話をしていると、前方から銀色の鎧に身を包んだ騎士たちが数名、オサムたちに向かって歩いてきた。その胸には、ファルガス領主家の紋章が刻まれている。
「ミネ・オサム殿だな。領主様がお呼びだ。城まで同行願いたい」
カインたちが身構えるが、オサムは「わかりました」と素直に頷いた。
***
ファルガス領主の執務室。
立派な髭を蓄えた初老の領主は、分厚い羊皮紙の束をバンバンと叩きながら、上機嫌でオサムを出迎えた。
「よく来てくれた、オサム殿! いやはや、信じられんよ。この三ヶ月で、ファルガスの税収がこれまでの『2.5倍』にまで爆上がりしておる!」
「それは素晴らしい。領主様のご威光と、街の皆さんの努力の賜物ですね」
「謙遜するな。すべて君のあの『ショートスリーパーギルド』のおかげだ。我が領地がこれほど豊かになるとは……いや、君をただの冒険者にしておくのは惜しい。どうだ、我がファルガスの専属顧問として迎えたいのだが」
破格のオファーだった。しかし、オサムはあっさりと首を横に振った。
「ありがたいお話ですが、お断りします」
「な、なんと……。報酬が不満か?」
「いえ。俺は睡眠を『趣味』として楽しむように、人生そのものも『趣味』として自由に楽しみたいんです。どこかの組織に縛られて、自分の好きなクエストや教育ができなくなるのは、俺の美学に反しますから」
オサムの屈託のない笑顔に、領主はポカンとした後、豪快に笑い声を上げた。
「ハッハッハ! そうか、君はそういう男だったな。自由を愛し、時間を愛する者か。わかった、ならばせめて、君のギルドに領主家からの公式な援助を約束しよう。これからもこの街を、その不思議な『メソッド』で活気づけてくれ」
「ありがとうございます。謹んでお受けします」
こうして領主の完全なお墨付きを得たオサムの活動は、さらに加速していくかに見えた。
――しかし、彼らが知る由もなかった。
この「眠らない街」から放たれる圧倒的な生命力の輝きが、暗闇を好む者たち……魔王軍の幹部の目に留まり、静かなる脅威として認識され始めていたことを。




