第11話:育成ギルド、設立!
レム司祭との公開論争から数日後。
ファルガスの街でオサムたちの定宿となっている『踊る猪亭』の周囲は、早朝から異様な熱気に包まれていた。
「頼む、オサム先生に合わせてくれ! 新作の武具を打つ時間がどうしても足りないんだ!」
「私にもメソッドを! 活動時間が今の倍になれば、隣町との交易ルートを独占できるんです!」
「どうか、私のような下級魔法使いにもご指導を……!」
宿屋の入り口には、冒険者だけでなく、商人、職人、さらには学者までもが長蛇の列を作っていた。「睡眠時間を削り、活動時間を増やす技術」。その魔法よりも実用的な奇跡のメソッドは、時間を渇望するすべての大人たちにとって喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。
「こりゃあ、たまげたな……。宿の親父も困り顔だぞ」
カインが窓の外の群衆を見下ろしながら、呆れたように息を吐く。
「これじゃ、落ち着いてクエストにも行けないわね」
ルミアも苦笑いしながら、オサムの淹れたハーブティーを啜った。
「仕方ない。需要があるなら、それに応える仕組みを作るべきだな」
オサムは事もなげにそう言うと、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。そこには、街の空き物件の間取り図と、何やら組織図のようなものが描かれていた。
「仕組みって……オサム、まさか」
「ああ。希望者全員に個別で教えるのは非効率だ。いっそ『異世界ショートスリーパー育成ギルド』を立ち上げようと思う」
翌日、オサムは冒険者ギルドのマスターに掛け合い、ギルドが持て余していた裏通りの大きな石造りの建物を買い取った。圧倒的な深夜クエストの消化率で稼ぎ出した資金があるオサムにとって、初期投資など安いものだった。
数日後。真新しい看板が掲げられた建物の前には、見物人が詰めかけていた。
看板に描かれていたのは、夜明けの太陽を背に『しなやかに伸びをする黒猫』のエンブレムだった。
「なあオサム。なんでギルドのシンボルが『黒猫』なんだ?」
看板の設置を手伝ったドンが不思議そうに尋ねる。
「猫っていうのは、1日の大半を寝て過ごす眠りの達人だ。でも、いざ獲物を狙う時や遊ぶ時は、起きた瞬間にトップギアで活動できる。あの『オンとオフの完璧な切り替え』こそが、俺たちショートスリーパーが目指す理想の姿だからね。まあ、純粋に俺が猫好きってのもあるけど」
オサムがニッと笑うと、カインたちも「なるほど」と深く頷いた。
こうして、世界初となる『異世界ショートスリーパー育成ギルド』が正式に発足した。
設立初日。広々とした講堂には、厳しい面接(主に「悪用しないか」「本当に学ぶ意志があるか」の確認)をパスした第一期生、約五十名が着席していた。商人、パン職人、服飾デザイナー、若き魔術師など、顔ぶれは実に多彩だ。
教壇に立ったオサムは、静まり返る生徒たちを見渡し、よく通る声で第一声を発した。
「本日は入会おめでとうございます。さて、最初の授業ですが……もしこの中に『気合と根性で睡眠を削ってやろう』と考えている人がいたら、今すぐ帰ってください」
ざわっ、と講堂がどよめいた。
睡眠を短くするギルドに来たのに、削るなとはどういうことか。困惑する生徒たちに向けて、オサムは力強く黒板を叩いた。
「気合で起き続けるのは三流のやることです。必ず体を壊します。俺たちが目指すのは『睡眠の最適化』です。食事のとり方、光の浴び方、寝具の選び方、そして自律神経のコントロール。これらを駆使して、睡眠の『質』を極限まで高めることで、結果的に『短い時間で完全回復できる体』を作る。それが後天性ショートスリーパーのメソッドです」
生徒たちの目の色が変わった。
ただの精神論ではない。明確な理論と実践に基づく「技術」なのだと理解したからだ。
「時は金なり、いや、命そのものです。今日から俺と、アシスタントのカインたち三人で、皆さんの『命の時間』を増やすお手伝いをします。一緒に、この世界を120%遊び尽くしましょう!」
講堂は、割れんばかりの拍手と熱烈な歓声に包まれた。
異世界の歴史に名を残すことになる「眠らない技術者集団」が、今ここに産声を上げたのである。




