第4話 私、あの男嫌いなんですの
「あなたはあの男に全く興味がないようですが、今この国は、あの男が牛耳っているといっても過言ではありません」
「そりゃ、王位継承権第一位ですからね」
そう軽口を叩くと、ご主人様の冷たい視線が飛んできた。
あまり下手に口を挟まないほうが良いらしい。
「戦となれば我先に陣の先頭で戦いに出、武闘派なのかと思えば頭脳明晰で内政への干渉も的確。恵まれた体格に美麗な顔面。さわやかで頼りがいのある、誰もがうらやむ理想の王子様よ、アレは」
アレ、や、あの男、などと言っているが、ご主人様は第一王子の婚約者だよな、確か。
じゃ、その完璧な王子様と結婚できるのは私、と自慢したい……わけではないな。ご主人様はそんな女じゃない、多分。
「でもねぇ、あの人……どうにもうさん臭くて信じられないのよねぇ」
ご主人様がにやりと気味悪く笑みを浮かべると、僕は寒気がして足を引いた。
「普通、王子だったら戦いなどに出たいと思うかしら?内政なんてどうでもよくないかしら?あなたみたいに怠惰な方が貴族らしいとおもうのだけれど」
「わ、私、怠惰……なんですか」
「ええ。だって私の犬になったのだって、楽に生きていきたいからでしょう?」
何も言い返せない。だって僕が望んでいるのは平和で優雅な生活だから。
悔しながら黙っていると、ご主人様は僕に近寄り、その煌々と輝く真っ赤な唇を僕に近づけた。
「私ね、あの人は虚栄心にとらわれた化け物だと思っているの。国なんてどうでもいいのよ。国を大切に思っている自分、民を思っている自分、優秀で非の打ちどころのない自分。全て、自分をよく見せるために彼は行動しているの」
「虚栄心……ですか」
虚栄心ってなんだ?そんなもの労力の無駄だろうに。何の意味があるんだ。
「どうやらあなたにはあの男を理解できないようね。ふふふ、愚かだけれど、私の犬としては合格よ」
「はぁ、そうですか」
ご主人様は窓に向かっていくと、カーテンを開け、薄暗い部屋に光を与える。
月夜に照らされた時とは違う美しさを纏い、彼女は振り返って清々しく微笑む。
「あなた、王女のことは好きじゃないのよね、正直にお言いなさい、あの女のどこが嫌いだったの」
「いや、嫌いと言いますか、興味がないだけで」
「そういえば、そんなことを言っていたわね。では聞き直すわ。あなた、あの女をどう思う?」
僕を試すように小首をかしげ、うっとりと唇に指先を当てる。
どう答えればいいんだ。どう答えれば僕の幸せな生活が保障されるんだ。
「多分……世間的に見たら、申し分ない婚約者だったのかと」
言葉を渋りながら発すると、鋭い勢いで扇子が飛び、僕の頬を掠めていく。
「世間の意見なんて聞いてないわ。私はあなたに聞いているの」
「ぼぼぼ、僕は本当に興味がないです。あのようなゆるふわお花畑少女趣味の女よりご主人様のようなゴージャス美女の方が好きなので……」
「あら、媚びているの?それとも本音かしら」
「本音です!王女だって僕より弟の方と昔から仲が良かったのできっと喜んでいるはずです!」
僕がそう言うと、ご主人様は顔色を変えた。
ベッドに勢いよく腰を掛けると、僕を艶めかしい目で見つめる。
「よかった。興味ないなどと言いながらも第二王女に未練があったらどうしようかと思いましたよ」
なんだ、もしかして誘われているのか。王子の文句を言ったり、王女の評価を気にしたりするのも、僕へのアピール……
「私、あのような被害者面した頭の弱い女、見るだけで虫唾が走りますの。そして、そんな頭の弱い女に騙される、下半身の欲求を正義と言い張る頭の弱いあなたの弟もね」
……どういうことだ。この女、僕のことが好きではないのか。
「虚栄心の強い自己陶酔馬鹿に、被害者面した頭の弱いお花畑女、あの二人仲が良いのよ。本当気持ちが悪いほどに。吐き気がする。この国は終わりね」
蛇のような目でじっくりと眺められ寒気がする。
時計の音がじんじんと体の中に響くと、彼女は足を組んだ。
「あなたはただのクズなだけ、ましね。今までに侯爵家として振舞おうだとか、王女の婚約者として相応しい存在になろうだとか、思ったことないでしょう?」
そんなもの当たり前じゃないか、何を言っているんだこの女は
「そ、そうですね……」
「あのね、普通は周りの評価を気にして努力をしたり、理想の自分を演じるものなのよ。あなたのような犬は珍しいわ」
「珍しい……?」
僕のことを珍獣と思って犬にしたのかこの女……!でもいい。別に誰にどう思われようか僕には意味がない。
「そうよ、普通は表と裏を使い分けるもの。でも、あの男は私にすら裏の姿を見せたことがない。でもね、表の顔にうさん臭さがにじみ出ているのよ。自分のことを物語の主人公とでも思っているのかしら。あの顔で?冗談も甚だしい」
ご主人様は長い足を派手に高く上げると、組み直す。
あの顔で、というが、アリエスタの兄上ならば、おそらくそこまで悪い顔の造形はしていないだろうに。僕は好みじゃないだろうけど。
「横道に逸れたわね。あなたには、私に随伴して登城していただきます。そして、自由にふるまい、あの男の裏の顔を暴いてほしいのよ」
「う、裏の顔を……!?」
それって、下手したら僕殺されないか!?僕はアリエスタに婚約破棄された男だぞ
それに、完璧王子が仮面を剥がすほどの傍若無人っぷりを見せなければならないなんて僕には無理だ。
「むむむ、無理です!」
「あら、あなた、私の犬になったんじゃなかったの?」
「犬です!わんわわん!」
僕はその場でしゃがみ込み、涙目で泣いて見せる。
もうこの女に従うしかないじゃないか、くそ……!
するとご主人様は僕に近づき、真っ赤に輝く濃紅の靴を差し出し、顔を覗き込む。
「貴方、見た目だけかと思って、使えなかったら観賞用に氷の中に閉じ込めておこうかと思いましたが、面白い男ね、期待しているわ」
氷の中……僕は体を守るように抱きしめながらご主人様に跪いた。




