第39話 好色の代償
「リングレット様……!」
ユリアンの後ろに控えていたアリエスタが前へ飛び出すと、ユリアンはその首根っこを捕まえた。
「アリエスタ様」
「も、申し訳ございません……リングレット様をお見かけすると、どうしても体が反応してしまうのです」
何なんだこの女は、気持ちが悪い。
そういえば百合の魔女の血のせいで僕は色んなものを引き寄せる体質なのだとご主人様が言っていたな。
そうか、アリエスタも所詮この僕に流れる血の被害者か。
「何だお前たち。僕は今尊き勉強の最中だ。用がないのなら立ち去れ。用があるなら端的に」
「何だと、学園でお前の噂を聞いたから駆け付けてみれば……」
「僕が姿を現せば僕の噂でもちきりになる程度のこと、今更だろう。それともなんだ、お前は僕の弟として比べられるのが嫌なのか」
僕は目立つ。仕方がない、これほどの美貌を持っているのだ、気にならない者など人ではない。
ユリアン、お前くらいだぞ、僕の美貌に目移りしないのは。
「うるさい!僕はお前の弟なんかじゃない!」
「そうだな、血が繋がっていないのだから、能力に差があるのも当然だ」
「なっ、何故そのことを知って……」
何だ、ユリアンも知っていたのか。
僕が冷静にそう言い放つと、ユリアンは気まずそうに顔を歪め、口ごもらせた。
そうだろう、平気な顔をして出生のことをネタに相手を責めるなんてこと、性格のいいお前には出来ないだろう。
「僕は残念ながら高貴な生まれのようだ、侯爵家よりもな。だからお前のような平凡な者と一緒にされても困るのだよ」
「……っ、そんなことより、何故閉架式書庫などにいる。何を調べていた、吐け!」
こいつらは王政派か?反王政派か?
いや、正直どちらでもないだろう。
ユリアンは今後、公爵家の嫡男として王政派を請け負う人物となるだろうが、今はその時ではない。
「僕はあまり学園に通えなかったんだ。本を読んで勉強したいと思ってもおかしくないだろう」
「ではなぜ表に並ぶ本ではなく、こんな古い研究用の書物を所望した」
「表に並んでいる本など、全て暗記している。僕は一度読んだだけで覚えてしまうものでね。読んだことのない本でなければ意味がないのだよ、愚弟よ」
ふっ、僕は賢いな。
こう言えばユリアンなど手のひらで転がせる。
見ろ、ユリアンは顔を真っ赤に腫れさせ、小刻みに震えているぞ。
勝ったな、僕は兄弟喧嘩で負けたことがないんだ。弟は単純で僕は賢いからな。
「兄上は、魔女の歴史について調べているのではないですか」
「なっ……」
何故それを知っている。
まさかこの僕が上手を取られるなどあってはいけないことだぞリングレット。
「ふっ、図星のようだ。あなたが心を乱すなんて珍しいですね兄上」
「まだ僕を兄上と呼ぶのか」
「別に、ただ呼び慣れているから呼んでしまうだけですよ。意味はありません」
つまらなさそうにそう吐き捨てるユリアンを見て、僕は少し寂しくなった。
……お前、まさか、甘えているのか……?
素直になれないだけなのか。まだ反抗期が続いているのか。
……なんだ、可愛い所があるじゃないか。
「気持ちが悪いな、急に笑い出すな」
「ふふ、いやなんでもない。お前もまだ子供なのだなと思ってな」
僕が満悦の笑みを浮かべると、ユリアンは気も悪がって体を仰け反らせた。
「……兄上は、魔女の血縁なのでしょう、しかも、あの百合の魔女の」
「そんなことまで知っているのか。父上か」
「いえ、その……アリエスタ様です」
僕がアリエスタに顔を向けると、アリエスタはまるで綿毛のような笑みを浮かべ、今にも僕へ襲い掛かりそうにはしゃぐ。
……まさかお前、綿毛なのではないだろうな。
「何故アリエスタ様がご存じで」
「リングレット様と婚約の際に、父上から聞かされていました。リングレット様は養子で、実際は高貴な身の上。養子である私には手の届かない、尊き御身分のお方なのだ、と」
何だ、綿毛ではないのか。
わかっていて何故あんな被害者面して婚約破棄をした。
何だか心が騒がしい。僕が素晴らしい人間だとわかっているのならば、その通りに扱いたまえよ!
「はぁ、そんなに前から知っていて何故婚約破棄など」
「そ、それは、ユリアンが……!」
「僕がアリエスタ様に進言したんだ。お前のような人間、高貴な血ということを差し引いてもろくな人間ではないからな」
「わ、私はリングレット様と婚約破棄などしたくありませんでした……!でも、ユリアンが」
全く今度はユリアンのせいにするのかこの淫乱王女。
お前も本物の犬になれたら、綿毛のように可愛がってやってもよかったのだが。
……いや、別に僕は綿毛をかわいがってなんかいないぞ、ただあいつがまとわりついてくるだけだ。
「……はぁ、邪魔だからさっさと出て行ってくれ。僕は忙しい」
「解いてくれ!」
「は?」
「アリエスタ様にかけられた魔法を解いてくれ!」
こいつは何を言っているんだ。
ああ、あの淫乱王女の映像の喧嘩?あれなら頼むべきは僕じゃない。ご主人様だ。
「それならアリエスタ様に非がある。知ったらお前も絶望してしまうだろうから言わないが。それでも何かまだ文句があるのならばマリーノワーズ様に言え。あの魔法をかけたのは僕じゃない」
「僕はアリエスタ様が数多の男性と関係を持っているのは知っている!問題はその代償として掛けられた魔法だ!」
なんだ、知っているのなら話は早い。
というか淫乱王女と知っていながらお前はまだアリエスタ様アリエスタ様とうるさく付きまとっているのか、これだから凡才の男は……
「何も犬にすることはないだろう!?」
僕は耳を疑った。
……犬?まさかな……
そう思った瞬間、僕の胸元にふわふわの綿毛が飛び込んできた。
「きゃわわわん」
そう鳴くと、綿毛は僕の頬をぺろぺろ舐める。
この舌の感触……間違いない、綿毛だ!




