第38話 閉架式書庫
「ご主人様、教会の講堂以外で本が読める場所……図書館はありますか?」
「あら、あなたが勉強したいと申し出るなんて珍しいわね」
僕の部屋で食事をしながら問う。
今まで天才過ぎて勉強など必要ないと思っていたが、思ってみれば、僕には勉学で得られる知識の部分が欠けている。
本などは一度読んだだけで理解出来るし、内容も覚えてしまう。
けど、読まなければ僕は優秀な頭脳を持て余したただの馬鹿だ。
「……どんなに優秀でも、勉強をしなければただの無知ですから」
「今更?」
い、今更だと……!?
僕が世紀の発見をしたというのに、何故褒めもせず平然と食事を続けられるんだ。
「でもいい傾向ね。自分に足りないものを、自分で考えたのでしょう?」
「え、ええ、まぁ……」
ご主人様はフルーツにフォークを突き立てると、端を齧った。
「あなたはこれから、自分の足で歩いていかなくてはならないの。だから、今回のように、自分の意思でしたいことを決めるのは大事」
そういうと、ご主人様はフルーツを口に運んだ。
……もっと大袈裟に褒めてくれても良くないか?僕はあなたの犬なんだぞ。
僕は少し拗ねながらウィンナーを口に入れると、大袈裟に噛み締める。
するとご主人様は僕を見て可愛らしく笑った。
偉そうにするくせに、時折年相応なんだよな。
「ご主人様はご存知でしょうが、僕は魔女という存在をよく存じ上げません」
「そうね、古代史で少し出るくらいですからね」
「僕は知らなくてはならないと思うのです。僕の母親の歴史を」
今まで百合の魔女なんて聞いたこともなかった。
魔女という存在は知っていたが、そんなもの建国前の歴史の彼方だ。
未だに魔女の息子と言われるとなんか嫌だが、受け入れるしかあるまい。
なにせそのせいで僕は乱暴されかけたり殺されかけたり誘拐されかけているんだからな!
全く……死んでも迷惑をかける母親だ。
「そうね、学園の図書館はどうかしら。あそこなら城で焚書された本も学術的価値を見出されて残すことを許されているわ」
「学園の図書館……なるほど」
僕は一応王立学園の卒業生だが、学園へはほとんど行っていない。
儚い僕を大事に扱う両親の意向だと思っていたが、状況は何だかきな臭い。
「あそこは反王政派も潜り込めない場所です。何せ、反王政派と王政派の貴族の子息令嬢が入り乱れておりますからね」
なるほど、あそこは中立ということか。
そういえば我がガルシアン侯爵家はどちら派なのだろう。
「因みにガルシアン侯爵家もアンサルシア公爵家も王政派よ。うふふ、私達仲間ね」
ご主人様はナプキンで口元を拭くと、嬉しそうに笑った。
そんな物騒な内容で仲間と言われても困るのだが。
「とりあえず、食事が済んだら学園へ行って参ります。あの百合の剣をお借りしてもよろしいでしょうか」
「やめておいた方がよろしいわ」
「何故です?」
「あの剣には、あなたの体に流れる百合の魔女の血の力を増幅させる力があるの。あなたは以前、無意識に百合の魔女の魔力を使っては数日寝こむという生活を送っていたでしょう?それと同じような現象が今回起こっているわ。あまり普通の剣として扱わないほうがよろしくてよ」
ひいっ、それではまるで血を吸う魔剣ではないか。
僕に相応しい剣だと思っていたが、使われているのは僕の方、ということか。
「あなたの魔力は解放したままにしておきます。よほどの手練れでなければ、普通の剣でも太刀打ちできるでしょう」
「……もし誰かと交戦することになり、魔力を無意識のうちに使ってしまえば、また僕は寝込んでしまうのでしょうか」
「そうね、でもあなたは以前のあなたとはちょっとだけ違うわ。体力がついた。自分の魔力が膨大であることに気付いている。自分が百合の魔女の血を引いていることを自覚した。それだけでも、魔力の浪費は防げるはずよ」
そう言うと、ご主人様は僕に二つの剣を差し出す。
一つは白銀の剣に似た、百合の彫刻の入った剣、もう一つは短剣だ。
「短剣は腰元にでも忍ばせておきなさい。剣は鞘に入れて腰元へ下げておきなさい。学園ならば剣を持っていてもさほど目立ちません。それにあなたの美貌ならば、誰も腰元など見ないでしょう」
そんなの当たり前だ。みんな僕の顔を見るのだから。
僕は腰に剣を下げてもらうと、きょろきょろと自分の姿を見回り、最後は姿見で確認した。
「あなたが普通に学園に通っていたらそれはそれは大騒ぎだったでしょうね。でもまぁ、通えたとしても、出席日数が足りなかったでしょうが」
確かに、僕が普通に学園に通っていたら、毎日令嬢たちの嬌声が飛び交い、それに嫉妬した男共は僕に歯向かって来ただろう。
そしてそれを僕が軽くコテンパンにする、と。
……ちょっとだけ、学園に通いたかったな。
*****
馬車で学園の入り口まで送ってもらうと、僕は門の前で立ち止まった。
学園など指折り数えるほどしか通ったことがない。
一応ご主人様に図書館の場所はレクチャーしてもらったが、果たして卒業生ともいえるかわからない僕が立ち入っていい場所なのだろうか。
いや自信を持てリングレット。僕は侯爵子息だぞ。勘当されたけど。
それに公爵令嬢の犬だ。いざとなったらご主人様の名前を盾に逃げればいいんだ。
そう考えると急に気が楽になってきた。楽しみだな。
教室がある棟の横にある、円形の平べったい建物が図書館だ。
僕は生徒たちが交流する敷地内を歩いて図書館へ向かう。
「あら、リングレット様じゃない」
「相変わらずお美しいわね」
そうだそうだ。僕は美しい。
ああ、在校生でもないのにこんなに注目されるなら、普通に通っていたら混乱をきたしてしまうことだろう。
やはり育ての両親は賢いな。
「最近はあのマリーノワーズ様とご親密だそうよ」
「え、リングレット様ってやはり女性の趣味が悪いわね」
何故ご主人様のせいで僕の評判を落とさなければならないんだ。
許せん。
僕は令嬢達へ足を向けた。
しかし、すぐに足を止め、首を振る。
僕はご主人様の犬なんだ。ご主人様の評判で僕の評判が下がるなら、その逆も然りだ。
素晴らしいな僕は……怒りを抑え、主人の利を考えている。賢い僕にしかできない芸当だ。
命拾いしたな令嬢。僕は図書館に用があるんだ、君には興味がない。さらば……。
図書館に入ると、そこには数人の生徒が座って本を読んだり勉強をしている。
円形の建物の壁にはずらりと書物が埋め込まれているように並び、二階へと二重螺旋のような構造になっていた。
「あの、王国の成り立ちや、魔女についての記載がある本はあるでしょうか」
僕はカウンターに座る司書へ声をかける。
丁寧な口調で穏やかに話しかけると、司書は言葉を失ったようだった。
仕方ない、何せ話しかけているのはこの僕なのだから。
「そうですね……歴史の本でしたら手前から四つ目の棚の二百番台にありますよ」
僕は礼を言い、棚へと急ぐ。
あの司書、僕の顔に呆けていた割には受け答えが普通だったな。まぁいい。彼女も仕事中だからな。
二百番台の棚へ向かい、古代史と思われる本を何冊か手に取るが、どれも詳しいことは書かれていない。
わかることは、創世の魔女というのがいて、その魔女の仲間だったオーギュスタがこの国を作ったということくらいだ。
話にならん!僕は本を棚へ戻すとカウンターへ向かった。
「すまないが、この図書館にある古代史の本はあれだけか」
「へ、閉架式書庫へ行けば、研究用の古い文献が見つかるかと……」
怒りが隠せない僕に怯えながら、司書は立ち上がり、僕をカウンターの後ろにある司書室を抜け、閉架式書庫へ案内する。
最初からこうしておけばよかったんだ。
表には子供騙しの本しか並んでいないではないか。
僕の賢さを舐めるんじゃない。
「こ、こちらです」
小さな階段を下り、たどり着いたのは、窓一つない、真っ暗く埃臭い場所だった。
ハンドルがいくつも付いた、閉じられている棚がいくつもある。
僕がハンドルに手をかけると、ゆっくりと棚が動き、中に収められている本が姿を現す。
な、何だか楽しいな。
僕が何度もハンドルを回していると、司書は軽く咳払いをする。
「こちらの本は貸し出しが出来ないこととなっておりますので、こちらでお読みください」
そう言うと、司書はランプに明かりをつけ、出て行った。
それにしても埃臭い。僕の美しい体に染みないといいのだが。
僕は歴史の棚に手をかける。
確かに魔女のことが書いてありそうな本がたくさんある。
しかし本の端々が染みており、黴臭い。触っているだけで痒くなってきた。
さっさと読んで立ち去ろう。僕はページをめくる。
「創世の魔女と始祖オーギュスタ、これだ」
赤い刺繍のされた本を手に取る。何故かわからないが、ご主人様を彷彿とさせたからだ。
「創世の魔女はこの世界に何人か現存するが、この国に生息しているのは百合の魔女リリーデルと、薔薇の魔女アウレーディア……」
百合の魔女は隣国ではなくこの国出身だったのか。
何故この隣国へ移ったのだろう。この国にいたら死ぬこともなかっただろうに。
「薔薇の魔女アウレーディアは強大な闇の力を持ち、民を虐げようとした。始祖オーギュスタは百合の魔女リリーデルと共に薔薇の魔女へ対抗し、リリーデルはアウレーディアを封印することに成功した……?」
おかしいな、薔薇の魔女が封印されたのならばご主人様を含め、末裔とされているアンサルシア公爵家は存在しないのではないか。
それに、封印されているだけだとしたら、どこへ……。
「あなたは相変わらず日の当たらない暗い場所で引きこもるのがお好きなようだ」
書庫の扉が開き、僕はすぐさま振り返る。
柄を握ると、僕はその手を緩めた。
「ユリアン……それに、アリエスタ……様」
ユリアンは僕を嫌悪する様に階段の上から睨みつけ、アリエスタは怯える子犬のように瞳を揺らす。




