第33話 リングレットの血
大きな爆発音とともに、僕は目を覚ます。
ついに花祭りが始まった。
窓から見えるだけでも、下町が華やぎ、人であふれかえっているのが見える。
花祭りは確かオーギュスタ様の奥方、ミリエール様が始めたんだっけ。
花祭りと言い、薔薇だの百合だのの魔女と言い、この国は随分花に関係が深いな。
僕は寝間着の薄い袖口を見つめ、ため息をつくと服を脱いだ。
しばらくしてご主人様は部屋に入ってくると大きなかごをテーブルに置き、着替え終わった僕を見て感心した表情を見せる。
何だ、僕が一人では着替えすらも出来ないと思ったか?
「リングレット、日中は特に魔力を使いすぎないように」
「夜はよろしいのですか」
「まぁ、奇を衒わなければ、夜狙ってくることでしょう。夜は特に魔力が高まりますから」
「そういうものですか」
「日中は陽の光に魔力を吸われているのよ、今度目を凝らしてごらんなさい。体から湯気のようなものが立ち上っているのが見えますから」
ああ、なんだ。多分小さい頃に見たことがある。
なんか気持ち悪いなと思ったら見えなくなった奴だ。
それにしても魔力を使わずに日中過ごすというのは困ったな。
五日もあるのに、連日襲われたら僕は寝てしまうぞ。か弱いんだから。
「あなた、花祭りについての知識はあまりないんでしたわね」
「ええ……花を飾って繁栄を祝うものとしか」
「花祭りは今日から五日間行われるわ。一般的には国中の名産品が集まり、たくさんの屋台が連日街中に並ぶわ。そして最終日には花火と共に、街に飾られた花が空に打ち上げられる」
「空に……?」
「ええ、建前上、国内のどこででも見れるように、との配慮と、空に花を放つことで、花に含まれる魔力を国内に還元するという、儀式ね」
そんなことをして何になるんだ?
全く、庶民の考えることはよくわからん。
考えるだけでなんだか鼻がむずむずしてきた……。
「あなたに魔力を五等分する技術はまだないわ。夜は徹夜しながらも魔力を温存して、敵が来たら全力で開放しましょう」
「ご主人様はどうなさるのですか」
「あら私は全日全力を尽くしましてよ。もしあの女が襲い掛かってくるとしたら、飛んだ日にいる夏の虫、とばかりに丸焼きにして差し上げましょう」
馬鹿か。ご主人様の婚約者に手を出すからこうなるんだ。
お前は喧嘩を売る相手を間違えた。
ご主人様は本物の魔女だぞ!?魔女と聖女だったら、なんか、魔女の方が強そうだ!
なんて身の程知らずなんだ。僕だったらあんな筋肉馬鹿のために人生を棒に振らない……賢いからな。
「朝食は私が用意したわ。二人でゆっくりといただきましょう」
そういうと、大きめの籠を掲げ、中身を見せた。
小さめのサンドウィッチに果物が入っている。
朝は食欲があまりわかない僕にはぴったりだ。
流石、僕の飼い方をわかっているじゃないか。ご主人様として合格点を上げよう。
「お腹が空いたら自分でお作りなさい。まぁ、あなたに食事が作れるとは到底思えませんが」
「え、僕が作るのですか?」
「そうよ。使用人に暇を出しているんだもの。それに、これだけではお腹もすいてしまうでしょう?肉を焼くくらい、あなたにも出来るはずよ」
食事を……作る、だと!?
僕は剣を扱えるが、包丁は握ったことがない。
だって危ないじゃないか!間違えて指先を切ったらどうする!
血が出てしまうじゃないか!そしたら僕はこの五日間使い物にならなくなる。
それに、火で美しい髪を焦がしたらどうするんだ。
僕はその事実だけで寝込んでしまうぞ!
「ふふ、文句があるのならば、生野菜でも齧ってお過ごしなさい。アリアンの食事を作った時に出た野菜くずがまだ残っていてよ」
「野菜……くず!?ですか」
「ええ、くずならば食べやすいでしょう?大きさ的に」
僕に犬の残り物を食べろというのか!
なんてひどい扱いなんだ。
これでは奴隷に等しいではないか。
ああ可哀そうな僕……出来る限り省エネで過ごそう。
お腹が空いたら綿毛の餌でも横取りしよう。あいつは僕のことを好きだから怒らない、多分。
「さぁ、長い長い花祭りの始まりよ。今のうちに目を閉じていなさい。あなたが目を開けたとき、そこは惨劇の舞台になっているかもしれません」
「……血は嫌です」
「わかっているわ。私はなるべく、あなたに血を浴びせないよう努力して戦いましょう。ただし、あの女がそれを許してくれるのならば」
わかっている。僕は賢いんだ。
血が苦手など言っていられないような戦いが待っている。
しかしどうしようもないんだ。血を見ると、一気に気が遠くなってしまう。
こればかりは僕のか弱さだけでは説明できない。
「もしあなたが血を浴びて倒れてしまったその時は、私があなたの分まで戦いましょう。あなたを失っては元も子もありません」
「元も子も……?どういう意味ですか」
「反王政派の狙いは、あなただからよ、リングレット」
どういうことだ……。
反王政派がこの僕を狙っている、と。
僕はふとアルザンドのことを思う。けどあいつは誘拐の時、僕を命を危険に晒すわけがないと声高に言っていた。
じゃ誰なんだ、この僕の美貌を羨む奴は。
「……私の美貌を羨む者は、その、ユリエールとかいう女ですか」
真面目な声でそう問うと、ご主人様はきょとんとして一瞬考えた。
「ふふ、本当貴方は面白いことを言う。相手が狙っているのは、あなたの……血よ」




