第32話 白銀の剣
魔力が解放されてからというもの、僕は全能感に満ち溢れていた。
明日からもしかしたら眠れない日々が始まるかもしれないというのに、寝ようと思わなければ寝なくても生きていけそうだ。
花祭りは五日間行われる。
今の僕なら五日間寝ずとも生きられる気がしてきた。
いや駄目だ考え直せ、いつか徹夜するということは、肌にダメージを受ける。
徹夜なんて一日たりともこの僕が許さないぞ!
……いや、もしかしたら僕は優秀だから、例え寝ていたとしても、敵が来たら即座に目を覚まして対応出来るのではないか?
それにご主人様が結界を張っていると言っていた。ならば少しばかり余裕があるだろう。
「あらリングレット、悠長に寝間着なんて着て、まさか寝るおつもりですか?」
「へ、へへ……ちょっと新しい服を試着しただけです……」
僕がこっそり寝間着に着替えると、ご主人様がどこからともなく表れた。
僕は慌てて寝間着から普段着に着替え直す。
流石薔薇の魔女の末裔とやらだ。……薔薇の魔女がどんなことが出来るのかはよくわからないけど。
もしかして僕の部屋に転送する魔法が使えるんじゃないか?
そういえば教会の時もどこからともなくやってきたな。
でも僕が誘拐された時は来なかった。なーんだ、僕がいる場所に転生できるんじゃなくて場所に転送しているだけか。
……いや、転送魔法自体かなり高位魔法なんだが。
「あなたにはこの剣を授けましょう」
そう言うと、ご主人様は僕に百合の紋章が入った細身の剣を渡す。
なんて美しいんだ。僕の黒髪の映えそうだ。
鞘から抜くと、そこに白銀の刀身が現れた。
……なんだか懐かしい、ような。
「それは王家に伝わる聖剣です。おそらく反王政派はその剣も狙ってくるでしょう」
なんて恐ろしいものを渡したんだこの女は!
やはり悪魔だ!いや魔女だ!
僕がわざと狙われるようにしたな!?
「そんな国宝を何故私に渡したのですか」
「そんなもの、似合うからよ」
あっけらかんと言い放つご主人様に、僕は少し考えた。
こんな白銀に輝く美しい国宝級の剣が似合ってしまう……僕……。
「わかりました。この剣を活かし、反王政派を必ず追い払い、この剣を守って差し上げましょう」
お前は僕に似合う剣だ。
なんだか懐かしい感じがしたのも、僕と美しさを共有できる存在だったからなんだな。
僕も美しいが、お前も美しいぞ。この騒動が落ち着いたら名前でも付けてやろう。
「ところで反王政派はどのような組織なのですか?現国王の体制に反する組織ということや、クラディウス殿下、アルザンド、そして謎の聖女とやらがいることは昨日教えていただきましたが」
「組織としてはまだ大きくないわ。というか、構成メンバーはほとんどが庶民で、こちらとしても把握しかねるの。町の自警団や自営の用心棒、はたまた普通の商人もいたりするわ。ただ、貴族はあまりいないみたい。既得権益が削がれては困りますからね」
「ご主人様も、その一人ですか?」
「私?私は別に例え貴族という身分がなくなっても生きていけますもの。そんなものに興味はないわ。そうねぇ、あなたの両親なんかは、その既得権益にどっぷり浸かった人間なのではなくて?」
僕の、両親……
これまで蝶よ花よと育ててきた癖に、王女の婚約者でなくなったというだけで僕を野に放った愚か者たちか。
「ガルシアン侯爵家は王家と繋がりが深いですからね。あなたの弟もこれからこの戦いの先頭に立って戦わねばならないことでしょう」
「……つまり、王家の駒となって犠牲になる、と?」
「そうね、あなたの弟は辛い目にあうことでしょう。特にあなたとは資質も違いますし」
ユリアンは確かに凡人だ。
ただ、僕よりも忍耐強いし愚かなほど忠実だ。
もし僕があのままガルシアン侯爵にいたら、僕も戦わされていたのだろうか?
いや、僕は王子と結婚させられていたのだから、そもそも非戦闘要員か。
そういえば何故両親はこの優秀で麗しい僕を侯爵家の跡取りにしなかったのだろうか。
僕だったらこの美しい僕を手元に置いておきたいと思うのだが。
「……この屋敷にもし襲い掛かってくるとしたら、誰が来ると思いますか?」
「まず、結界を突破できるもの。非常に魔術に長けた物でしょう。魔力を失ったクラディウス様、戦士のアルザンドは一人では結界を突破できません。それに、誰かが結界を解除したとしても、魔力の少ないものは屋敷の中を自由に歩き回れません。屋敷の中を永遠に迷う術をかけています。……つまり、今のところ、想定されるのは」
「……聖女、ユリエール」
この国では聖女という存在を認定していないから、聖女と呼んでいいのか非常に悩むところだが、一応形式上聖女と呼んであげよう。
「その聖女とやらは、庶民なのですよね。……どのような方かは詳しくご存じで?」
そう尋ねると、ご主人様は怪訝な表情で僕を睨む。
僕は悪くない!悪いのはその聖女とか名乗るうさん臭い庶民の女だ!
「ユリエール。年は私と同じ。下町にある花屋の娘よ。両親は敬虔なオーギュスタ教の信者で、毎日教会に通っていたところ、聖女としての力が目覚めたとほざいているわ。髪は白銀で、小柄ね。」
「……教会に通うだけで庶民に魔力が宿るのですか?」
「ふふ、本当にあなたは賢いわね、いい子よ。特別に、あの女と私の因縁について教えてあげるわ」
因縁……?
どういうことだ。ご主人様とあの女は、昔からの知り合いだというのか。
「どういう伝手なかわからないけれど、あの女は庶民なのに、王立学園へ潜り込んだわ。あなたも同じ学び舎にいたはずよ」
王立学園……あまり記憶にない。
確かに所属はしていたが、僕はあまりにもか弱すぎて学園に通っていなかった。
まぁ、通わずとも成績は上位なので誰も咎めなかったが。
「庶民なのに学園へ?その頃にはもうすでに魔力があったのですか」
「そのようね、一部では魔力の出どころを疑う者もいましたが、珍しい聖魔法も使えたので、神の申し子だとか、上位貴族の御落胤なのではなどと持て囃す者もおりましてよ」
学園ではそんなことになっていたのか。
僕はたまにしか登校していなかったから、僕が登校すると周りの女生徒が騒がしいな、くらいしか気に留めたことがない。
あの学園で僕以上に話題になる人物がいたとは……。
「ユリエールはそこでクラディウス様と出会い、何がきっかけかはわかりませんが、二人は仲を深めた。クラディウス様は、庶民という立場で周りからいじめを受けながらも健気に頑張っているように見えるユリエールを守ることで、自己の欲求を満たした。私は、そんなクラディウス様が気に食わなくて、ユリエールに大人げない意地悪をたくさんして差し上げたの。そしたら逆効果だったわ。クラディウス様はユリエールの騎士になってしまって、私は学園内で断罪されてしまった。……まぁ、それでも私に流れる薔薇の末裔の血が欲しい王家としては、王子の一心での婚約破棄など許すはずもなく、今に至るわ」
そういえば、ご主人様はクラディウス様のことを嫌いだと言っていた。
しかし、愛しているとも言っていた。
この矛盾は、この経緯があったからか。
ユリエールへの庇護欲を愛を勘違いする哀れな王子をいつまで諦めきれないご主人様。
……この女にも、人間らしい所があったんだな。少し感心した。
って、何もしていない庶民の女を虐めるなんて悪女じゃないか!
……まぁ、婚約者に手を出すような庶民の女が何もしていないわけがないか。
「まぁいいわ。今日は前夜祭。ゆっくりお眠りなさい。あなたの魔力も封印を解いたばかり、その身に魔力が宿る感覚を味わいながら休むといいわ」
な、なんだ。今日から眠るなと言われるのだと思った。
じゃあ寝間着を着替え直す必要などなかったじゃないか!
全く手間だな。
この期間は使用人も暇を出しているらしいから着替えも全て自分でしなければならないというのに。
僕はシャツのボタンを一つ一つ外しながら、いくら魔力が膨大でも、こんな面倒な作業は避けられないんだなぁと世の理不尽さを嘆いた。




