第31話 予知夢
「薔薇の……魔女。ご主人様が」
「ええ、我がアンサルシア公爵家は薔薇の魔女の血を引く家系。それ故、魔力値が異常に高く、優秀であると称されています」
薔薇の魔女って……さっき聞いた、二大魔女の一人、だよな。
魔女……魔女って……でもまぁ、確かにご主人様は薔薇が似合うし、魔力も僕の魔力を制限できるほど強い。
そんなに驚くことでもないか。
「あら、驚かないのね」
「むしろ納得いたしました」
ご主人様は魔女っぽいしな。
恐ろしいし、初めて出会った時も魔物のような様子だった。
「喜んでいいのかわかりませんわ」
ご主人様はようやく緊張の糸がほぐれたのか、吹き出して笑った。
その表情を見ると、やっぱり魔女っぽくないな、訂正してやろう。魔女っぽくないと。という優しい気持ちが芽生える。
「……ご主人様は、今でもクラディウス様を思ってらっしゃるのですね」
「さぁ、わからないわ」
「わからない?」
「私はクラディウス様をお慕いしています。しかし、今のクラディウス様は、反王政派に飲まれ、戦場で成果を上げることで過去の弱かった自分の存在を消し去ろうとし、血のつながらないアリエスタ王女を純潔と思い込むことで自身の心の安寧を満たしています。そのような方、私が好きになったクラディウス様ではございません」
随分と太々しい態度になったな。
本当に王子を愛しているのか?
「……では、今は思ってらっしゃらないと?」
「いいえ、違うわ。取り戻すのよ」
「え……」
「アリエスタ王女の汚らわしい醜態を公にし、反王政派の内部をさらけ出し、未だに弱き己が心の醜さを、じっくり味わっていただくのです。そしてあの方の弱い心を守る虚勢の衣を全て引き剥がした後、何も持たない、ありのままのクラディウス様を、私がお預かりするの。あなたのように」
ご主人様は僕の胸に百合の花を差し込む。
もしこれが薔薇の花だったら……僕は。
「そういうわけで、反王政派はあなたを狙っているわ。屋敷には結界を張っているけれども、反王政派には小賢しい女がいるの。聖女を名乗り、クラディウス様に近寄る鼠が」
僕の胸に刺さった百合の花にご主人様の人差し指が触れると、一瞬で風化したかのように朽ちて胸元を汚した。
「聖女なんているんですか」
「名乗るのは自由ですからね、あなただって名乗ってもよろしいのよ」
嫌だ。
僕は聖信者なんて役を与えられただけで吐き気がしたというのに。
誰も彼も何故そんな肩書きに拘るんだ。
必要とあらば僕の侯爵子息に聖信者、あとご主人様の犬もくれてやってもいいぞ。
「そんなものを名乗って何が楽しいんだか」
「そういえばあなたは矜持を持たない男でしたわね、珍しい」
矜持が何だか未だによくわからないが、僕はそんな肩書き一つで偉ぶれるほど単純ではない。
僕は肩書きなんていらない。美しいこの身さえあればいい。
「ユリエール。それが反国政派が擁している聖女と名乗る女よ」
「ユリエール……まさか、百合の魔女に関係が?」
「さぁ。でも百合の魔女の血筋というわけではないわ。でも、謎の膨大な魔力を使っているのは本当みたい」
「……ご主人様よりも、ですか」
もしその聖女とやらが伝説の薔薇の魔女の血統であるご主人様を上回る魔力量を持っていたら事だ。
僕の安寧の地が侵されてしまう!
「さぁ、対決してみないとわからないわ。まぁ、決戦は近々、という所でしょうけれども」
「近々?」
ご主人様は自傷する様に鼻で笑うと、僕の毛先を弄ぶ。
「あの女、身の程知らずにも、クラディウス様と想い合っているそうよ。……しかも、庶民ながら、サルベル侯爵家に養子に入るんですって、笑ってしまうわ!」
サルベル侯爵家……まさか、アルザンドの。
「何故アルザンドはそのようなことを」
「あの女をクラディウス様の妻にするためよ」
「でも、ご主人様が」
僕が食い下がると、ご主人様は僕の赤い唇にそっと指先を触れ、沈黙を促した。
「いい、リングレット。私はこれからあらぬ嫌疑をかけられ、公衆の面前でクラディウス様に婚約破棄を言い渡されるわ。そしてあの女が婚約者の座に収まる。そして私の周りにいる上級貴族及び王家の関係者は、不自然な疑いでみな処分されるの」
それは、あまりにも被害妄想が過ぎないか?
ただ最愛の婚約者に想い人が出来たからと言って、そんな酷い女だと妄想しないとやっていられないほど王子を愛していたのだろうか。
しかしそんなことはいえない。僕の首が飛ぶ。
「あなた、信じていないわね」
僕は心臓を高鳴らせ、息を殺した。
「あのね、これは私の妄想ではないの。……予言よ」
真っ赤な靴のヒールを甲高く打ち鳴らし、窓際へ歩いていくと、ご主人様はカーテンを閉めた。
「私は毎晩予知夢を見るの。今日あること、いつになるかわからない未来のこと、異国の内乱に……私自身が婚約破棄されるなんて下世話なことまで、私の体に流れる血がそうさせるの」
予知夢……そういえばご主人様はいつも薄っすら目の下に隈をつけていたな。
顔色の悪い女だと思っていたが、まさか毎晩予知夢にうなされていたとは。
「……それは大変ですね」
「別に慣れてしまえば大変でもないわ。むしろ世界の神になれた気がして満足だわ」
薄暗い部屋の中でご主人様は笑顔で振り返る。
この薄暗さに、僕はあの夜を思い出した。
「まさか……あの夜のことも」
僕とご主人様が初めて出会ったあの舞踏会の夜。
何故あのバルコニーにご主人様は立っていたのだろう。
まるでご主人様がいる場所にだけ光を集めたかのような輝きを放っていた。
「ええ、私はあそこであなたと出会うことを知っていました。ただ、こんな男だとは思ってもいなかったけれど」
そういって少女のように笑うご主人様は、予知夢などという異常な能力を持つとは思えないほど無邪気で。
僕は思わず、ご主人様の手を取り、その場で跪いた。




