第30話 薔薇の魔女の末裔
「は、反王政派……?とは?」
「その名の通り、現王室による国の支配に反抗する勢力よ」
「で、でも今王子が反王政派って……」
正直、王子にもアルザンドにも反王政派とかいう勢力にも興味はない。
この国がどうなろうと知ったこっちゃない。
けどご主人様がそんな大事そうなことをこの僕に話しているんだ。
きっと話したいんだ、多分……王子のことを。
「あなたがそんな真剣な目をして人の話を聞くなんて珍しいこと」
「……ご主人様が、話したそうな目をしているので」
これは僕の憶測だが、おそらくご主人様が第一王子のことを嫌いだなんて嘘だ。
あれほどまでにフィエスタに殺意を向けたのは、僕に対して異常な欲を向けたからじゃなく、王子を害した相手だから。
じゃあ何故ご主人様は第一王子のことを嫌いなんて言うんだろう。
「あなたは本当にいい子ね、リングレット。賢いあなたなら、何故私がこんな話をしたのか、わかるかしら」
ご主人様は僕の頭を撫でると、林檎の皮をむくように頬へと手を撫でおろした。
「……ご主人様は、第一王子のことを愛していらっしゃるからではありませんか」
僕は冷たい表情をして、淡々と告げる。
するとご主人様は眉を下げ、寂しそうに唇を歪ませた。
「何故、第一王子のことを嫌いなどと公言しているのですか。婚約者なのだから、愛し合えばいいのに」
きっとご主人様のことだから、きちんとした理由がある。
僕は賢い犬だ、そのくらい知っている。
「それに……あっ」
僕が追撃をしようとすると、ご主人様はそっと僕を抱きしめた。
まるで、悲しみに歪んだ顔を僕に見せないよう強がっているかのように。
「……そう、できたら……よかったのに」
ご主人様が埋めた僕の肩が、じんわりと滲んでいる。
僕はただ抱きしめられるだけの家畜となった。
それにしても王子が反王政派ってどういう風の吹きまわしだ?頭でも狂ったか。
あ、そういえば小さい頃は可愛かったと言っていたな。
もしかして、アルザンドに鍛えられすぎて頭まで筋肉になったか?
にしても自分の家でもある国家を転覆させようとはいい根性をしている。
僕だったらやらないな。だって王子ってだけでいい生活は約束されているんだ。馬鹿じゃないか。
アルザンドが反王政派ってのも気になるな。
そういえばあいつ、隣国出身だったな。もしかしてスパイなのか?
だとしたら問題だぞ。
でも……何でそんな怪しい奴を僕の師匠として迎えたんだ?
というかあいつ侯爵だったな、隣国出身の癖にこの僕と同じ爵位とは本当に生意気だ。
ご主人様が身辺調査を誤ったとは思えない。……もしかして、わざと?
「……あなた、本当に女性に興味がないのね、抱き返すこともしないなんてどうかしているわ。まぁ、そのおかげで、思う存分、犬として甘えられたのだけれど」
「まぁ……犬ですからね」
僕が当たり前のように言うと、ご主人様は素っ頓狂な顔をして笑った。
何だ、女性として扱って欲しかったのか?
とは言っても、どうすれば女性が喜ぶかなんてわからない。
だって僕がいるだけで周りの女性たちは嬌声を上げ、周りを虫のように飛び回っていた。
いるだけで価値がある僕だからこそ、人の喜ばせ方がわからない。
まぁ、僕はご主人様にとって犬なのだから、それでいいんだ。
「……クラディウス様は、お小さい頃、大変素直で純粋容姿も端麗。……しかし、そこを教皇に狙われました」
「フィエスタのことですか」
「そう、あの男は小さい頃、同じ目に合っていたと聞きます。当時の教皇に性的に虐げられ、そして、あの男は傾倒していったのです。魔女信仰に」
「……魔女……あの、百合の魔女とかいうあれですか」
あの時、地下の広場でフィエスタは言っていた。
僕は百合の魔女へ捧げる供物なのだ、と。
そういえば百合の魔女ってなんだ?
ご主人様はよく知っているみたいだったな。
「あなたも知っておいた方がよろしいでしょう。かつてこの国には、闇の魔力を司る薔薇の魔女と、光の魔力を司る百合の魔女がいたそうよ。薔薇の魔女はその力で世界を牛耳り、百合の魔女は欲深い人間を嫌い、隣国の森深くへ逃げて行った。そして、今から約二十年近く前、隣国で発見された百合の魔女は、国家に反逆した隣国の王子と共に処刑されたわ」
隣国の、王子……まさか。
「もしや、その隣国とはリメンダール王国。王子の名は……」
「アレクサンドル・リメンダール。かつて、アルザンドが護衛騎士を務めた主人よ」
僕は茫然とする。
頭がいいから、理解できてしまう。
全てが繋がってしまった。僕は……。
「二人の間には子供がいたそうよ。しかしその子供はいつの間にかどこかへ消えてしまった。フィエスタはその事実を知った時、初めて舞踏会へ現れたクラディウス様を見て、その子供と勘違いした」
「……王子が何故、その子供と勘違いされたのですか」
「……クラディウス様は養子よ。あとアリエスタ王女もね」
クラディウスも養子だったのか。アリエスタも。
あんな王子と王女みたいな見た目なのに養子なんだな。
「百合の魔女の子供と勘違いし、クラディウス様を教会へ連れ出したフィエスタは、クラディウス様をあなたと同じ目に合わせたわ。違う所は、何度も百合の魔女の記憶を引き出そうと詰め寄られた点と、魔力を吸い上げられた所かしら」
「魔力を吸い上げられる?」
「あの魔法陣を見たでしょう?あそこにはクラディウス様や、他の庶民の子供たちから集められた魔力が詰まっていたわ。おそらく、処刑された百合の魔女を蘇らそうとしたのでしょう」
「……何故、そんなことを」
「フィエスタは教皇に汚された体を、元の美しい、穢れなき自分に戻ろうとしていた。そのため、百合の魔女にすがったのよ。そんなの、魔女でもできやしないのに」
あいつ……可哀そうな奴だったんだな。
でもまぁ、僕にしたことは許せないけど。
「魔力を全て吸い上げられたクラディウス様は、百合の魔女の子供ではないと判定され、ごみを捨てるように街中へ捨てられた。心に傷を負ってしまったクラディウス様は、失った魔力を補うためか、自分を守れる力を得るためか、剣術に勤しむようになった。そして、アルザンドへ師事するようになったわ」
「……ご主人様は、その時から婚約者だったのですか」
「ええ、クラディウス様が王宮に入られた時に決められました。お互いの魔力値が釣り合うとの理由で」
魔力の量なんかで婚約者を決められるのか。厄介だな。
僕もアリエスタの婚約者なんかにさせられていたわけだが、もしかしてアリエスタも魔力量が多かったのか?
僕の魔力量は膨大だとご主人様が言っている。
そんな僕に釣り合うような相手だったのか……いや、ないな。ないない。あまりにも凡人すぎる。
「フィエスタにさらわれる前までは、お互い想い合っておりました。少なくとも、私の気持ちはクラディウス様を向いておりました。しかし、戻られてからのクラディウス様は引きこもりがちになり、私を避けるようになりました」
「何故そんなことで」
そんな器の小さい男、こっちから婚約破棄してやればいいんだ。
ご主人様になら、この僕の方が見合う。
いや別に僕はご主人様と婚約するのは勘弁してほしいが……。
僕が困惑していると、ご主人様は二輪刺さっているうちの一輪を摘まみ上げ、百合の花弁を頬に当てた。
「それは、私は薔薇の魔女の末裔だと、フィエスタがこぼしたからです」




