第29話 反王政派
花祭りが始まると、貴族街にも花が増えてきた。気がする。
翌日、僕は昼に目が覚めると最初に窓を開けた。
屋敷の外の道路に植木の花が増えている。
まぁ起源が国の祖の妻なのだから貴族も乗らなきゃ愛国心を問われるか。
そう思って大欠伸をすると、鼻孔をくすぐる香りに僕は部屋の中をきょろきょろと見回る。
「……これか」
僕の部屋に花が生けられている。
大きな白百合だ。立派な雄しべが綺麗な花弁に花粉を飛ばし、汚している。
全く花粉はろくなことをしないな。美しい花弁が台無しだろう!
僕はささっと花弁に着いた花粉を拭く。
指先が花粉色に染まると、べたつく感触に吐き気を催しながらハンカチで拭いた。……取れない。
「おはようリングレット」
僕が百合の雄しべを切り殺そうとした時、ご主人様が部屋に入ってくる。
「あら随分と物騒ね、どうしたの、剣など持って」
「あっいや……ははっ、少しばかり百合の葉を切りそろえようかと思いまして……」
剣を後ろ手に隠すと見え透いた嘘をつく。
馬鹿だな僕、ご主人様が用意したものかもしれないだろう!?
「……リングレットは、百合の花はお嫌い?」
「いえ、花は嫌いではありません」
「花は?」
「……中のおしべとめしべは何となく嫌いです」
子供のように呟くと、ご主人様は驚いた顔をして、じっと僕の言うことを聞く。
「そう、あなたらしいわ」
あなたらしい?
僕らしいってなんだ?花のように美しいから花が好きそうに見えるということか?
ご主人様は歩みを進め、大輪の百合の花が飾られた花瓶の元まで来ると、花先に触れ、匂いを嗅ぐ。
「……百合は純粋無垢を現している花と言えるわ。……しかし、このように生存意欲を丸出しにしている花がそんな印象を持たれるのかしらね、やはり見た目かしら」
それはそうだろう。
こんな純白の花弁があれば、誰もそんな所に目がいかない。
まぁ、触ればこんな臭くてべたべたする花粉をつけられてしまうのだから、確かに純粋でも無垢でもない。
毒花だな。あくまで今の僕にとっては。
「あなたのようね、リングレット」
「え?」
こんな毒花がこの美しい清廉潔白純粋無垢なこの僕に似ている、だと。
僕に花粉はないし、近づいてきたら花粉で汚す前に逃げるぞ。
というか相手に花粉をつけるなんて気色が悪いな。
「私は百合の花になんて似ておりませんよ」
「あらそう?実際、あなたの周りに変な虫がたくさん寄ってきているじゃない」
アリエスタ、フィエスタ、アルザンド……も、入れていいのか?
他にも数多の老若男女を虜にしてしまう罪深さは僕に似ているな。
仕方ない、認めてやろう。
「確かに、変な虫はおりますね」
「ふふ、今、私のことも数に数えました?」
ん?そういえばご主人様のことは数に入れていないな。
ご主人様は虫というか、同じ花瓶に入った花仲間だ。
「いいえ、ご主人様は、私と同様花ですから」
「あらまぁ、嬉しいことを言ってくれるのね。……あなたにとって、私はどんな花に映っているのかしら」
正直毒花……いや、人食い花か。
しかし公爵令嬢だ、おそらく矜持もあるだろう。……そうだな。
「薔薇……ですかね」
「薔薇……それはどうして?」
「気高さと美しさが共存しています。美しい花と言えば、やはり薔薇ではないでしょうか」
あと棘もあるしな。
口に出したら殺されてしまうので言わないが。
「……そう、私が薔薇」
噛み締めるように何度もご主人様は言う。
頬が染まっている。ご主人様にも乙女心があったのか。
まぁ、僕のような美男に薔薇のようだと言われたら当然そうなるだろうな。
ああ、なんと僕は罪深い。
「流石、私の犬は鼻がよろしくて」
ん?なんだ?表情が変わったぞ。
な、何を企んでいるんだ。僕が薔薇には棘があるからご主人様にお似合いだと思っていたのがバレたか!?
「今日から花祭りですが、あなたは絶対にこの部屋から出ないように」
「……部屋から、ですか」
「ええ、部屋からです。アリアンの散歩も使用人がいたします」
まぁ……綿毛の散歩などしなくていいに越したことはないが。
しかしまぁ、この間誘拐されたとはいえ、過保護が過ぎないか?
「念のため、あなたの魔力も開放しておきましょう」
「えっ!?」
僕は喜びを露わにしてしまった。
まずい、ご主人様の機嫌を損ねてしまったかもしれない
違う、決して魔力がある快適な生活に戻りたいわけじゃないぞ!決して楽に過ごしたいわけでは!
「この期間、アルザンド不在で稽古も出来ませんので、その代わり、私があなたの師匠となりましょう。魔力があっても無駄にたれ流したり、不要な時に使わないような制御の仕方を」
終わった。花祭りは僕の命日に決まった。
しかしご主人様は僕より強いのか?そういえばアリエスタと対峙した時、変な魔法を使っていたな。
「ご主人様の屋敷内でも気が抜けないのですね」
「そうね、血がつながった家族以外についてはあなたに紹介したくなくってよ」
「……血筋が関係あるのですか?」
「ええ、アンサルシア公爵家の血統に連なるものは、あなたの魅了の魔力には誘われませんからね」
魅了の……魔力……
まさか、美貌でありとあらゆる者たちを魅了していたと思っていたが、まさか、それすらも魔力なのか!?
「あら、随分と驚いてますけれども、あなた、周りにあのような変態どもを引き寄せておいて、気づいていなかったの?」
「……私の美貌が人を惑わせるのだと思っていました……」
絶望だ!僕の美貌が罪なのではないなんて!
ああ気が遠くなってきた……僕はか弱いからな……今日はもう休ませてもらおう。
「花は人の魔力を増幅させる効果があります。花自体に魔力がありますからね。それに影響されて、人々は気分を高揚させ、またその高揚を暴力や犯罪に発展させるものも多くはありません。あなたも魔力を封印していたのに、誘拐した相手はおかしくなってしまったでしょう?」
あれは僕が美しすぎて女と間違われたからだ。
魅了の魔力などではない。
「そんな時に私の魔力の封印を解いたら、この国の民は皆、私の虜になってしまうのではないですか?」
腹が立つ。僕はこんなに美しいのに!
「それを差し引いても、あなたの魔力を解放した方が利があると思ったから、封印を解いたのよ。それほど、あなたの身に危険が迫っているの」
ご主人様は僕の腕を掴み、真剣な目をして見上げる。
「……ならば、アルザンド殿で僕の部屋の入り口に立たせておいたらよかったのではないですか?」
僕は嫌だけど。
「あなた、アルザンド様のことを嫌っていたのではなくって?」
「……ええ、正直言って、好きません」
「でも、何故護衛に置こうと?」
わからない。何となく、僕の本能があいつは護衛がお似合いだ!と言っている。
この間助けてもらったからだろうか?
「あ、そういえば以前隣国の王子の護衛騎士をしていたと申しておりました。だからでしょうか」
「へぇ……そんなことまで話したの、あなたに。恥知らずな男ね」
まずい、ご主人様の表情が曇っている気がする。
アルザンド!お前のせいだぞ責任を取れ!
「……以前、あなた、アルザンド様がクラディウス様に似ていると言ったことがありましたわね」
そんなことも言ったか?
ああ、言ったかもしれない。筋肉馬鹿同士だと。それは言ってないけど
「アルザンド様は、クラディウス様の剣の師です」
「ふえっ?」
随分と冷たい目で淡々と語る。
ご主人様はクラディウスのことが嫌いなのではなかったか?
僕は賢いから覚えているぞ!私あの男嫌いなのですみたいなことを言っていたはずだ!
「そ、そうなのですか」
「そして、反王政派にクラディウス様を取り込んだのも、あの男です」
僕の冷や汗が、一気に凍った。




