第27話 僕を丁重に扱え!
怖い、揺れる、臭い。この僕を荷物のように担ぐな。
男は僕を担いだまま全力で走る。路地裏から路地裏へ。
顔が逆さになっているから正直どこを走っているかわからない。
男が跳ねる度に僕の体がむさくるしい背中に叩きつけられる。
走るな!僕は馬車より揺れるものに乗ったことがない!
うえっ……いい加減下ろしてくれないか、僕は花よりも宝石よりも丁寧に扱われなければ気絶してしまう尊い生き物なんだ……。
「親方!貴族の令嬢を連れてきやした!」
扉が開く音がしたと思ったら、突然男は足を止め、その反動で僕の顎は激しく男の背中に打ち付けられた。
どうやらここは小さな小屋のようだ。
……綿毛の方がもっといい犬小屋に住んでいるな。
「……お前、そいつは男じゃねぇか」
「え?」
男は肩の所にある僕の尻を見る。
「うわあああ、真っ暗だから見えなかった!」
今にも抜けそうな朽ちた木の板が張ってある床へ僕の体を無造作に放り投げると、男は飛びのいた。
僕は化け物じゃない!ただ尋常じゃないくらい美しいだけだ!
その点だけは僕は常軌を逸しているといえよう。
にしても痛いな。……受け身の練習をしておいてよかった。綺麗な顔に傷がつかずに済んだ。
「ほお……男にしちゃあ随分上等な服を着てるじゃねぇか。こいつは貴族だな」
服より顔を見ろ。
「でも貴族にしちゃあ少し質素な服を着てますよ、成金上がりの男爵がいいところじゃねぇですか」
馬鹿が!僕は侯爵家だ!
何故僕の美貌が庶民階層にまで轟いていないんだ。
……僕もまだまだと言ったところか。
僕は体を起こし、男たちを見上げる。
「あ?なんだこいつは、女じゃねぇのか」
「でも男の服を着てますぜ」
「うーん……こいつは痩せっぽっちだから、女の服を着せれば、普通の女として売り飛ばせるんじゃねぇか」
人身……売買……
庶民の間ではまだそのような野蛮な行為が横行しているのか。
許せん!僕は女ではない!
何故美しい僕が庶民の女として売り飛ばされなければならないんだ。
せめて美しい僕として売り出せ!貴族の中でも最高峰の美貌のこの僕を!
「……叫び声もあげやがらねぇ。こいつ口がきけねぇのか」
違う。僕は野蛮な輩とは言葉を交わさない。
つまりこの場において、僕は僕としか会話をしない!
「何だか腹立つな。お貴族様っつーのはこんな傷一つねぇこぎれぇな顔したやつばっかなのか」
お、ようやく僕の美しさに気付いたか。
目の付け所は良いぞ。
「うわっ!」
「何だ、声が出るじゃねぇか。ってことは俺らみてぇな奴らとは口がきけねぇってぇのかぁ!?」
突然僕の前髪を掴み、体を吊り上げる。
痛い!前髪が抜けてしまう!
僕は髪の毛の一本ですら貴族のご令嬢の間では奪い合いになるほどなんだ!つまりお前が今握っているのは金塊だ!
僕の価値もわからぬ外道め!
瞬時に男の立派な腹に蹴りを入れようとすると、僕の長い足が男に届く前に手を離された。
「随分と足癖のわりぃ坊ちゃまだなぁ」
僕は強く腰を打つ。
こんな所で薄く小さな僕の尻を恨むとは思わなかった。
「俺は男にゃ興味はねぇが、お前みてぇな綺麗なお貴族様はぐちゃぐちゃに汚してみてぇ。おい、こいつの服を剥げ!服も売るから丁寧にな!」
親方と呼ばれた小太りの男がそう声をかけると、僕を連れ去ったむさくるしい男が近づいて来る。
本当ならこんなやつら、僕の敵ではない。
しかし足がすくむ。だって僕はこんな野蛮な奴らとは縁がないから!
お育ちがいいんだ!当たり前だろう!
そろそろご主人様も僕が誘拐されたことに気付くころだろう。
お前ら、知らないんだな。
僕のご主人様はとてつもなく恐ろしいんだ。
お前らなんて僕がご主人様に泣きつけばイチコロだ!
今に見ていろ野蛮な輩め!
そう強がってみるものの、やはり怖くて精一杯尻を擦って後退りするが、無作法に腕を掴まれた。
「おお、これはいい生地だ。こいつはいい値段で売れるぞ」
やめろ、この服は僕のためにご主人様と次女が選んで着せてくれたんだ。
汚い手で触るな、触らないでくれ。
売るならこの美しい僕本体を売れっ……!
そう覚悟を決めたところだった。
「何をしている!」
扉がいきなり開き、眩しい光が外から差し込まれる。
眩しい、なんか男の野太い声がしたが、気のせいか。
「……リングレット様!?」
僕の背に手を当て、優しく体を起こしたのはアルザンドだった。
アルザンドは数人の若い警備兵を連れ小屋へ乗り込んでくる。
たった二人しかいない小太りの男とむさくるしい男はあっという間に縄で締め上げられた。
ざまぁみろ!僕という尊い存在に手をかけようなんて分不相応なことを考えるからだ!
僕はアルザンドを拒否するように手で押しのけ、自力で立ち上がった。
「何でこいつが……!お前何様だ」
ん?今アルザンドに向かってこいつと呼んだか?
まぁいいや。ここは凛々しく美しい声を聞かせてやろう。
「名乗るほどの名もない。僕はただの貴族。少しばかり美しさで名を馳せてしまっている、上流貴族だ」
「何言ってんだこいつ」
僕がせっかく美しい声を聞かせてやっているのに何様だ。
腹が立つな。僕はアルザンドに目配せし、とっとと男共を引き上げさせた。
「リングレット様、何故このような所に」
「……ご主……マリーノワーズ様から要請があって僕を探していたわけではないのですか?」
不機嫌を隠さずに突きつけると、アルザンドは気まずそうに視線を泳がせた。
本当お前は嘘が苦手だな。
「そういえば師匠が乗りこんできたとき、僕の姿を見て動揺してらっしゃいましたね。もしや師匠はあの野蛮な輩の仲間なのではないのですか?」
皮肉を言ったつもりだった。
だって全員筋肉馬鹿のむさくるしい男だから。
そういう意味では似た者同士だろう。
美しい僕なりの華麗な皮肉だ。
しかしアルザンドは目の色を変え、僕を睨んできた。
「冗談ですよ、冗だ……」
視線を外し、冷や汗をかきながらいなすと。突然後ろから抱きしめられる。
な、何なんだ……突然。
「リングレット殿、どうかご存じ置きください。私はどのようなことがあろうと、例えあなたがマリーノワーズ様の物になろうとも、あなた様を裏切ることはありません。あなたに降りかかる身の危険は全て私が振り払います。私の命を懸けても」
……重いな。ちょっと輩に誘拐されただけじゃないか。
もしかして僕の記憶がないだけで僕は小さい頃誘拐でもされていたのか?
まぁ僕のことだ、随分可愛らしかっただろうからな。
というかその雄々しい腕と胸板を押し付けるな。あと男臭い。
僕は本気で振り払うと、むっとした表情をアルザンドに向ける。
「……私は自分で自分の身の危険くらい振り払えます。ご心配なく。今だって、輩を一人で倒すところでしたのに、邪魔されてしまいました」
もちろん嘘だ。僕は完全に腰が引けていた。
しかしこのくらい冷たく接しないとこいつには通じないだろう。
随分と僕に執着しているようだからな。
全く僕の周りの変態どもには困る。
「お構いなく。一人で帰れますので」
アルザンドを袖にすると、僕は小屋から出て行った。
周りは小さな林で囲まれており、街は見えるものの外れ過ぎてどこかわからない。
僕は賢い頭をフル回転して小屋へ戻る。
「師匠、街まで案内してくれないか」




