第26話 世界の選択
街は色取り取りの色に染められ、四方から様々な香りが流れてくる。
なんだか鼻がむずむずするな。花粉が飛んでいるのか?
全く、庶民の花は品がなくて困る。
僕の鼻はお前らの繁殖に関係ないぞ。
「で、ご主人様、今日はどちらへ」
「あなたの物を買おうと思うの。服とか、他にもあなたの好みのものがあるでしょう?部屋だって、あなたの好きにしたいでしょうに」
何だ、意外と気が利くじゃないか。
僕のご主人様としていい心がけだ。
で、何故僕の手を離さないんだ?何だ、やはり惚れたか?
僕はご主人様の顔をじっと見る。……ヒールで嵩増しされているとはいえ、僕の肩ほどにしか届かないんだな。
「まずは服ね。このままでは侍女の着せ替え人形になってしまうわ。できれば、屋敷の中や街中を歩く、軽装を揃えたいわね」
「軽装、ですか……」
僕は軽装などほとんど着たことがない。
常に僕の服は母上が用意し、侍女たちが綺麗に着飾る。
僕は剣術の稽古や魔法の修業などしないし、そういえば、あまり外に出たことがない。
舞踏会も、他家へお茶会に出向くこともない。
遊んでいた令嬢達も、屋敷に押しかけてきたから遊んでいただけだから……家でお茶会やファッションショーをしただけだしな。
「あなたはどういったものが好みかしら」
「いえ……特段好みというものはないですね」
「あなた、自分の外見には自信を持っているのに、あまりこだわりはないのね」
「そう……かもしれません」
好み?そんなものはないな。
僕はただいるだけで周りが快適な環境を提示してくれていた。
僕は息をするだけで生きてこれたし、特に文句もなかった。
そういえばユリアンは時折両親に反抗していたが、正直言って無駄な労力を使っていると鼻で笑っていたものだ。
「なら私があなたに思考を与えましょう。何が嫌で、何が好きか。自分で選択することの重みを、あなたは味わわねばなりません」
何が嫌いで何が好きか?
僕は醜いものが嫌いで美しい僕が好きだ。
あと紅茶や花、僕よりは見劣りするものの、美しい物も嫌いじゃない。
……でも選択というのはそういえば今までしたことがなかったな。
婚約者だってあんな王女を勝手に押し付けられた。
聖信者だって親というか国が勝手に認めた。
そう考えると、僕は周りに振り回されてきたんだなぁ……なんて可哀そうな、僕……。
「さぁここよ、リングレット。中へ入りましょう。……アルザンド様はいかがなさいますか」
蛇のようにアルザンドに流し目をくれてやると、ご主人様はまるで答えを知っているかのように問う。
「私は……他に用がございますので」
「あらそうですの、残念だわ。では、お帰りは屋敷の方へ直接お戻りください。私たちは二人で買い物を楽しんでから帰りますわ」
そうだそうだ。お前のような汗くさい男が一緒では花の匂いも鈍る。
しっしっ、できれば屋敷にも戻って来なくてもいいぞ。
僕は汚いものを見る目でアルザンドを見つめる。
ご主人様はそんな僕のリードを引くように、握ったままの指先を引っ張った。
服屋の中へ入ると、壁面に豪華な服を着たマネキンが所狭しと並んでいた。
女性もの、男性物両方ともあるが、どうやらここは庶民街にある者の、貴族専用の服屋のようだ。
店内に少し小太りの小汚い男が見た目に似合わない立派な服を所望している。
あれは貴族じゃない、ただの成金だ。
僕は鼻がいいんだ、それくらいわかる。
欲望の臭いがするんだ。使い古して錆びついた油みたいな臭い。
……あの男のはただの加齢臭かもしれない。
僕はそっとご主人様に握られていない方の腕の匂いを嗅いだ。うん、僕は花の香りがする。
「さあリングレット、何でもお好きな物を選びなさい」
「好きな物、と言われましても……」
今まで服を買ったことがないから何を選んだらいいのかわからない。
僕は美しいから何でも似合ってしまうし、選択肢が広いというのも問題だな。
手あたり次第服を触り、感触を確かめる。
首のあたりにフリルがあるのはあまり好きじゃないかもしれない。
首の長い僕は似合ってしまうのだけれど、チクチクする感触が何だか嫌だ。
好きな色も特にないしなぁ……
そう思って隣のご主人様を見る。どうやら女性の服を見ているようだ。
「ご自分の服をお選びですか」
「ええ、あなたの服はあなたが選ばなければ意味がないでしょう?」
そんなもんなのか?
僕はどうでもいいんだが。むしろ選んでくれた方が効率がいい。
「……私は、誰かが選んでくれた方が楽ですけど」
ぼそりと呟くと、ご主人様は僕を見上げ、握っていない方の手で僕の頬を触る。
「あなたが選ぶことに意味があるの。あなたはこれから、自分の人生を、自分の意志で決めて行かねばならないわ。選択するということは、自分の考えに責任を持つということ。いつまでたっても他人に責任を押し付けて生きていては、あなた自身の人生を生きられないわ」
ご主人様の慈悲に満ちた目が僕を撫でる。
僕自身の人生……
って何だ!?
「うふふ、あなたには難しかったかしら」
「……そうかも、しれません」
「あなたはまだ、赤子ですからね」
「そう僕は赤子……赤子!?」
何てことをいうんだ!
僕は十九だぞ、あ、もしかして赤子のように愛らしいという意味か?
しかし年下に赤子と言われるのは癪に触る……かもしれない。
ご主人様は特別だ。
「……だから、鼻が利くのかもしれませんね」
「鼻?」
「貴方は人を見抜く才能があるということよ。フィエスタにも拒絶していたでしょう?」
あんなあからさまな変態、僕じゃなくてもわかるだろ。
でもまぁ才能と言われたら悪い気はしないな。
「ま、まぁ」
「……で、アルザンドは何故毛嫌いしているのかしら?」
ま、まずい!僕が筋肉馬鹿を嫌いなことがバレた!
ご主人様違う、僕は好き嫌いしているんじゃない!
な、なんか冤罪を、冤罪を思いつけ!罪を押し付けろ!
「何かを思い出すから、かしら」
「へ?」
艶やかな声で、ご主人様はじっとり僕を見つめる。
思い、出す?あんな奴で何を思い出すというんだ。
あ、あれか。同じ筋肉馬鹿の第一王子。名前は……何だっけ、ああ、クラディウスだクラディウス!
「ア、アルザンド様といえば、クラディウス様にどことなく似てらっしゃいますよね」
筋肉とか。
僕は精一杯繕った。
なのにご主人様は顔色を変え、まるで今にも僕の美しい顔にヒールを突き立てそうな顔をして睨みつける。
「……あなたは本当に勘の鋭い子ね」
いけない、地雷を踏んだ!
……けど、今の何が地雷なんだ?
確かに見た目だけは王子の方が美しいけど……。
「あ、あの、私が何か余計なことを申し上げましたでしょうか……」
「いいえ、あなたがとっても優秀な犬だってことがわかって満足よ」
どこが満足だ。今にも僕を踏みつぶそうとしていたじゃないか。
ご主人様は店員を呼びつけ、僕のサイズを測るよう指示する。
なんだ、僕の気のせいか。
「リングレット、あなた随分と華奢なのね、羨ましいわ」
「はぁ、そんなものですか」
「あら、今のは誉め言葉じゃなくってよ?男性は一般的に華奢だと言われたら憤慨するものなの。だって、女性のようだと言われて喜ぶ男性はいないでしょう?」
ここにいるぞ。
僕は繊細な造りをしているからな、華奢と表現するのが正しい。
できれば、花のようだと称して欲しいのだが。
「あなたは些か、嗜好に偏りがあるように見えるわ。少しは一般的な思考も取り入れなさい」
「一般的な思考……ですか」
「そう、あなたの考え方はとても素晴らしいわ。世俗にとらわれない。けど、普遍的な考え方を取り入れると、もう少し人として成長出来ましてよ」
普遍的?何を言っているんだ。
僕の世界は僕だけで完結している。
穢れた他人の思考などを入れる必要なんてないだろう。
「……肝に銘じておきます」
「その様子では、今ひとつ響いてないようね。でも、期待しているわ、私の賢いリングレット」
舐めるような目つきで僕の細い腰を撫でると、ご主人様は僕に服を選ばせた。
僕は適当に、首にフリルのついていない、かつ、あまり煌びやかな装飾のついていない軽装を選ぶ。
服はあくまでこの僕を包むものでしかない。少し地味なくらいが引き立つだろう。
「あ、あの……ご主人様、流石に更衣室は一緒に入れません……」
「あら、恥ずかしがらなくてもよろしいのに」
服を携え、更衣室に入る。
しかし、僕の手はご主人様に握られたままだった。
サイズを測っていた時もずっと握られていた。
……寂しいのか?それとも僕に気が……いけない詮索はよしておこう。
「まぁ……そうね、あなたも一人で着替えが出来るようにならなければなりませんし」
そういうとご主人様は手を離し、頬に手を当てるとじっくり僕を見つめる。
失礼だな、僕だって着替えくらいできる。……出来る、と思う。
「ご主人様はそこでお待ちくださいね!」
勢いよく更衣室のカーテンを閉めると、持ち込んだ服を広げ中にある全身鏡に写す。
うーん、やはりもっと美しいものが良かったか?
いくら僕を引き立てるためとはいえ、あまりに地味すぎて心が沸かない。
それにしてもこの鏡、何だか妙だ。時折揺れる。それに、まるで外にいるかのような騒めきや風の音が聞こえる。
もしかして隙間風か?これだから庶民の店は。
僕は鏡の裏を覗き込んだ。
ん、なんだこれ、鏡の裏が黒い布で覆われ……
突然、暗闇から野太い腕が現れ、僕のか細い腕を引っ張る。
「うわあああ!!」
咄嗟に大声を出すものの、声を上げたときにはもうすでに店の外へ出ていた。
山賊のような荒々しい筋肉男は僕を服ごと抱え、路地裏を疾走する。
助けてご主人様!もう二度と手を離さないと誓うから!
そのリードを離さないでくれ……!




