第25話 花祭り
下町に入ると、馬車の窓から花びらが風に舞っているのが見える。
僕を歓迎しているのか。出迎えとしては上々だな。
窓から外を覗き見ると、街中のあらゆるところが花で満たされている。
下町はこんなもんだったか?
「花祭りよ。明日、明後日と街で開催されるの」
「へぇ……そうですか、じゃ、明日来ればよかったのに」
「今回は別に花祭りを見に来たわけではないわ。花祭りは人が多いですし、ねぇ、アルザンド様?」
「え、ええ……まぁ……」
僕とご主人様の向かい側に座るアルザンドは戸惑ったように顔を濁らせる。
おい、ご主人様が声をかけてやってるんだからもっと景気のいい声を出せ。
花祭りかぁ……もっと街が花で満たされるのかな。
美しい僕を引き立てる絶好の情景じゃないか。何故明日連れてこなかったんだ。
人が多いと僕の美しさが枷になるからか?
僕という花より平凡な花を見て欲しいものだ。
「それにしても何だかいつもより花の量が多いような気がしますわね」
「そうなんですか?」
僕は花祭りに行ったことがない。
あるということは知っているが、どんなものかも知らない。
大体花など屋敷の園庭で毎日拝めるし。ありがたいものではない。
庶民は可哀そうだな、祭りでもないと花を拝めないのか……。
「リングレット、花祭りの知識は……ありませんわよね?」
何だろう。そんなの当たり前なのに、馬鹿にされているみたいだ。
「ありませんが……」
「うふふ、そうよねぇ」
ご主人様が上機嫌なのはありがたいが、その理由が僕の無知なのはなんか嫌だな。
「アルザンド様、説明して下さらない?」
何故この男に聞くんだ。ご主人様が説明してくれよ。
こいつの方が信頼されているみたいで何かもやもやするな。
「え、ええ……花祭りは、国の始祖オーギュスタ様の妻、ミリエール様が始められたもので、国の繁栄を祝うものです。国中のありとあらゆる花を集めることで、国の各所が繁栄している証としています」
「……つまり、何か今年の花が多いのは大いに栄えた証ということですか」
つまらなさそうに僕が棒読みで尋ねると、オーギュスタは心臓が止まったかのように言葉を失う。
何だ、僕が質問しないほど愚かだと思ったか。不敬だな。
「え、ええ……」
アルザンドが言葉を濁すと、ご主人様は不機嫌そうにアルザンドを観察する。
なんてことをしてくれたんだ!ご主人様の機嫌を損ねて、僕に火の粉が飛んで来たらどうしてくれるんだ。
「さっきから師匠は言葉を濁してばかりですね。花祭りの騒ぎで何か本音を隠したいみたいだ」
僕は気高く鼻を鳴らし、不機嫌を窓の外に吐き捨てる。
しかし全くアルザンドは反応を示さない。
この僕に返事もなしとはふざけているのか?
そう思って流し目をくべてやると、そこには青ざめたアルザンドが息を止めていた。
やめろ、今心停止するな!僕が悪くなるだろ。
「師匠……?どうなさいましたか」
「あっ……い、いいえ……そ、そうですね、これだけ人が多いとはぐれてしまいそうだ……あっ」
あっ?あっ……?
さっきから何だその年端も行かない女みたいな喋り方は。
お前は筋肉馬鹿の中年男だろうが!
僕の大きなため息が馬車の中に落ちると、馬車は大きな店の前で停車し、従者が扉を開ける。
「リングレット、先に降りなさい」
「え、ご主人様が先に降りた方が……」
「主人より後に降りる従者がいて?」
従者……?この僕が従者……!?
確かに僕はご主人様の犬だが、従者になったつもりはないぞ!
小さく唸っていると、ご主人様は愉快そうに笑い、僕に手を差し出す。
「あなたにエスコートして欲しいって言っているのよ?頭は良いのに察しが悪いわね」
「あ、そういう……」
何だ、麗しい僕にエスコートして欲しいなら先に言え。
仕方ないな、ご主人様とはいえ、年頃の女ということか。
この僕が華麗にエスコートして惚れさせてやろうではないか。
僕は軽やかに馬車を降りると、馬車の中にいるご主人様に手を伸ばし、片膝をつく。
「ご主人様、お手をどうぞ」
「あら、とてもいい景色ね。美男を跪かせて見下ろせるなんて」
確かに僕は美男だが……何だろう。見下されていることに快感は感じないな。
まぁご主人様だから許してやろう。
ご主人様は僕の手を取ると、指先をぎゅっと潰すように掴む。
痛い!何をするんだ!
花びらに触れるくらいしかしたことがない僕の指先が腫れたらどうしてくれるんだ!
「あらアルザンド様、あなたもエスコートをご所望かしら」
馬車から降りると、ご主人様は降りてこないアルザンドを見上げ、挑発する。
嫌だぞ。誰がこんなむさくるしい男のエスコートをするもんか。
お前は一人で降りろ。転げてもお前なら怪我しないだろ。
「……それとも、街に何か思う所があるのかしら?」
「いえ……少し考え事をしていただけでございます」
アルザンドはしんみりしながら馬車から豪快に降りる。
降りるならさっさと降りろよ。手間を取らせるな。
ご主人様は僕の指先を離そうとしない。
そんなに僕のことが好きか。なら、僕が逆にお前を犬にしてやろうか。
……いや駄目だ。今の僕には経済力がない。
養えもしないのに家畜を飼うのは愚の骨頂だな……。
僕は大人しくご主人様の犬であることに甘んじた。




