第24話 街へ出ましょう、あなたを連れて
厚く重いカーテンを誰かが開ける。
優しい日の光に僕の神聖な眠りを妨げられてたまるものか。
僕は朝を拒絶するようにばっと布団を頭までかぶると、こっそり目を半分だけ布団から出して外の様子を伺った。
「リングレット殿、お迎えに上がりました」
男の声……?誰だ。
薄目で様子を伺うが、光が眩しくて誰かわからない。
ご主人様じゃないな。じゃ僕の眠りを妨げるな。
足音が近づいて来る。嫌だ、この布団を持っていかれてたまるものか。
するとその男は、死人の顔を確認するように、顔にかかった布団を剥がすと小さく呟いた。
「……アレク様」
アレク様?この声はアルザンドだな。
それにしてもこの僕の寝顔を見てもなお、アレクサンドルといかいう男の名を出すとは。
どれだけ美しいんだその男は!
アルザンドはそっと僕の頬に触れる。
ご主人様の冷たい手が懐かしい。こいつの手は厚くて固くてささくれ立っている。痛い。
「アルザンド様、それは私の男でしてよ」
「……マリーノワーズ様」
ご主人様の声が聞こえると、僕は驚き目を大きく見開いた。
「あら、おはようリングレット」
「お、おは、よう……ございます。マリーノワーズ様」
僕が飛び起きると、ご主人様は入口からヒールの音を甲高く鳴らしながらこちらへ向かい、アルザンドの方を向いて勝ち誇ったように憎たらしく笑う。
何だ?僕がいつ起きるか賭けでもしていたか?
というか私の男ってなんだ。変に誤解されるような事を言うな。
僕はお前の犬だぞ。
……いや、犬なんて言ったら、本当に誤解されるか。
「で、何故師匠が私の私室に……?」
寝込みを襲うとはいい度胸だ。
……ん?もしかして抜き打ちの夜襲訓練か?
「今日はお休みだとお伝えに参りました。昨日お伝えするのを忘れてしまったので」
「そうでしたか」
ほっと胸を撫で下ろすと、ご主人様の顔を仰ぎ見る。
今日は休暇だ。何をしよう。
でも休暇といえども、綿毛の散歩はあるんだよな。
「あなたは私と一緒にお出かけよ」
「えっ、お出かけですか」
思わず濁った声を発してしまった。
ご主人様には気付かれただろうな……。
僕は思わず目を逸らした。
「たまには私の可愛い男を自慢して街を歩きたいの。ねぇ、アルザンド様もいかがかしら」
「……承知いたしました」
ちょっと待て。
美しい僕を自慢して歩きたい、その気持ちは痛いほどわかる。誰だって美しい僕を見せびらかしたい。
けど何故アルザンドも一緒なんだ。
僕は美しいものが好きなんだ。ご主人様はさておき、アルザンドなんて熱苦しい筋肉を纏い、全身古傷だらけ。
こんな男と一緒にいたら気が休まらない。
……それに、アレクサンドルも気になる。
嫌だぞ僕は。誰かと比べられるのは!
「ふふっ、休みを奪われて悲しいのね、表情に全て出ているわよ、私の可愛いリングレット」
当たっているが外れているぞ。
*****
侍女が厳選した麗しい服装に身を包むと、僕はどこぞの王子かと思わんばかりの身なりになってしまった。
仕方ないな。美しい僕に服装を合わせようとしたら自然とこうなる。
「これでは目立ってしまうわ。ただでさえ顔がうるさい男だもの、もう少し地味にして頂戴」
ご主人様は侍女にそう指示した。
侍女は耳を下げた綿毛のようにしょんぼりすると、僕の体から服を剝いだ。
ちょっと待て、何故美しい僕を最大限着飾らないんだ!僕を美しく着飾る趣深さがわからないのか!
……でも出かけるのは多分下町なんだろうな。じゃなきゃ僕の素材そのものを味わう服装などさせるわけがない。
庶民に僕の美しさは毒だからな。多少の地味な格好は許してやろう。
僕は優しいな。庶民思いだ。王子より民を思っている。
「そうですね、まるで王子のようだ……」
お前はまだアレク様とやらと僕を重ねているのか。
未練がましすぎて気持ちが悪いぞ。
まぁ、そのアレク様が僕と似ていると言うのであれば相当な美貌の持主だろうから……仕方はない。
「そうね、この程度ならただの身なりのいい貴族と言った装いかしら。いいわね。素敵よリングレット」
「えへへ……そうですか」
僕はご主人様にはにかむと、こちらをじっと見ているアルザンドを見て途端に無表情になる。
お前に見せる美しい顔などない。お前は自分のむさくるしい顔でも見ていろ。
それにしてもこの僕を見せびらかして歩きたいだなんてご主人様も悪趣味だな。
僕を連れているだけで、ご主人様には羨望と嫉妬の眼差しが矢のように突き刺さるというのに。
街と言ってもどこだろう?
僕は馬車でしか街を散策したことがない。
この間の教会訪問は……いいや、あれは数に数えたくない。なしだ、なかったことにしよう。
「あら、外に出るのが怖いの?ふふ、この間のことを思い出してしまったのね、よしよし」
僕が苦い顔をして首を振ると、ご主人様は僕を抱き寄せ、頭を撫でる。
するとアルザンドは信じられない、と言った様子で目を見開き、絶句した。
何だ、羨ましくても僕はお前には抱かれないからな。
ご主人様だけだ。仕方なく抱かれてやるのは。




