第23話 アレクサンドル・リメンダール
次の日から、アルザンドとの稽古は木刀に変わった。
屋敷裏にある、だだっ広い剣技場の真ん中で僕はがむしゃらに剣を振るう。
アルザンドは僕を舐めているのか、薄いシャツ一枚に薄汚れたズボンという農夫のような恰好で僕の剣を受けている。
僕の動きは木刀に代わってからというもの格段に変わり、アルザンドと互角に渡り合えるほどになっていた。
とはいえ体力のなさは否めないな。
ああ早く魔力を返して欲しい。
僕の優雅な日々を返してくれ……。
「つかぬ事をお伺いいたしますが、リングレット殿は今までどなたに師事されておりましたか?」
剣の師事……?誰に教えてもらったかってことか。
そんなものいない!僕は天才だったから剣を軽く振るだけで相手は倒れていた。
「敢えて言うのであれば……自己流?でしょうか」
「自己流……」
そんなものを聞いてどうしたいんだ。
まさか僕に師事を受けたいわけではないだろうな。……流石にないか。
「もしや、昨日言っていた、アレクサンドル様、という方が関係していますか?」
汗を拭きながら軽く問うと、アルザンドは急に顔色を変えた。
やはり、そうなのか……。
「もしや、歴代の天才騎士ですか」
「違います」
なんだ違うのか……。
じゃ誰だアレクサンドルって。何だか僕より高貴な名前に聞こえる。腹立つな。
「では、どんな方なのですか」
あまり話したがらないアルザンドを問い詰めると、アルザンドは気まずそうに僕の顔を何度も確認するように見た。
なんだ、僕の美しい顔に何か用か?
「アレクサンドル様は、隣国リメンダール王国の王子です」
「王子、ですか」
「ええ、私は二十年ほど前まで、アレクサンドル様の護衛騎士をしておりました」
この男、隣国出身だったのか。
あれ、でも今はこの国の侯爵だったよな。
「アレクサンドル様は、もしかして僕に似た太刀筋をしておられるのですか?」
まぁ、僕のような美しい太刀筋を持つものなど他にいるわけがないが。
「太刀筋どころか、顔も身なりも、お声もそっくりでございます」
……え?
「黒真珠のような艶やかな髪、白玉のような美しい肌、薔薇の花びらを重ねたような唇……リメンダール王国の国宝と呼ばれておりました」
なんだ、僕か。
「剣も魔法も天才で、出来ないことはないと、王国中の期待を背負っておりました」
なんだ、やっぱり僕じゃないか。
「しかし、アレクサンドル様には唯一欠点がありました。怠惰だったのです……」
うん、僕じゃないな。
僕は怠惰じゃない。
「何でもできるアレクサンドル様は、剣術の稽古を怠り、魔術の研鑽を怠り、それでも誰もアレクサンドル様に勝てませんでした」
だったら研鑽などする気になるわけないだろう。
僕はつまらなさそうに頬杖をついた。
「さて、アレクサンドル様の話はさておき、リングレット様は剣の才能がございます。今でも瞬時的には相手を打ち負かす実力がございますが、実戦では、その瞬間のみ剣を振るうということはあまりないでしょう。戦いでの力加減、立ち振る舞いを身につけなければなりませんね」
「え……」
何故だ!僕は天才なんだろう!?研鑽などいらないだろ!
怒りと絶望に打ちひしがれる僕の表情を見ると、アルザンドは泣きそうな顔をして笑った。
その顔はアレクサンドルとかいう王子のことを思い出したな。
勝手に僕の顔を見て思い出すな。金をとるぞ。
「今日から素振り千回、それが終わったら、私との打ち合いを行います」
何故だ、何故お前を打ち負かした僕にそんな偉そうな口が叩けるんだ。
素振り千回だと!?か弱い僕が倒れたらお前責任を取ってくれるのか。
「マリーノワーズ様から仰せつかっておりますので、稽古に手は抜けないのです。ご容赦下さい」
ご主人様の名前を出すのは反則だろ。
あの女には僕の命ともいえる魔力を封じられているんだ。
仕方ない、剣を振るしか道はないんだ。ああなんて僕は可哀そうなのだろう……。
「あなた様は天才です。鍛えれば間違いなく国一番の剣士になれます。頑張りましょう」
僕は頑張りたくない。
国一番の剣士にもなりたくない。
けど、僕を天才だと褒めそやしてくれるのであれば……まぁ、少しくらい頑張ってあげてもいいかな。
命もかかってるしな。
「あら、リングレット。寝てしまったの?」
汗でにじむ視界の端に、ご主人様の姿が見える。
何故ご主人様はこんな暑い中、いつも黒いドレスを身にまとっているのだろう。
それに肌も晒さない。……僕だってそんな恰好をして中でお茶を楽しみたい。
「寝ていませんよ、ご主人様」
僕は口数少なく返事をすると、頬を撫でるご主人様の冷たい手の温度に甘えてぐっすり寝た。
だだっ広い剣技場のど真ん中で。




