第22話 懐かしい名前
剣の修業が始まって七日経つ。
僕の体は夜沈むように眠り、翌朝目を覚ます。
なるほど、これが普通の生活ってやつか。体を動かしてもきちんと翌日目が覚めるぞ。
……しかし、僕がこれほど剣に疎いとは思わなかった。
実力だけで言ったら、ユリアンに負けてしまうのではないか。
あいつはちゃんと努力していたからな……。
でもまぁ、魔力依存とはいえ、魔力が膨大にあるのも才能だ。やはり僕は素晴らしい。
今の僕なら魔力も制限しながら使えるのではないか?僕は天才だからな。
「リングレット、起きたの?」
綿毛を抱え、ご主人様は僕の部屋へノックもなしに入ってくる。
全く失礼な女だ。この美しい僕を襲う気か。
「は、はい、起きました」
「規則正しい生活にも慣れてきたようね。体調はどうかしら?」
僕は腕をさすり、本音を言うか惑う。
筋肉痛で全身が痛む。歩くことすらままならない。
玉のような肌は傷を作り、所々日に焼けている。
手のひらは豆だらけだ。
ああ、僕の美しい花のような繊細な造りの体が筋肉むきむき汗だくマッチョに改造されてしまう……。
考えただけで失神してしまいそうだ……。
「その顔は、随分と扱かれているようね」
「……今日から師匠と一対一の打ち合いです」
「あら、もうそんな段階に?」
「何故かはわかりませんが、一度剣の筋を見たいそうです」
本当、筋肉馬鹿の考えることはよくわからない。
僕を教えているときも何だか異様にじっくり観察されている気がするし、何だかご主人様に見張られているみたいだ。
「へぇ……あのアルザンド様が、ねぇ……」
ご主人様がそう呟くと、綿毛はその隙にご主人様の胸を蹴りだし、僕の胸へ飛び込んでくる。
「へぁへぁへぁ……」
そういえばお前は女の子だったな。
そんなに美しい僕が好きか。しかしすまないな、僕の胸は今鋼鉄のように固くなっている。
僕に抱かれても何も気持ちがよくないぞ綿毛。
しかし綿毛は嬉しそうに純粋な瞳を僕に捧げる。
「アリアンは本当にあなたのことが好きなのね。犬同士気が合うという所かしら?」
少し機嫌が悪そうにご主人様が微笑むと、僕は綿毛を抱きしめた。
*****
「もっと積極的にかかってきなさい!」
アルザンドとの打ち合いが始まると、がむしゃらに打ちに行く僕の剣をアルザンドは軽々とかわしていく。
もっと、って……お前に隙がなさすぎるのが悪いんだろうが!
「ほら、剣先がブレていますよ、素振りを五千回に増やしますか?」
桁が違うだろう!お前は数字に疎いのか!?
「もっと……私を殺す気で来なさい」
殺す……こいつを殺す。
嫌だ。こいつは好きじゃないけど、こいつを切ったら血が出る。
けど今の僕には血が出ないように紙一重で仕上げる技など出来ない。
「……一旦止めましょうか」
アルザンドが剣を納めると。僕は勢い余ってアルザンドの胸に飛び込む。
やはりか弱い僕と違って胸板が厚いな。腹立たしい。
「リングレット殿は、殺生がお嫌いですか」
「えっ……」
いや、殺生なんて誰でも嫌だろう。
何を言っているんだ。
「殺生というか、血が苦手、といいますか……」
「血が苦手?」
「ええ、おそらく人を傷つけたくないのでしょう……」
僕は虫も殺さない優しい性格なんだ……。
ん?なんだ痒いな。もしかして綿毛に付いているノミか?僕の血を吸おうなんて無礼だな。死ねっ!
「では、木刀で戦ってみますか?それならば血も出ない」
「はい、木刀ならば思う存分振るえます!」
僕が元気に返事をすると、アルザンドは笑った。
何だ、何がおかしいんだ。
「では、こちらに持ち替えて、私を殺す気で木刀を振るって下さい」
「……ええ、かしこまりました」
木刀は手のひらが傷付きやすいから嫌いだ。
でもこいつを切って血が出るよりはましだ。
ああ魔力があればこんなやつ簡単にのして、鼻高々と笑っていられるのに。
……まぁ、その代わりに僕は干からびて死ぬんだけれど。
「いつでもよろしいですよ、かかって来て下さい」
僕を挑発するように笑みを浮かべながら隙を作る。
何だ、馬鹿にしているのか。
僕は血さえ出なければ何も怖いものはないんだぞ!
「なっ」
僕は力強く足を踏み込み、アルザンドの手首を叩くと、喉元に鋒を突きつけた。
瞬時の出来事に、アルザンドは冷や汗をかき、息を止めた。
「……はぁ、今日の稽古はこれでよろしいでしょうか」
「え、ええ……まぁ、合格です」
なぁにが合格だ。
僕の太刀筋に全く動けなかった癖に。
参りました申し訳ございませんでした二度ときつい訓練はいたしませんお許しください、だろうが。
「……アレクサンドル様」
「ん?」
今何か呟かなかったか……?
アレクサンドル様って誰だ……?
「アレクサンドル様?」
「え、いいえ……今日はお疲れでしょう、ごゆっくりお休みください」
急に余所余所しくなると、アルザンドはその場からすぐに去った。
なんだろう、僕の華麗な太刀筋に見惚れてしまったか?
それにしても、アレクサンドルとは誰だろう。明日深く聞いてみるか。




