第20話 魔力依存の体
事件の後、ご主人様が事前に呼んでいた警備兵が地下の空洞に現れると、その惨状に絶句した。
「フィエスタが教皇になってから、教会にお祈りに着ていた男児が行方不明になる事件が多発していたそうよ」
「その男児は、見つかったのですか」
ご主人様は何も言わなかった。
僕はあの魔法陣のいたるところにある小さな黒い染みを見る。
「……見つかると、いいですわね」
そう呟くと、ご主人様は何も言わずにその場を警備兵に任せ外へ出た。
教会の周囲には何も知らない庶民たちが集まっていた。
不安げなその目を見るに、この国にとってオーギュスタ教は重要なものなのだろう。
だからこそ国はフィエスタに何も言えなかった。例え王子が穢されようとも。
僕はご主人様を覗き見る。ご主人様は庶民の前で、何も言わず佇んでいた。
その何も映さない瞳は、この国を背負うものとして重責を感じているからなのか、わざと見ないふりをしているのか、僕にはわからない。
「……帰りますわよ」
「はい」
ご主人様はしばらく庶民の群れを眺めたのち、情を動かされる前に足早に馬車へ乗り込んだ。
屋敷につくまでのわずかな時間、ご主人様は疲れたように馬車の窓を見つめている。
しかし、街を見ているようには思えなかった。
部屋にたどり着くと、急に疲れと眠気が襲ってくる。
いけない、気絶してしまいそうだ。
膝が折れ、崩れ落ちる僕の体を、同時に部屋に入ってきたご主人様が受け止める。
「よくやったわリングレット。疲れたでしょう。今日は私の胸でお眠りなさい」
「ご……主人、様……?」
意識が混濁していく中、僕の目にご主人様の優しげな微笑みが映る。
あれ、ご主人様はこんなに優しく笑うのか……?
いや、そんなわけがない。ご主人様はこんな優しい女じゃな……。
「おやすみなさいリングレット。私の可愛い犬」
僕の体が宙に浮く感覚がすると、ベッドに寝かされる。
生暖かい温もりが近くにある。綿毛だろうか、もう目を見開いてその姿を確認する体力もない。
か弱くて繊細な僕を酷使するからだ。今後はもう少し労わって欲しい。
おやすみご主人様。僕はしばらく眠らせてもらうよ……。
*****
生ぬるい感触が僕の顔を撫でる。
この生臭い匂いは、お前だな綿毛……。
「お前……」
「へぁへぁへぁ」
僕は鉛のように重い体を持ち上げると、顔を舐める綿毛を捕らえた。
綿毛は純粋な目をして散歩に行こうと誘う。
「馬鹿め。この僕はご主人様に休むように仰せつかっているんだ。お前などの相手をする義務はない」
悪者のような笑い声を上げると、綿毛は何も知らないといったようにとぼける。
そういえば僕が眠りにつくときもこんな感じのぬくもりがそばにあったな。
やはり正体はお前か綿毛。
「休めとは言いましたが、七日も寝ていいとは言いませんでしたわよ」
「ご主人様……!?」
部屋の入り口で、ご主人様は呆れたようにため息をつくと、こちらへ向かってくる。
「あなたの体力のなさには呆れていましたが、もしかしたら問題は体力ではないのかもしれませんわね」
「僕はか弱いので体力などないに等しいですが……」
ご主人様はベッドに腰掛けると、綿毛を取り上げる。
奪われると何だか急に心細いな……。
「おそらく、あなたの能力は魔力に依存しています。あなたが異常に能力が高いのは、魔力を使っているから」
そう言うと、僕の胸に人差し指を立てる。
爪が伸びているな。心臓をえぐり取られそうだ。
「あなたの体には、おそらく無尽蔵な魔力が眠っています。しかし、能力を使うたびにその魔力が大量に使われ、睡眠によって回復はするものの、一時的に枯渇する。だからあなたは眠ってしまうのね」
僕の能力が高いのは……魔力が高いから?
そんな、僕の魔力が高いなんて今更何を言っているんだ。
「なに、僕はただ繊細で、か弱いだけですよ」
そう軽口を叩くと、ご主人様は爪の先に光を灯す。
な、何だ、そんな至近距離で魔法を放たれたらいくら僕でも死んでしまうぞ!
「見なさい、あなたの魔力貯蔵庫です」
その温かな光は大きな球体を描き、白い靄のようなものを見せる。
「……はっきりとは見えませんが、これがあなたの魔力です。白く純粋な光」
ほお……穢れなきこの僕に相応しい純白の光だ……!
しかしなんだろうこの霧のような靄は……まぁいいや。少し神秘的なくらいが僕に相応しい。
「これをしばらく、私の魔力で封じます」
……ん?
「なかなか強固な魔力ね。鍵をかけるだけで精一杯だわ」
僕の胸にご主人様の手のひらが押し付けられ、具現化した僕の魔力貯蔵庫がご主人様の赤い魔力で包まれる。
ご主人様がさらに僕を押し倒すように手のひらに力を込めると、魔力貯蔵庫は僕の中にしまわれた。
「か、鍵をかける……とは?」
「リングレット、体を動かしてごらんなさい」
僕はベッドから降り、立ち上がった。
するとなんということだろう!……ものすごくだるい。
「剣を振ってごらんなさい」
ご主人様は剣を差し出す。
一体僕の体に何をしたんだ。
「……ん?んん?」
剣を握ると、いつも通りに鞘から抜く。
……だけで手が痺れた。
「は……?」
「どうかしら、魔力がない身というのは」
僕は慌てて剣をがむしゃらに振った。
しかし、振れば振るほど体が床に沈んでいく。
「剣の筋は良いわよ。才能は本物ね。ただし、体力や常軌を逸した運動能力は魔力依存のようね」
「ええ……?」
情けない声を上げると、僕はその場でへたれこんだ。
ご主人様はベッドから立ち上がり、しゃがんで、僕の顎を指先で上げた。
「あなたが魔力に依存しないよう、一人前の犬になれるよう、剣の師匠をつけましょう。それまではアリアンと遊んで体力をつけて待っていてね」
ご主人様は僕の額に口づけると、その個所に親指を当てて何かを囁く。
変な魔法をかけたんじゃないだろうな、僕は疑った。




