第19話 百合の魔女
「全部見させていただいたわ、フィエスタ教皇?あなたが昔クラディウス様にしたこともお認めになられましたわね」
「……まずはその剣を下げたまえ。この状態では対等な話も出来ないだろう」
「対等?この期に及んで対等だと思っているの?おこがましい男ね」
「あなたがどうやってここに来れたのかはわかりませんけれども、今、私が責められるとしたら、リングレット様に迫ったことくらいで」
こ、こいつはこの期に及んで何を言っているんだ!
この僕を押し倒して馬乗りになった時点で死刑相当だろうが!
ご主人様気付いてくれ、僕はこいつに酷い扱いを受けたんだ!
「あら、わからなかったの?私、ずっとあなたたちの様子を見ていましたわよ?」
ん?何故だ?魔道具のブローチは別室で床に叩きつけられたはずだが。
「よくやったわリングレット。このイヤーカフを外さずにいてくれて」
もしかして……
「まさか、このイヤーカフは」
「ええ、私の魔力が込められた通信機よ。ブローチはダミー。騙すならまずは身内からって言うでしょう?」
冷や汗をかくフィエスタに刃を向けながら余裕の笑みを浮かべるご主人様は、まさに悪女と呼ぶにふさわしい毒々しさを帯びている。
「さぁ教皇様、今すぐ私にこの場で首を落とされるか、醜態を公の場に晒されるか、どちらがよろしいでしょうか?」
刃を更に首に近づけると、フィエスタも声を失った。
やめろ、このままでは僕にこいつの汚い血がかかってしまう……!
「やめろ!」
僕は咄嗟にフィエスタの体を突き飛ばした。
そうでもしないと、僕のか弱い気が吹き飛んでしまいそうだった。
「なっ……お前」
「もうしわけございませんご主人様っ」
ご主人様の体が床に転げ落ち、僕に絶望と殺意の混じった目を向ける。
まずい、このままでは殺される。
僕は慌ててフィエスタの体を捕まえようとするが、もうすでにフィエスタはベッド上にはいなかった。
「リングレット!あそこよ」
ご主人様の指差す先に視線をやると、床の板が外れていた。
こんな短時間に地下へ逃げるなんてなかなかやるな……。
「何をやっているの愚図ノロ。お前のせいで取り逃がしたのよ、早く追いなさい」
「は、はいっ!」
僕はベッドから飛び降りると、隠し通路の蓋を吹き飛ばす。
中を覗くと、そこには深く暗い闇が広がっていた。
嫌だ。また暗闇を行かなければならないなんて、なんて僕は不憫なんだ……!
「何を躊躇っているの、早く行きなさい」
「あっ」
ご主人様は僕の尻を容赦なく蹴り飛ばし、真っ暗な闇の中へ落とした。
僕の体は底が見えない穴をしばらく浮遊し、数秒で地に叩きつけられた。
僕の優秀な肉体でなければ全身複雑骨折をしていたぞ!
悲鳴を上げる、か弱い体をさすっていると、そんな僕をめがけて、上からご主人様が降ってきた。
「ぐえっ」
「あら、あなた。その汚い声では千年の恋も冷めますわよ」
何を言っている……この僕の美貌をもってして、恋が冷めるわけがないだろう……。
いつまで乗っているんだ……いいからどけ。
「ご主人様、早く追わなければならないのではないですか」
僕は潰された蛙のような声を絞り出す。
するとご主人様は余裕ぶった可愛らしい声で囁くように笑った。
「ふふっ、魔力が高いというのは良し悪しですわね。こんな暗闇でも、漏れ出した魔力の痕跡が、魔力の持主の行き先を教えてくれる」
ご主人様が人差し指を差し出すと、暗闇に一筋の光の糸が現れる。
「これを辿っていけばあの男の元へ行けるでしょう」
ご主人様は不気味に笑いながら暗闇を歩き始めた。
おい、僕を置いて行くな!怖いだろう。
僕は慌ててご主人様を追いかけ、そっと腰のリボンを握った。
「あらまぁこんな悪趣味な場所が広がっていたとは」
悪魔崇拝の祭壇のようなものが中央に置かれ、そこを中心として円形の魔法陣が描かれている。
至る所に焦げたような黒い染みがついていた。
なんだあれは、まるで何かを召喚したかのような……。
「教皇、そこで何をしていらっしゃるのですか」
フィエスタは魔法陣の真ん中で、白い粉を床に撒き、色のついた溶液を垂らす。
「あれは……」
ご主人様の目の色が変わる。
それと同時に、ご主人様はフィエスタの元へ駆けて行く。
「無駄ですよ、この陣に入った以上、あなたたちを養分として召喚魔法が発動します」
足元から青白い光が立ち上る。
その光は百合を模した紋章の形に輝いていた。
「これは……」
ご主人様の動きが鈍くなる。
なんだろう、逆に僕は体が軽くなった気がする。
「くたばれ禍々しい魔女め!百合の魔女様への供物に手を付けやがって」
百合の魔女……?
供物……?
「ふっ、私の犬が魔女への供物ですって……?笑わせるわ」
「何を言う、リングレット様はこの国で一番清廉な魂の持主、清らかで膨大な魔力の持主だ。それをただの犬とは……お前は見る目がない」
「あなた、本当に見る目はあるのね。ただし、自分の欲を押さえきれず、そんな大切なものを先に汚そうとした、その厭らしさことが、あなたの運の尽きね」
ご主人様は紋章の光とは真逆の、赤黒く禍々しい光を放ち、フィエスタの元へ歩いていく。
その光は怒りを帯びていたが、僕はさほど怖いと思わなかった。
「来るな!この清廉な儀式にお前は必要ない!お前のような禍々しい存在は百合の魔女様が嫌う!」
「百合の魔女なんて信じているのあなた?なら教えてあげるわ。百合の魔女が一番嫌うのはね、あなたのように欲深く悍ましい人間よ。儀式のためと建前づき、魂が美しく、魔力が高く、見目も麗しい私のクラディウス様や私の犬を捕らえ、捧げる前に自分の欲のはけ口にしようとした、あなたなんかに百合の魔女は降臨しない」
ご主人様の平手がフィエスタの頬を襲うと、フィエスタは陣の外まで飛んで行く。
たかが平手であんなに飛ぶのか……末恐ろしい女だ……。
「……クラディウス様を狂わせた罪を償っていただきますわ」
腰元の剣を抜くと、ご主人様はフィエスタへ向かって歩いていく。
だめだ、ご主人様、それは……
「だめだー!」
僕はご主人様のもとへ駆け寄り、剣を奪った。
ご主人様の禍々しい魔力が伝わった剣は僕の手を痺れさせる。
火傷しそうだ。それほどまでに怒っているのか……。
「何をするの」
ひぃ、怖い……僕が殺されそうだ。
その隙にフィエスタが逃げようと立ち上がる。
お前が逃げたらますます僕が怒られるだろうが……!
僕は股間からナイフを取り出し、フィエスタの首筋に当たるように全力で投げた。
「ひぃっ!」
ナイフはフィエスタの首筋を掠め、飛んで行く。
フィエスタが飛んで行ったナイフの残像に驚いた瞬間、フィエスタの体は地下道に繋がる石固めの通路の入り口に沈み、虫のように小刻みに震えた。
ご主人様は魔力を収め、僕の顔を見た。
「マ、マリーノワーズ様、きちんと教皇をナイフでとらえましたよ」
僕は無理をして、へらっと笑って見せる。
だから怒らないでくれご主人様。
いつもご拝読ありがとうございます。
ストックが減ってきたので、今週から、火曜日と木曜日は定休日とさせていただきます。
またストックが増えてきたら毎日投稿に戻すかもしれません。




