第18話 犬、散歩の時間よ
後ほど運ばれてきた純白のローブを受け取ると、周囲に気を配りながらシャツを脱ぐ。
日を知らない絹のような肌を晒すと、胸に忍ばせた毒の塗られたナイフを下着の中へ隠した。
流石にこんな所までは探られないだろう……と自分の股間を見つめながら、万が一のことを考えて身を震わせる。
「流石です……!リングレット様。やはり私の見立ては合っていた……!」
着替え終わると、声もかけていないのにフィエスタが部屋へ入ってくる。
この部屋、監視されているんじゃないのか?と天井を眺めるが特にそれらしいものはない。
「そのイヤーカフ……本来であれば外していただきたい所ではありますが、小さいものなので許して差し上げましょう」
許して差し上げましょう、って……お前は何様だ。
僕としてはイヤーカフはただの装飾品だから、外してもいいんだが……
しかし、今となってはご主人様の印はそれだけだから……とりあえずつけたままにしよう。
小部屋を出ると、フィエスタの後をついて歩く。
風でなびくフィエスタの長い銀髪が僕の顔に当たる。不快だ。
次第に気持ち悪いという気持ちが、不快に変わってきた。
素肌に当たる布の具合が不愉快だ。僕はどこまで何をすればいいんだご主人様。
「ここは……」
「リングレット様は教会に一度もいらっしゃったことがありませんでしたね」
「ああ……あ、いや。ええ……」
大きな扉を開けると、そこには教会が広がっていた。
拝礼に来た庶民が祈りを捧げる姿は奇妙にも美しく見え、僕の心に響いた。
正面には大きなステンドガラスが飾られている。描かれているのはおそらくオーギュスタ様の姿だろう。
「リングレット様は美しいものがお好きと聞き及んでおります。どうですか、ステンドグラスは」
「……ええ、まぁ……」
正直、立派なステンドグラスより、祈りを捧げる庶民の姿の方が美しいとは言えなかった。
「こちらへいらっしゃって下さい」
教会の真ん中の道を、列をなして歩くと、騒めきが祈りの時間を崩す。
小さな黄色い声と熱を帯びた目線が僕に集まった。
仕方ない、貴族ですら僕ほど美しい人はいないんだ。庶民にとっては神のように見えるだろう……。
「こちらに登壇ください」
講壇に立つと、その横に並ぶように指示する。
こいつと同等と思われるのは嫌だな。そもそも聖信者になんかなるつもりはないのに。
フィエスタは手を叩き、信者の視線を集めると、自信満々と声を張り上げた。
「皆様にご報告があります。こちらにいらっしゃるリングレット・ガルシアン侯爵子息が、本日付で、私、教皇フィエスタの側近こと聖信者として就任いたしました」
な、何を言っているんだこの男は……!
フィエスタを見ると、まるで恋人のような甘い顔をしてこちらを見つめてきた。
うえっ、なんだその顔は。
「フィ、フィエスタ様……?」
「これで私たちは信者公認の仲です。これからは公の場に堂々と同席していただけますね」
こいつは聖信者を何だと思っているんだ。婚約者じゃないんだぞ。
一体こいつは何がしたいんだ……?
「……本当は、休日の礼拝日だともっと多くの信者が集まるのですが、良いでしょう。今いる少数の信者たちが、あなたの美貌を噂にする。その噂は尾ひれを帯び、より大げさな話題を生む。あなたの醜聞を打ち消すような大きな噂にね。……まぁ、庶民たちにはあなたの醜聞など耳に届いておりませんが」
当たり前だ。僕の醜聞など醜聞ではない。
しかし……僕の美貌は噂の種になるのか……当たり前だな。
「……まるで宗教画だ。私の目に狂いはなかった」
僕の横顔を背部にあるステンドグラスと合わせ見ると、フィエスタはうっとりと恍惚の笑みを浮かべる。
まずい、このままでは本当に聖信者としてこいつの側近どころか恋人にさせられかねない。
「フィ、フィエスタ様……私はまだ二十歳ではございませんのでまだ聖信者としての役割を果たす気は……」
「ですがどうせ将来は私に仕えることになるのです」
「フィエスタ様ではなく、オーギュスタ様に、ですよね!?」
後退りするも、フィエスタの圧は強くなっていく。
もう嫌だ。ご主人様、早く来てくれ。
そう願うと、突然フィエスタの目から光が消え、僕の手首を握り、強く引くと、教会横の部屋へ連れ込む。
「フィ、フィエスタ様。そろそろ帰りたいのですが……」
この部屋はまるで使用人の部屋のようだ。
何もない狭い部屋にベッドだけが置いてある。
「帰りたい?……帰れると思っているのですか」
痛い!野の花よりも細い僕の手首が折れてしまう!
フィエスタは僕の手首を強く掴むと、僕を物のようにベッドに放り投げ、部屋に鍵をかけた。
まずい、退路を断たれた。
僕は転移魔法は使えないんだ。
「あなたがあの趣味の悪い薔薇を全身に纏っている姿を見た時、私は思わずその包み紙を破いてしまいそうでしたよ」
「は?薔薇の包み紙?」
「アンサルシア家の家紋ですよ。本当、あの家は昔から私の邪魔ばかりする」
何を言っているんだ。アンサルシア家に何か因縁があるのか?
「クラディウス様を私の人形にしようと呼び寄せたのに、私の元から連れ去られ、あなたを聖信者にしようとしたらこんな薹が立つまで待たされる……私はあんなに幼かったのに教皇に差し出され、人形にさせられたというのに」
人形?何を言っているんだ。
というかこの美しい僕を薹が立ったなんて貴様、何を侮辱している!
「あなたには、私と同じ目にあっていただきます。ああ、素晴らしい……薹が立っても尚、あなたは美しい……」
だから僕を薹が立ったなどと言うな!
フィエスタはベッドに転がされた僕の上にまたがると、服の上から僕の体の線をなぞり始めた。
嫌だ、何でこんな年増の爺に変態行為をされなければならないんだ……!
誰か助けてくれ、この美しい僕の体を守ってくれ……!
「あら、飼い犬を撫でる時は飼い主に許可を取るのが常識ではなくって?」
その瞬間、発情したフィエスタの首筋に、銀色に光る鋭い剣が付きつけられる。
「なっ……」
「……ご主人様」
フィエスタが動きを止めると、首筋に伝う汗が僕の頬に落ちる。
「遅くなってごめんなさいねリングレット。そろそろアリアンの散歩の時間よ。迎えに来たわ」
剣に映ったご主人様の笑みは、不気味なほど歪んでいた。
1話、2話、加筆修正しています




