第17話 純白のローブ
膝が震え、馬車から降りる気になれない。
胸元に見える薔薇のブローチを触り、子鹿のように椅子から立った。
講堂の前に立ち、外観を眺めていると、甲高い声に身を震わせる。
「リングレット様……!」
中から銀髪を振り乱してかけてくる人影が見え、僕は鳥肌が立った。
だめだ、我慢しても拒絶感が先に立ってしまう。
「よくぞいらっしゃいました……!」
「や、やぁフィエスタ殿……あ、いえ……フィエスタ教皇様」
「そんな堅苦しい挨拶はいりませんよ。ああ今日は一段とお美し……く」
フィエスタの言葉が止まる。
胸元の薔薇のブローチをじっと見ている。まずい、魔道具とバレたか。
「……ふっ、随分と自己顕示欲の強い女に目をつけられたものだ。随分と悪趣味な格好をしていらっしゃる」
「そ、そう、ですか……」
「ええ。中で聖信者の衣装に着替えていただきましょう。その悪趣味な薔薇の包み紙をほどいた、ありのままのあなたの方がきっとお美しゅうございますよ」
フィエスタが気味悪くにやりと笑うと、僕は全身に寒気が走った。
*****
「こちらでお着換えください」
講堂の奥にある小部屋に通される。そこは家具や窓もない、空虚な空間だった。
「……あの、僕はただ講堂に来ただけなのですが、何故着替えなければならないのでしょう……」
「もうすぐあなたは二十歳になりますね。そうしたらあなたは約束通り聖信者です。これは十年前に国にも了承を得ている、変えることのできない事項なのですよ」
な、何だと……!?国に認められているだと。
一体親は何をしているんだ。
「で、でもそれは私の意向は全く反映されていないので無効なのでは……」
「我がオーギュスタ正教はこの国の開祖、オーギュスタ様を祀った国教です。つまり国はオーギュスタ正教をないがしろに出来ないのです」
……嫌だ。理解できるけどしたくない。
つまり国はこの宗教の操り人形ということか。
「あなたは愚かに演じているものの、その実とても賢くていらっしゃる。聞いていますよ、優秀すぎるがゆえに努力を必要とせず、その優雅な姿が怠惰に映るのだ、と」
「……誰がそんなことを」
「決まっているでしょう、あなたの愚弟、ユリアン・ガルシアンですよ。あなたと違い、努力を汗にまみれた平凡な顔の男。あなたもよくご存じでしょう」
そうか、僕があまりにも優秀すぎて暇を持て余し、優雅な立ち振る舞いをしているということをきちんと理解していたかあの弟は。
……そんな当たり前のことを何故弟しか理解していないんだ!
「そうですか、ユリアンだけが理解してくれていたのですね」
「いいえ、私もあなた様の理解者ですよ、リングレット様」
フィエスタは跪き、僕の手を取り、指先に口づける。
あまりにも突然のことに、思わず後ろへ飛びのき、手を払ってしまった。
するとフィエスタは、怯えた表情の僕を見ると、一瞬驚いた表情を見せた後、口元を緩めた。
「突然触れてしまい、申し訳ございませんでした。では、着替えが終わりましたら、お呼び立て下さいませ」
頭を下げると、フィエスタは僕に一瞥もくれず、あっさりと部屋を出ていく。
なんなんだ、さっきの表情は……
指先を嗅ぐ。あいつの唾液の臭いが付いていたら嫌だ。
よし、大丈夫だ、綿毛のよだれの臭いと……なんか薔薇の花の匂いがするな。
「……何だこれは」
手渡されたのは、銀にも見える輝きを放った真っ白なローブ。
袖や裾は長く、首元も隠されている。
何だか気持ち悪い……。
しかしこれを拒絶したらご主人様にどんな叱咤を受けるかわからない……。
僕は渋々服を脱ぎ、白いローブを羽織った。裸に羽織るのは何だか嫌だな。最低限のシャツだけでも中に着ておこう。
薔薇のブローチはどこかに忍ばせたいな。まぁこんな簡素なローブだ。ブローチくらいつけていてもいいだろう。
僕は胸に金の薔薇のブローチをつけた。
「リングレット様、着替えが終わりましたでしょうか」
扉を叩く音に激しく反応する。
僕はいつまで怯えていなければならないんだ……。
フィエスタは僕の返事を待たずして中へ入ってきた。気持ち悪いな。
「……リングレット様、その薔薇のブローチは……」
「衣装が簡素なのでこれくらいはつけてもよろしいかと思いまして……」
フィエスタの様子を伺いながら上目遣いすると、フィエスタは顔をしかめ、歯軋りする。
僕が後退りすると同時に、フィエスタは僕の胸のブローチをぶんどり、床に叩きつけた。
「こんなもの……!こんなもの……!私のモノに相応しくない!」
人が変わったような金切り声が僕の鼓膜を突き刺す。
破れたローブから僕が中に着ているシャツが見えると、フィエスタは吊り上がった目じりを急激に下げた。
「……何故そんな真似を……」
そう言って泣きそうな顔で、僕に縋りつく。
やめろ触るな。気持ちが悪い。というかご主人様はこの様子を見ているんだろう?早く助けに来ないか!
「このローブは開祖オーギュスタ様に身も心も捧げるための衣装……何故中に服を着ているのですか!聖信者として相応しくない!」
……さっきは私のモノ、今度は聖信者として、か……
一体僕のことを何だと思っているんだこいつは。
「……わかりました。出来る限り素肌にローブを羽織ります。しかし、せめて下着くらいはつけることをお許しください」
「仕方ありませんね、すぐに替えの衣装を用意させます。それとこれは私の方で預からせていただきますね。とっても大事な物のようですから」
フィエスタは床に転がる薔薇のブローチを拾い上げると、潰すように握りしめた。
まずい、あれがないとご主人様と連絡が取れなくなる。
「どういたしました?これに何か仕掛けでも?」
フィエスタはしたり顔で微笑む。
「……いいえ、何でもございません」
僕は目線を外し、従順なふりをして、そう呟いた。




