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悪役令嬢、悪役令息を飼う  作者: 朝比奈侑生


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第16話 薔薇の包み紙

 寝ぼけ眼で部屋の椅子に座ると、次々と運ばれてくる食事を朧げに見る。

 バターのいい香りがする。オーダー通り焼き立てのようだ。

 瞼が半分しか開かない。こんな顔を誰にも見られたくない。

 こんな不細工な顔を見せられるのはお前だけだ、綿毛……。


「へぁへぁへぁへぁっ」


 散歩じゃないぞ、お前も食事を取るんだ。

 なんて命令しても、今の僕は美しくないから命令を聞かないかもしれない。

 僕は綿毛用の食事皿を下に置くと、床に綿毛を放した。


「……茶葉が変わっている」


 食事を運び終わると、僕に一瞥もくれずに使用人たちは部屋を出て行った。

 こんな姿を見せたくはないからありがたいが、ここまで無関心な態度を取られるの何だか虚しいな。

 ため息をつき、紅茶を一口飲むと、この前お茶会で出された紅茶と違うことに気が付く。

 香りも、温度も、味の濃さも、全て実家と同じ味だ。


「どうかしら、よいお目覚めとなったかしら」


 突然部屋に入ってくるご主人様に、僕は驚いて、床で楽しそうにご飯を食べる綿毛を抱き上げる。

 

「あら、私は悪党ではなくってよ?」

「……朝の見苦しい姿を晒したくないだけです」

「見苦しい?ああ、まぁ……目が少し腫れぼったいかしら?でも伏せた目も、長い睫毛が目立って素敵じゃないの」


 ……素敵?この眠たげな顔が?

 手鏡……手鏡はないか……!僕は夜着のポケットを漁り始めた。


「どうかしら、あなたの実家に合わせて紅茶の入れ方を変えさせたの。あなたの弟に探りを入れたら、すぐに教えてくれたわ」

「……ユリアンが」


 ユリアンもいい所があるじゃないか。

 そんなに仲が良い兄弟ではなかったが、やはり僕は万人に愛されているんだな。


「アリエスタの秘密を晒されたくなければ教えなさいと脅したわ」


 なんだ。いつものご主人様の力技か。喜んで損したな。

 

「あなたには危険なことをお願いしているのですから、そのくらいはしなければ」

「……そんなに危険なのですか?ただの変態なのでは」


 確かに変態で気持ちが悪い。

 この僕が身震いして体が動かなくなるほどに。


「ただの変態かどうかは、あなたの目でしっかり確かめるとよろしいわ」


 満面の笑みを浮かべると、ご主人様は僕の口にクロワッサンを突っ込んだ。

 表面の皮が僕の口元を汚し、膝を綿毛のえさ場にする。

 にしてもうまいなこれ、流石公爵家なだけある。


「これを胸元に忍ばせておきなさい」


 ご主人様は僕の手に小さな鍵ほどのナイフを渡す。


「おそらく、剣などは何かと理由をつけて取り上げられてしまうでしょう。身の危険を感じたら、これをお使いなさい」

「……ですが、こんな小さな刃物では……」

「心配なさらず。その刃先には即効性の毒が塗ってあるわ」


 毒!?何て物を渡すんだ

 僕は反射的にナイフを落とした。


「触っただけでは効かないわ。それに、ただの痺れ毒よ」

「痺れ……」

「と言っても、心臓を軽く止める程度の効力はあるわ」


 僕は椅子を後ろに引き、ナイフから離れた。

 心臓を軽く止めるって、何を言っているんだこの女は。


「何を怯えているの?私の可愛い犬」

「か、可愛い……は、ははっ」


 何かハンカチにでも包んで僕の身に触れないように持っていこう。


*****


「あら素敵ねリングレット」

「まぁ……どうも」


 僕はこの屋敷に連れてこられてから最も煌びやかに着飾られた。

 衣装は前と変わらないが、髪の毛を薔薇のオイルで整えられ、薄っすら化粧もさせられた。

 と言っても僕は元がいいのでほぼ素のままなのだが。

 なんと言っても僕は美しい。……しかし、何故だか商品のようで若干居心地が悪いな。気のせいか。


「外で馬車が待っておりますわ。それで講堂に向かいなさい」

「ご主人様は後からいらっしゃるのですか」

「あら、私は屋敷にいますわよ」


 何てことだ……!

 貴様、僕の身を守ると言ったのを反故にするつもりか。

 僕が絶望と怒りを含んだ悲壮な表情を向けると、ご主人様は口元を含ませた。


「大丈夫よ安心なさい。貴方の胸についている薔薇のブローチは魔道具よ。それで貴方のことを見守っているわ」

 

 僕の胸元に付いている大きめの薔薇のブローチに手を翳すと、ブローチが金色に光る。

 なるほど、ご主人様の魔力を込めたんだな。


「それと、これは私の代わりに付けますわね」


 そう言って僕の耳にかかる真っ直ぐな黒髪を攫い、耳たぶに触る。


「あなたの耳はまだ美しいから、イヤーカフにしたわ。穴など開けたら、あの男が発狂しそうだもの」


 ご主人様に手鏡を渡され、眺めると、そこには美しい僕と、耳元に輝く、薔薇の刻印の入った銀のイヤーカフが付いていた。


「あなたは黒髪が良くお似合いですから、銀は合うでしょう?」

「……薔薇に何か意味はあるのですか?」

「いい所に気が付いたわね。薔薇は我がアンサルシア家の家紋に使われている花よ。あなたは知らないでしょうが、大体の貴族は知っているわ」

「へぇ……そういうものですか」

「ですから、薔薇の文様に包まれたあなたを見たときの、あの男の反応が今から楽しみだわ」


 本当に嬉しそうに笑うな。

 ……ご主人様には逆らわないようにしておこう。

 

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