第15話 私のモノ
「洗礼……なんてあるのですか」
「ありませんわ。だって国民全員がオーギュスタ正教徒なのに、必要があります?」
「でも、クラディウス様は付いて行ってしまった」
「まだ七歳でしたし。それに、あの方は第一王子である責任を必要以上に感じていたので、王族たる者は洗礼が必要だと言われたら、ついて行くでしょうね」
あの筋肉覇気王子にそんな可愛らしい時期があったのか。
僕だったら小さくともあの男の気持ち悪さに気付いて、絶対について行かないぞ。
「……で、王子はあの男に何をされたのですか……」
「あなたが聞いたら吐き気をもよおしてしまいますわよ」
くすくすと笑うと、ご主人様は僕を抱きしめた。
何だこの女、変態男の話をして怖くなったか?
仕方ない。この僕が慰めてやろう。
僕はご主人様の体を包み込むと、背中を優しく叩いた。
随分と立派な胸だ。背中に腕を回すのに邪魔だな。少し小さい方が生活しやすいんじゃないのか。
「……まるで子どもをあやすようね」
「違うのですか?」
ご主人様は僕の体を押し退けると、失礼にも僕の股間を見つめる。
「……あ、あの、ご主人様、何を見て」
「あなた……本当に女遊びで悪評が立った男なの?」
「ええ、まぁ……悪評というほどのことでもありませんが」
僕が照れながら含み笑いをすると、ご主人様は呆れたようにため息をつく。
悪評だなんて人聞きの悪い。ただ優雅に遊んでいただけだ。
「本当に、噂というのは当てにならないものね」
「まぁ、そんなところですね」
あっけらかんと話すと、ご主人様は珍しいものを見るように僕を見た。
そんなに僕の顔は飽きないのだろうか?
「……明日の昼。一人で教会の講堂へ行きなさい。聖信者になる決意が出来た、とフィエスタに直接お目通りを願うのですよ」
「げっ」
嫌だ。絶対に嫌だ。
あの変体教皇に一人で会いに行くなど、か弱い僕は卒倒してしまう。
教皇の危ない趣味を知っていながら、この僕に一人で会いに行けなどとこの女は悪魔か。
「嫌なら、今すぐ教皇に身柄を渡してもよろしいのですよ。あちらも衣食住は保証してくれるそうですから」
「明日の昼ですね、かしこまりました」
僕は二つ返事で敬礼した。
「では、明日はきちんと朝起きて朝食をお取りなさい。あなたの好きなものを作らせましょう」
「……では、クロワッサンを」
「それだけでよろしいのかしら」
「焼き立てでお願いいたします」
「それだけ?あなたは明日大変な責務を果たさねばならないのだから、もっとおねだりしたっていいのよ」
「え、では……フルーツと紅茶を」
「……あなた、いつもそんなものしか食べていないの?」
「朝は大抵紅茶しか飲まないもので」
僕はか弱いので朝にめっぽう弱い。
早起きなどしたものならば貧血で倒れてしまう。
朝はゆっくり起きて、のんびり紅茶の香りを楽しむ。そんな優雅な朝が僕にお似合いだ。
「わかりました。明日の朝はクロワッサンにフルーツを添えて、あとは子羊のソテーとエッグベネディクト。野菜のポトフもつけましょう」
「ええええ、そんな食べられませんよ!」
僕の可愛らしい胃にそんなものを朝から入れたら逆流してしまう!
なんて女だ。
「あなた、本物の悪魔の所に乗り込もうとしているというのに、随分と甘ったれているのね。何が待ち構えているのかわからないのよ。肝心なところで空腹に襲われたらどうするの」
「……それは、そうですが」
腹いっぱいに食事をとるのはつらいが、あの変態の前で力なく倒れるのは勘弁したい。
何しろご主人様がいないんだ。自分の身は自分で守らねば。
「ふふ、いい目をしていますね。楽しみにしていますよ。けれど、安心なさい、あなたの身に危険が生じるようなときは、私が守って差し上げるわ」
冗談なのか、本当に僕の身に危険が生じることを確信しているのか、どっちなんだこの女は。
ご主人様は揶揄うように笑うと、ドアノブに手をかける。
「二度も私の物に手をつけようだなんて、お目が高いじゃありませんの。絶対に許しませんわよ」
呪詛のような言葉を残すと、ご主人様は一瞥もくれずに出て行った。
末恐ろしい女だ……というか、僕は物じゃないぞ!
……二度も?
頭に疑問符が浮かんだが、僕は綿毛を抱いたまま、再びベッドに潜り込んだ。




