第13話 教皇フィエスタ
「アンサルシア公爵家、マリーノワーズですわ。本日、フィエスタ教皇様にご挨拶に参りましたの。いらっしゃるかしら」
入口の受付に名乗ると、受付の職員は姿勢を正し、「しばしお待ちを!」と慌てて奥へ走っていった。
しばらくすると、奥の部屋へ通され、そこで待つ。
講堂は木造で、木目が美しく見えるよう剥き出しになっている。塗料は艶出しのためだけに使われており、歴史的な経過を感じさせられる。
「古い建物なのですか」
「いえ、こちらの講堂は現教皇のフィエスタ様が建てられたのよ。庶民にも親しみ深い国教であるように、と庶民が使える図書館まで建てられて。木造は教皇様のこだわりのようよ」
そうなのか。
僕は随分燃えやすい建物だなとしか思わなかった。
宗教なんて常に争いの種になるのに。
まぁ、この国にはオーギュスタ正教しかないからいいのか。
「お待たせいたしました、アンサルシア公爵令嬢。オーギュスタ正教で教皇を務めさせていただいております、フィエスタと申します」
入口から長身の人物が姿を現す。
腰まである長い銀髪に、灰青色の瞳。日に当たったことがないような白い肌。
……でも美しくないな?何故だろう。
「おや、そちらはリングレット様ではございませんか。わざわざこちらにいらっしゃるとは……!」
急に眼を輝かせ、僕の元へ駆け寄ってくるフィエスタに、僕は身を屈める。
「お、お久しぶりでござ、い、ます……」
「お久しぶり……?この間の舞踏会にも参加されておりましたよね」
まずい、全く記憶がない。
舞踏会で出会った人間などほとんど認識していない。
失礼を働いたか、とご主人様を見るが、ご主人様は僕を悍ましいようなものを見る目で見つめる。
……まずい、帰ったらお仕置きされてしまうかもしれない。
「本当に、変わらずお美しゅうございますね、しかし、随分と身長が大きくなられた」
「あ、いえ、まぁ……」
「しかし、初めて会った時のリングレット様の衝撃は忘れられません。あの時はまだ今よりお小さく……」
フィエスタは僕の手を取り、気色悪く愛撫しながら顔を近づけてくる。
気持ち悪い。怖い。もしかして、ご主人様が向けている視線は僕にではなく、この男に向いているのではないか。
「早く聖信者として教会に出仕していただきたい。ガルシアン公爵家から勘当されたのでしょう?教会ならあなたの生活や身分、全てを補償いたします。あなたが私の側に仕えるというのならば」
怖い。この男、気持ち悪い目を僕に向けている。
助けてくれご主人様、ユリアン、綿毛……!
「申し訳ございません。この男はもうすでに私のお手付きですの。やめていただけます?」
フィエスタにとらわれていた僕の手を引きはがすと、ご主人様は恐怖を感じるほどの笑顔をこの男に向けた。
「……お手付き?マリーノワーズ様は第一王子様のご婚約者ではありませんか」
「ええ。ですから……おわかりいただけますか?」
「……汚らわしい」
「え?」
「……いえ、何でもございません」
この男……一瞬、嫌な魔力を感じたが。
フィエスタはご主人様に突き刺すような視線を向けると、僕へ視線を戻す。
「リングレット様さえよろしければ、また明日こちらへお一人でご来訪いただけますか?もうすぐリングレット様の二十歳の誕生日でしょう。聖信者となる手続きを行いたいのですが……」
「……マリーノワーズ様」
「ええ、構わないわ」
何でだ!そこは否定してくれ
僕は嫌だぞ、聖信者となってこんなやつの側仕えするなんて、反吐が出る!
しかしそんな無言の訴えも空しく、ご主人様に連れられて部屋を出た。
僕はご主人様の後ろを歩きながら、頻繁に後ろを確認する。
「……あの、ご主人様」
「なんですか」
「……ご主人様を、エスコートさせていただいてもよろしいでしょうか……」
拳を握りしめ、俯くと、ご主人様は僕の側に寄る。
「やはり、ダメでしょうか」
「何をやっているの、早く腕を貸しなさい」
「へ?」
ご主人様は僕の横に並び、身を寄せる。
慌てて腕をご主人様に差し出すと、ご主人様はその腕に手を沿える。
我ながら少し恥ずかしいが、ちょっとだけ安心する。
この女だって、僕をあの男に売ろうとしたっていうのに。
「安心なさい、あなたを危険に晒そうとも、あなたをあの男にくれてやる気はさらさらないわ」
……ん、今、僕を危険に晒すといったか?
「あの、ご主人様、一体どういうおつもりで」
「ふふっ、あなたは何も知らない方がいい声で鳴きそうだから内緒にしておくわ」
僕は今すぐ腕に絡みついた、黒いレースのグローブをつけた細い腕を払いたくなった。




