第12話 撒餌
僕と綿毛の死闘は毎日続き、教会に行く頃には僕のふくらはぎは腫れ上がっていた。
「ご主人様、お待ち下さい……」
「あらリングレット。久しぶりの華美な服は動き辛かったかしら」
「いえ、そうではなくてですね……」
小鳥の囀りのような僕の美しい声が泥水のように濁っている。
痛い、身動きが出来ない。
今に始まったことではないが、綿毛が暴れるせいで休む暇がない。というか綿毛のせいで僕の体は悲鳴をあげているのだ。
「へぁへぁへぁへぁ」
綿毛は罪悪感など全く感じず、僕を見つめて散歩をせがむ。
「この大悪魔め……」
僕は綿毛を捕まえると、全身を掻き回した。
綿毛が侍女に回収されると、僕はご主人様の近くへ向かう。
「流石に似合うわね、舞踏会の宝玉でしたっけ、それとも社交界の黒真珠?」
「どっちも正しいです」
「どちらがお気に入りなのかしら」
「別に。他人の評価など戯言にしか過ぎません」
どんな異名で呼ばれようと、僕の美しさが変わるわけではない。
「それにしても、教会に行くというのに、何故このような必要以上に華美な服装をしなければならないのですか」
僕に用意された服は、侍女厳選の、リングレット様に着ていただきたい服。らしい。
ジャケットの襟には細やかな金刺繍が施され、袖元や襟元には細やかなフリルがふんだんにあしらわれている。
こんな服、誰が着こなせるんだ。あ、僕か。
「あなたには、撒餌になってもらいたいのです」
「撒餌……?」
「あなた、現教皇のフィエスタ様にあったことがあるのよね。で、聖信者に選ばれた、と」
「……さぁ……フィエスタ様が選ばれたかどうかは知りませんが」
僕の家に教会へ出仕しろという偉そうな書状が届いただけだ。
もちろんそんなもんは無視しているが。
フィエスタの顔を思い出そうとするが、どうにも靄がかかる。
僕の記憶にも残らないほど地味な男ということだな。
「というか、何故私が撒餌になるのですか?」
「あなた、舞踏会でフィエスタ様に見染められたのでしょう?」
「はぁ、そういうことになりますかね」
「まぁ、行けばわかりますわ」
ご主人様はそういうと剣を差し出した。
以前ご主人様が携えていた、装飾品のついた剣だ。
「念の為、こちらをお持ちなさい」
「……教会内は危険物の持ち込みは禁止されているのでは」
「念の為よ。何かあれば即刻フィエスタ様を切り捨てても構わないわ」
「そしたら私が罰せられて、処刑されてしまうではありませんか!」
嫌だ。
人を切るのも汚いから嫌だけど、そんなことで大罪人にされ、処刑されるのはもーっと嫌だ。
何でそんなことまでしなければいけない。流石に義理がなさすぎる。
「大丈夫よ、その時は私が公爵家の名の下にあなたを守って差し上げるわ」
可愛らしく微笑むと、ご主人様は剣を扇子のように叩いた。
言っていることは悪魔のようだぞ。
馬車に揺られるのも僅か、オーギュスタ正教講堂へ着く。
教会が隣接しているそこは、大勢の人々で賑わっていた。
「庶民が随分多いですね」
「貴族街で民が出入り出来るのは、図書館があるここのみですからね」
「へぇ、図書館が……」
僕はあまり外に出ない。
遊びには行くが、貴族街をぶらぶら徒歩で歩くことはしない。
道が石畳なことも、こんなに庶民が貴族街に出入りしていることも知らなかった。
「こんなに知らないことがあるんだな……」
辺りをきょろきょろしていると、ご主人様が笑う。
「何故笑うのです」
「いえ、子どものようだと思っただけですわ」
子ども?失敬な。年下だというのに僕を子どもなどと。
……いや、でもそうか、子どもかもしれないな。
屋敷から出る時は必ず馬車を使い、主に室内で過ごす。常に従者が付き添い、全てを世話されている。
……確かに子どもだ。恥ずかしいかもしれない。
「ほら、行きますわよ」
ご主人様の手招きに、僕は小走りで反応する。
僕が子どもなら、ご主人様は親か?……どうかな。




