第11話 オーギュスタ教
「この、綿毛……!これで今日三回目の散歩だぞ……!少しはか弱い僕を労われ!」
「きゃうううううん!きゃわん!」
散歩でも部屋の中でも綿毛に付き合わされた僕は食事でとったエネルギーを全て使い果たし、干からびていた。
さっきは汗だくでアフタヌーンティーを取ってしまった……なんて可哀そうなんだろう……!
これが犬の生活……本当に犬にさせられてしまうとは……
「きゃううううう」
そんな目で僕を見るな!情が沸くだろうが。
アンサルシア邸の庭にある薔薇園という美しいシチュエーションで、汗にまみれた僕……美しくない。
足が震える。か弱いのに、こんな綿毛の世話をさせられてしまう可哀そうな僕。
「へぁへぁへぁへぁ……」
薔薇園でよろめき倒れる僕の周りを、綿毛が嬉しそうに駆け回る。
やめろ、僕の腹を踏むな。お前は何様だ。
「へぁ……」
綿毛が僕の顔を覗き込むと、僕の頬をなめ始める。
臭い……お前、見た目は僕に相応しいほど可愛らしいのに、何でこんなに臭いんだ……獣め。
「あら、たった半日で疲れてしまったのリングレット」
「ご、ご主人様……」
「ふふふ、いい光景ね」
ご主人様の日傘の影が僕を覆う。ああ、僕も日傘をさして優雅にこの薔薇園を歩きたい。できれば美しい女性付きで。
なのに何故僕の横にいるのがこの綿毛なんだ……!解せぬ……!
「……ご主人様、この綿……アリアンの世話はいつまですればよろしいのでしょうか」
「あら、名前を付けたの。アリアン……ふふっ、もしかして、アリエスタとユリアンの名前を合わせたのかしら。悪趣味ね」
笑う所か……?褒められてないぞ。
ご主人様はかがむと僕と綿毛を見つめた。
「アリアン、あなたは幸せね。舞踏会の宝玉に構ってもらえているのよ。本物の弟よりも」
確かに。ユリアンが小うるさく噛みついてきても僕は無視して優雅に紅茶を嗜み、本を読んでいた。
こんなに振り回されるのは初めて……いや、ご主人様がいたか。
「……リングレット、七日後、また私と出かけますわよ」
「また城へ潜入するのですか?」
「いえ、王宮ではないわ。次は……教会よ」
この国には初代国王オーギュスタを祀っているオーギュスタ正教という宗教がある。
国民は大概オーギュスタ正教を信仰している。まぁ、初代国王を祀っているのだから、教徒ではないと言ったら非国民とののしられるだろう。
僕も一応教徒ということになる。僕の先祖は王族だからな。
でもまぁ今となっては朝のお祈りすらしていない。宗教なんて国家を統一するための装置にしかすぎないからな。
「ご主人様は敬虔な教徒なのですか」
「いえ、私は朝のお祈りどころか、オーギュスタ様の像すらも捨ててしまいましたわ」
この女、公爵家だというのに随分と度胸がある。
「正確には、捨てられてしまったのですけれども」
捨て、られた……?
何を言っているんだこの女。
「確かあなたは教皇様にオーギュスタ正教の聖信者に選ばれておりませんでしたか」
「ああ……あの、勝手に選ばれたアレですか」
オーギュスタ教には聖信者という制度がある。
その代の教皇が独断で決める、式典の介添えなど、教皇の手伝いを行う役割のことだ。
僕は十五の誕生日に教会から書状が届き、聖信者に選ばれた。しかしまだ若いということもあり、二十歳になるまでその役割は果たせないと返事を出した。
「あなたは敬虔な信者なの?」
「いえ、あれは勝手に選ばれただけで」
「勝手に?ガルシアン侯爵家ではオーギュスタ教を信仰していないの?」
「信仰、といいますか、ただの置物のようにオーギュスタ様の像が置かれておりますが、誰もお祈りを捧げている姿は見たことがありません」
僕も毎日視界には入っていたが、正直筋肉隆々の男の像などじっくり見たいものではない。
女神像の方が良かった。
「……ではなぜ、あなたが聖信者に」
「知りませんよ。ああ、でもまぁ、選ばれる直前に、教皇とは舞踏会で会ったことがあったような……」
教皇、フィエスタ・ランゲージ。
確か出自は子爵だったはずだ。しかし幼い頃から毎日教会に通い、そこで天の啓示を受けたことにより、教皇に選ばれた。
年頃はまだ三十ほどではなかったか?……いけない。男など興味がなさ過ぎて記憶がない。
「へぇ……では、あの噂も眉唾ではないかもしれませんね」
「噂……?」
「あなたの耳に入れるほどでもありませんわ。では、教会に行くまでに、あなたはアリアンと仲良くね」
「は、はい……」
噂ってなんだ、またこの僕を悍ましい現場に連れて行くつもりか。
僕が聖信者に選ばれたのなんか、きっと美しい僕を側に置いておきたいとかそういうことだろう。
側に置いておくなら美しい方がいいからな。仕方ない。僕だってそうする。
……ということは、教皇はもしかして、そういう趣味があるのか……?仕方ないな、僕の美しさは性別を超えるからな。
「ぐるるるるるるる」
「あ、なんだ綿毛」
「ぎゃわわわん!」
綿毛は僕の耳元で凶悪に吠え続ける。
うるさいな!僕の繊細な鼓膜が怯えてしまうだろう!
僕が立ち上がると、綿毛はまた嬉しそうに飛び上がり、また庭の端まで走っていく。
この綿毛は凶悪だ……!でも、この僕に美しさを求めないという点においては、純粋なのかもしれないな。
綿毛なポメラニアンを想定しています。




