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隠匿密室3

状況としては手詰まりだった。

提示された情報から、これ以上は絞り込むことができない。


長細い部屋。

ちいさいキッチンに、勉強机、ちょっとした本棚、クッションとクローゼットと奥に窓。


当てずっぽうで言ったところで外れる確率は高い。

そして、誤答した際のペナルティについては何も提示されていない。


一般的なクラストであれば体力やら魔力やらを吸収されるが、ここなら誤答する度に部屋での滞在時間を延長されてもおかしくない。


「問題として不完全だ」


部屋の情報が不足している。

外へと出れない以上、なにかを新たに得ることはできないような状況だ。


「まったく……?」


だから、それに気づいたのは半ば偶然で、同時にあまりに迂闊な発見だった。

クラストに巻き込まれるプロとして失格なほどの。


そう、クラストは後から手を加えることはできない。

伝達のような形で情報を与えることはできるが、それはあくまでもアナウンスとしてだけだ。


でも、だからといって「クラストに変化が生じない」というわけではない。

ギミック的な展開もあるが、それ以上によくあるのは――


「……おい」


僕は狭い室内を行き来を繰り返し、ようやく気がついた。


「おいクラストマスター」


より正確に言えば、ゴミ箱を確認してようやくだ。

本当に、気づくのが遅い。


「お前、僕の認識に手を加えたな?」


先ほどゼリー飲料を飲み終わり、ゴミ箱にスパウトパウチとも呼ばれる容器を捨てた。

当然、それが残っているはずだった。


しかし、確認してみると何も無かった。

より正確には――


「ゴミ箱の底が暗くなっている、僕からは認識できない部分を作り出しているな、お前」


先ほど文字が浮き出たノートに問いかける。


「お前を――この部屋の持ち主が誰かを推理しろと要求しておきながら、ヒントをわざと絞るつもりか? くだらないことやらずに見せろよ」


当然の要求だ。

小さなテーブルに広げられたそれが、じわりと文字の形に滲んだ。


 指摘したら出る

 それがルール


そう浮き上がるのを見た。

返事が僅かに遅い。逡巡が感じられた。


「ふん……」


ゴミ箱の底の暗がりがあっけなく消え、いくつかのティッシュと僕が捨てたパウチが現れた。


「大した情報は無いか、じゃあ、次だ」


そう、物質的な変化はできない。だが、僕という参加者の認識をズラすことはできる。

本来あるはずのものが分からなくなる、これをやられた苛立ちは、実際に喰らわないと分からない。


「先ほどからこの部屋内を行き来する際、僕は自然と壁に手をついた」


おかしな話だ。


「まるでひどく狭い場所を移動しているようだった、また、クローゼットを開ける際に手間取った」


ノートの文字がぶるりと震えた。


「お前、僕にベッドを認識できないようにしているな?」


ひどい奴だ。


「人を罠にはめて閉じ込めて、何を恥ずかしがってるんだ。僕が勝手にお前の部屋に侵入し、勝手に漁ったのなら最低だ。だが、これは違うだろうが」


URLを踏んだのは僕だが、余計なことは言わない。


「拉致して連れ込んで謎を解けと要求しておいて、お前自身のプライベートは大事ってことか? だったら最初から作るなよ、恥ずかしがってないでさらけ出せ」


 うん


そんな文字が浮かび、ベッドの様子が現れた。

無意識的に避けていた地点だった。


小さめのそこの上部分、ベッドボードと呼ばれる場所には物品が置かれていた。

丸いネズミのぬいぐるみ、無骨な小型モアイ像、スティックが何本も突き出るアロマディフューザーがあった。


「ニオイまで認識いじってたのかよ、最低だなお前」


微香が鼻をくすぐった。


「下着の類も無かったな、それも隠してるのか?」


ノートに変化は無かった。


「ああ、興味ゼロだから出さなくていいぞ」


ただフェアじゃないなと思うだけだ。

部屋そのままの状態ではなく、「このマスターが見せていいと思うもの」しか表に出していない。


「本棚の本の内容、編集してないよな?」


教科書類とは別に、いくつかの小説があった。

物品として手元に残して置きたいものなのだろうが、その内容があまりに一般的だった。

書店の売上トップから順番に揃えたようなラインナップだ。


「隠してんじゃねえぞ、いい加減にしろ」


ノートの返事はなかった。

だが、持っていた本が別のものに変わった。


「……ああ、なるほど?」


鼻を鳴らす。


「そりゃ隠しておきたいな」


自作小説だった。

直筆で書かれている。

朗読はしないが黙読はする。


ノートの文字が荒れ狂っていたが無視する。


「……なあ、この主人公、なんでこんなに変態連中に執着されてるんだ?」


 ちがう

 ちがうから


「興奮している部分、文字が乱れ気味だ」


 かんちがい

 そうじゃない


「大体わかってきた」


クラストという異常空間は、制作者の思い通りになる。

その趣味が、欲望が表に現れる。


「お前が誰か、僕はその答えを言わない」


 え


「だって、さっぱり分からない」


もちろん、嘘だ。

ベッドボードに置かれたモアイ像、あれはメガネ置きだ。

先ほど挙げた三人の中で該当する人物は一人しかいない。


「キッチンにあったターナーは左利き用で、部屋内に友達との関わりを示したものは無く没交渉気味、アロマディフューザーと同じニオイをさせたクラスメイトがいた気もするけれど、まったく誰だか分からない」


 ちょ、ちょ……?


「いいから、僕にかけた認識阻害を全部外せ。授業用のノートがあるはずだな? その余白に書かれたものを確認してやる。テスト結果も捨てずに取っているタイプだな? 何点だったか僕に見せろ。クローゼット内に制服しか無いのは不自然だ、お前の私服のセンスを僕が品評してやる」


 私が誰かわかっていますよね!?


「いいや、ぜんぜん」


ただ優しく、本当に優しく微笑みかける。


「まったく見当もつかない、人物を言い当てるヒントがまるで足りない、お前という人間を理解するための情報が、まだまだ必要だ」


ノートに触れ、歯を剥き出しにしながら命じる。


「だから、見せろ、お前自身の手で、お前を」


そう、このクラスメイトの欲望はストーカーすることではなかった。

むしろその逆。


文坂波等羽(ふみさかはとば)は「誰かにストーカーされたい」という願望持ちだった。

このクラストは、この密室は、その欲望を叶えるためのものだった。


可能な限り自分の部屋そのままを作り出し、他人に探られることを求めた。

文坂波等羽自身を見ない形で、文坂波等羽のことを理解されたがった。


この密室は、その欲望を満たすためのものだ。


ただ同時に、部屋を完全にそのままの形で見せることに抵抗があった。心理的なブレーキが踏まれた。

だから、認識の阻害を行った。

知られたがっているというのに、知られないようにした。


そんな半端は許さない。


「身長体重お前の実家の住所、電話番号にIDにクラウドのパス、お前について知らなきゃいけないことは大量にあるんだ」


なので、本物のストーカーのように言う。

その欲望の底まで叶える。


「お前のことを、ぜんぶ探ってやる」


ノートに書かれた「 あ、ああ……! 」という文字が震え続けた。



  +  +  +



その後、数時間かけて徹底的に調査した後、僕は脱出に成功した。

ほとんどの情報を調べ尽くしてコンプリートしたと思うが、まあ、あんまり意味はない。


なにせあのクラストは、文坂波等羽(ふみさかはとば)自身の手により作り出されたものだ。

本物ではなく、わざわざ作成されたものである以上、偽情報が混じっていると思った方が良い。


「まあ、脅しにはなったかな……?」


クラストは、遊びとして使うべきものじゃない。

この超常の裏には何があるかわからないし、どんな参加者が来るかも制御できない。


これに懲りたら、もう以後は気安くやらないはずだ。


「脱出成功したし、しばらくはやりたくても無理だとは思うけど……」


クラストは、攻略に失敗すればこっちの不利に。攻略に成功すればマスターの不利となる。

そこまで重いペナルティにはならないと思うけど、それでもすぐは――


「……」


スマホが震えた。

メールの着信を示すものだった。


恐る恐る開いてみると、知らない人間から送信されていた。


「おい」


長々とした文章が続いていたが、要約すれば「もっとストーカーして欲しい」だった。

文章の端々に興奮が伺えた。

何かを目覚めさせてしまったらしい。


悩む間にも追加が量産された。

どれもこれもゾッとするほどの長文だった。


「……どうして、誰にも教えていない僕のメールアドレスの方に、これが来てるんだ……?」


ストーカーされたい奴は、ストーカーとしての適正もあったのかもしれない。


「……」


震え続けるスマホを前にただ固まる。


一体どのようにしてこれを断るか。

きっとこれは、クラストでの名前当てとは比べ物にならないくらい難しい。








隠匿密室 了

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