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日常と密室3


「そういえば、ひとつ分からないことがあるんです」

「え」

「なんです?」

「珍しい、僕に関してのことだよね?」

「全部は調べられません、本当に本当に悔しいですけど」

「大抵調べてない?」

「センパイの過去の恋人関係が分かりませんでした」

「そりゃいなかったからね」

「それならそれで納得します、そうではなく、どうやらいたようなのに消えています。痕跡を含めて無くなっているんです」

「……」

「しかも複数」

「僕には本気でその心当たりがないけど、この話は止めようか」

「センパイ、冷や汗かいてません?」


かいてない。

うっすらとした憶えがあるとかもない。


「私もその内に消されてしまうわけですね」

「人聞きの悪いことを言わないで欲しい、というか文坂さんと恋人関係になることは絶対にない」

「とんでもなく断言しますね」

「仮に僕と文坂さんが付き合ったとする」

「はい」

「朝は?」

「直接起こします」

「スタート開始が同棲になってない?」

「合鍵を使っただけです」

「……文坂さん」

「はい」

「……もう既に、合鍵がある、ってわけじゃないね?」

荒引真あらび・まことさんについても分からなかったんですよね」

「おいまて答えろ」


そのキーケースらしきものを握って離そうとしていないのはなぜだ。


「少し小太り気味の人ですが、最近は順調に痩せているようです」

「話をそらしやがった」


荒引真は無限に続く階段のクラストに、僕を巻き込んでくれたやつだ。

色々な意味で厄介な人だと思う。


「この場合、他の人に対する調査とは、少し違いますよ?」

「なにが?」

「あの人への定期的な観察って必要じゃないですか?」

「……まあ、不健康でなければ、別にいいと思うけどね」


まして中学生だ。

クラストを利用して痩せるのは不健康だし、本当の目的に限って言えば不健康どころか死亡だ。


その定期観察をしてくれるのなら、正直ありがたくはあった。


「センパイ」

「なに」

「どうやって荒引さんの希死念慮を解消したんですか?」


希死念慮。医学用語ではないけど要するに「完全にこの世の中から消えてしまいたい」という欲求だ。


「いくらか話をして、一緒に出かけただけだよ」

「それだけじゃないですよね」

「僕にとっては日常的な出来事しか起きてない」


具体的には、毎度のようにクラスト被害が発生した。

複雑怪奇なものから単純なものまで。


どうやら僕と荒引さんとの間で相乗効果みたいなものが発生したらしい、頻度が週に一度から一日に数度程度まで跳ね上がった。


それでも、根本的にやることは変わらない。

面倒に巻き込まれる日常に違いはない。


荒引さんは最初のうちは戸惑っていたようだったけど、段々と僕のことを畏怖の目で見るようになった。


「荒引さんにとって、いろいろな意味でショックだったみたいですよ」

「そうなの?」

「どうしてあの人、生存できているんだ、って恐怖してました」

「待て」

「自分ごととして考えたら、絶対に耐えられないって恐れ慄いていましたね」

「どうして死にたがりに僕の日常を恐怖されなきゃいけないんだ」

「絶対に近寄らないで欲しい、SNS等での連絡もして欲しくない、って頼まれました」

「……今度、手紙でも送ろっかな」


刺激がきっと必要だ。



  +  +  +



「真木野五月さんと、等野静さんですが……」

「なんでその話題になった?」


水没させるクラストに関する人たちだった。


「いえ、二人が恋人関係だという噂が立っていまして」

「あ、そうなんだ」

「興味ない感じですか」

「あんまり関わり合いになりたくない」


特に真木野五月さんの親指の爪がトンカチで割られた痕跡とか見たくない。


「そうですね、その方がいいでしょうね」

「どうして?」


文坂さんは、少しむずかしい表情をした。


「恋人関係ではないと二人とも否定するんですが、片方だけに話しかけると、もう片方がすっごいニコニコ笑顔で近づいてくるんですよ」

「あー」

「なにしてるの、なんの話題、話に入れてよ、ねえ――って感じのことを早口で」

「恋人ではない?」

「否定してますね、二人とも」

「いろいろこじらせてるなぁ」

「他人に迷惑をかけるようなことってダメですよね」

「いいことを聞いた」

「迷惑をかけるのなら本人だけに限定すべきです」

「いいことを言った風に言うな」

「実際、私って役に立ってますよ」

「……そこは否定できない」


実際、それで文坂さんが倒れて、僕が今看病しているわけだし。


「他の人にも迷惑をかけていません」

「それ本当に?」

「なんでです?」

「文坂さんの自己判断ほど、信頼できないものはない」


数人くらい破滅させていてもおかしくない。


「全員が五体満足、無問題です」

「それが基準となっている時点でおかしいからね?」

「センパイが命じてやった大量虐殺に比べればマシですよ」

「なんの話?」

「電車のときの話です」


記憶を映す電車での出来事だ。

そこで僕はクラストに関する記憶の大半を失ったし、文坂さんも人格の大半を失った。


僕の場合、あくまでも大半であってすべてじゃなかった。また、クラスト関連は記載していたもので補完できたから、酷い問題にはならなかった。


「あれって、文坂さん基準だと殺人行為?」

「二度と現れることのできない人格がいくつも出ました」

「ごめん」

「多重人格者の人格を消すのって、殺人となにが違うんですかね?」


たぶん違うのでは。

いや、うまく説明できないけど。


「治療行為かどうか?」

「非人道的行為です」


そもそも文坂さんのそれは、いわゆる多重人格者とは異なるものだと思う。


「お墓でも立てておく?」

「いえ、その内に復活するので平気です」

「さっきの謝罪を返して欲しい」

「ですが、同じ派生人格ではありません」

「今ひとつ文坂さんの生態がわからない」


どういう生き物なんだろう。


「むう」

「どうした?」

「前々から思っていたことがあります」

「何?」

「センパイは、ストーカーレベルが足りません」

「本気で何の話?」

「センパイは、もっと私のことを見なければなりません、もっとストーキングを楽しんでください」

「文坂さんは、僕をどうしたいの?」

「師匠を越えてほしいです」

「ツッコミどころが多すぎるボケやめて?」


師匠って文坂さんのことか、とか。

それ越えるの不可能すぎないか、とか。

別に僕はストーカーやりたくない、とか。

そもそもストーカーレベルって何? とかツッコミ箇所が多すぎる。


「ですが、センパイが私を見てくれないと、私がもっともっとセンパイのことを見てしまいますよ?」

「僕が見たら、止める?」

「はい」

「なるほど」

「何を理解しました?」

「文坂さんの生態を」

「酷く誤解されてる気がします」

「文坂さんは、どこかのゲームにいる恥ずかしが屋で悪戯好きの幽霊みたいなものだと理解した」


直視すると顔を覆って身動きしなくなるのに、背を向けると無限に追いかけてくる例の配管工が主人公のゲームの敵だ。


「……私はあそこまで恥ずかしがり屋ではありません」

「ふぅん……?」

「だから、間近で私のことを見ようとしないでください」


似てるんじゃないかなぁ、と思う。

少なくとも、顔を覆って恥ずかしがる様子はそっくりだ。




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