日常と密室2
文坂さんが作り出したクラストは部室を模している。
夕日が赤く差し込んでいる。
時刻としては夜のはずだけど、太陽が沈む予兆はまるでない。誰かが来る様子もない。
クラストである以上、警備センサーの類も意味がない。
そんなものが通用するなら、僕はもっと楽だった。
「紗蔵宮さんですが、どうやらまだ実家にいるようですね」
ほとんど惰性のように冷えピタを取り替えている最中、唐突にそんなことを言われた。
誰のことについて言ってるのか、数瞬わからなかった。
「……文坂さん、なんであの幽霊の人ことまで知ってるの?」
クラストについて何も知らない幽霊、異世界から来たクラストマスターの被害者だった。
故郷に帰りたいという妄念に巻き込まれた。
「センパイ、ストーキングって知ってます?」
「それが全知全能の言い換えじゃないということは知っている」
「そうですね、ただの全知です」
「嘘つけ」
「センパイに関する全知を目指す尊い行いですよ?」
ある程度の付き合いだからこそ分かる。
文坂波等羽という人間が、本気でそれを言ったということを。
「それで……」
「はい」
「紗蔵宮さんがどうしたって?」
怖いのでこれ以上の追求は止めた。
「実家の方で元気に幽霊をやっている様子です」
「成仏してなかったんだ……」
「センパイにも逢いたがっていましたよ?」
「……会話したの?」
「はい、そういう派生人格で」
どうやら霊媒もできるらしい。
「今のセンパイが直接会話できるかわかりませんけど、通訳くらいはできますよ」
「あー……」
どうするべきかを悩む。
即断はできなかった。
「会わないのですか?」
「苦手なんだよね」
「珍しいですね」
「会って話をすること自体は嫌いじゃないよ、別にあの性格を嫌ってるわけじゃない」
「では、どうして?」
「取り憑かれたら、拒否できない」
あのときは咄嗟にやってしまったけど、考えれば考えるほど迂闊な行動だった。
最後の方、僕の口が勝手に動いた。
紗蔵宮が望む限り、あの状態が続いた。
僕を乗っ取ることが、おそらく可能だ。
「彼女の憑依を剥がす手段が、僕にはないんだ、彼女の善性だけを信じて会いに行くのは迂闊すぎる」
「私、お祓いできますよ?」
「僕は、文坂さんの善性を信じるほど迂闊じゃないんだ」
「それは、私がセンパイに全力で呪詛行為を行っていいという許可ですか?」
「僕の言葉を540度くらいひねって受け取るのやめて?」
僕は文坂さんのことを善人だと思っていない。
→文坂波等羽は悪人であると規定された。
→ならば呪詛で縛り付けるようなことも自由だヒャッハァ!
って思考経路なんだろうけど、飛躍しすぎ。
「というか呪詛とかできるのか、文坂さん……」
「ストーカーの嗜みです」
「嗜むな」
「私だけを見て、他に一切注目しないようにする手段がいくつもあります」
「文坂さんはとてもいい人だ、すごく善人」
「センパイの言葉をそのまま受け取るほど、文坂波等羽は愚かじゃありません」
「それは残念」
「私に愚かでいて欲しいのですか?」
「たまにね、普段は賢い方がいい」
「要求が難しすぎません?」
一言で要求を言えば「ストーキング止めて」になるけど、叶えられるとは思えなかった。
「それで――」
「はい」
「紗蔵宮さんの様子はどう?」
「元気ですよ」
「元気……」
「成仏や消える様子は一切ありません」
それはそれで変だ。
「毎日学校に通っています」
「待て」
「外の学校のため電車通学ですが、無遅刻無欠席更新中みたいですね」
「本当に幽霊?」
「今度、こちらの学校にも遊びに来るそうです」
「それがいつなのかを教えて欲しい」
確実に欠席する。
絶対に何か変なことが起きるはずだ。
「センパイ、冷たくありません?」
「憑依されたときの、あの冷たさを知らないからそう言えるんだ」
異常な感覚だった。
ただでさえ人格を重ねるような出来事が起きたのに、「死」の感覚が乗った。
「繰り返すけど、紗蔵宮さん本人が嫌じゃないんだ。その性質が、僕にとって厄介すぎるって話」
「ですが本日、このクラストにもう既にお越しいただいております」
「はあ!?」
「確かに妙な感触でしたけど、そこまで嫌がるものでもありませんでしたよ、あの憑依」
「なんでアレに慣れることができる!? というか連れてきた?! 今どこに!?」
さっきまでの話も聞かれていた?!
いや、別に悪口を言っていたわけじゃないけど、気まずいどころの話じゃない。
「……嘘です」
「は?」
「やだなあセンパイ、幽霊がほいほい出歩けるわけないじゃないですか」
「……」
「あ、すごく疑念を持たれてる」
僕の拒否が激しかったから、本当は来ている紗蔵宮をいないものとして扱った――そんな可能性は十分考えられた。
「疑り深いですねえ」
「クラスト内ではどんな意外なことが起きても不思議じゃない、それを心底分かっているだけだよ」
「なら、今度ちゃんと会いに行きましょう」
「どうしてそうなる?」
「ここに来ていても来ていなくても、ちゃんと会いに行けばいいだけです、それでわだかまりなんて解けます」
「……」
ここに来ていた場合、無かったことにして会いに行く。
ここに来ていなかった場合、何にも気にせず会いに行く。
どちらにせよ、紗蔵宮さんの願いを叶えることに変わりはない。
そうやって、さっきまでの会話をリセットしようぜ、という提案だった。
ただし、僕の懸念が消えてなくなったわけじゃない。
わだかまり解消のために死ぬような事態は嫌だ。だけど……
「分かったよ、何もかも疑っても仕方ない。こっちから会いに行くから、学校には来させないで」
「どうしてです」
「文坂さん、上級生の佐竹八館さんと右野山聖さん、それ以外も多数のクラストマスターがいるところに僕がいて、その上に幽霊まで来て何も起きないと思う?」
「学校が更地ですね」
「その規模の破滅は予想してなかったけど、とんでもないことになる可能性は高い」
「分かりました、たしかに危ないですね、私、少し迂闊でしたね」
「ねえ、紗蔵宮さん来てないんだよね?」
どうして今、なにも無い方を見て言った?




