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密室と日常1

因果応報という言葉がある。

あまり好きな言葉じゃない。


悪いことした奴が報いを受ける、それは痛快なことだけど、実行が他人任せなところが気に食わない。

自分自身の手で報復を実行した場合、それは復讐という扱いだ。因果応報のようには肯定されない。


正しいことは自動的にどこかの誰かがやってくれる、だからお前も我慢しろ。お前が自分でそれを実行したら、我慢していたのが馬鹿みたいじゃないか――

そんなヘンテコな理屈じゃないかと疑ってる。


「だからって、こういうのは、卑怯だと思うんだ」

「へ、へへへ……」

「まあ、仕方ないんだけどね?」

「すいません」

「黙って横になりなさい」

「はぁい」


僕は部室にいた。

正確には、文坂さんのクラストの中に。


長机の上に布団を敷いて、横になっている。

その顔色は青白く、ひどく酷く疲弊してた。


冷えピタを張り替え、粉からスポーツドリンクを新たに作る。


「まあ、こればかりは本当に、自業自得かな……」


僕が文坂さんに無茶なことを要求した。

文坂さんにかなりの無理をさせた。


それは、他クラストへの侵入だけじゃなかった。

今までにないくらい消耗し、まったく身動きできないような事態になった。


「そうなんですか?」

「そうなんですよ、だから僕はここにいる」


ここで僕がこのクラストを抜け出せば――文坂さんにもっと負担を強いれば、冗談抜きに殺傷してしまう。

さすがにそれは寝覚めが悪い、クリアせずこの場に留まるしかなかった。

たとえ無理やり浚われていたとしても。


「センパイ……」

「なに?」

「もっと、私のことを見てくれません? さっきからぜんぜん視線が合わなくて悲しくなるんですけど……」

「このクラストの解放条件、自分で忘れた?」


文坂波等羽ふみさか・はとばを見つけること、これがこのクラストの解放条件だ。

正直、今その条件が達成されていないことが不思議なくらいだ。


「僕はなるべく文坂さんと目を合わせないようにする。ここで下手を踏みたくない。それともまさか、ここにいる文坂さんがニセモノ、ってことはないよね?」

「……」

「なぜ黙る?」

「えへ?」


ぶん殴るために拳を固めた。

しばらく時間をかけて、どうにか解いた。


「なに考えてんの?」

「さ、さあ?」

「よく見ればたしかに髪が短い、メガネが違うし、爪も伸びすぎている……」

「えへへへへ――」

「喜ぶな馬鹿」

「はぁい」

「……文坂さん、体力を回復できるような環境にはちゃんといるよね?」

「な、なんのことだか私にはさっぱり?」

「この期に及んですっとぼけようとする努力は認める。だから安静にしろ、無駄に消費するな」


この分身を操るのだって、それなりに消耗するはずだ。

いっそ間引いて無駄なコストを抑えるべきかとも思う。


掃除用具入れ辺りから聞こえる、ゴホンゴホンという咳を無視しながらそんなことを思う。


「スマホ越しにも会話はできない?」

「えーと、今、私って声がガラガラでして」

「ああ、喋るのも辛いか」

「センパイの中にある、完璧な後輩像を壊したくはありません」

「その後輩像は、もう完璧に粉砕されてるから心配しなくていい」

「ひどくありません?」


まったく酷くないと思う。


「弱った姿って、そんなに見られたくないものなの?」

「はい」


秒の隙間もない断言だった。


「……そう、なんだ……?」

「なぜかセンパイから不穏な気配がしています」

「いや、文坂さんのへきからすれば、実は弱りに弱ってる姿を無理やり見て欲しいのかな、と少し考えた」

「止めましょう、止しておきましょう、ダメ絶対」

「そういうもの?」

「あ、このセンパイ、言葉通りに受け取っていいかを疑ってる……」

「文坂さんの言葉を、素直に受け取る奴の方が馬鹿だ」

「これ、私が悪いんですかね……?」


間違いなく日頃の行いのせいだ。


「というか、ここにいるのって文坂さんの分身みたいなものだよね? 分身相手に何をしろと」

「お話をしてください」

「桃太郎がいい? それとも浦島太郎?」

「おとぎ話の読み聞かせをしてください、って頼んでいるわけじゃありませんよ?」


なかなか要求が難しい。


「ならどうしろと」

「シンプルに、会話をしましょうよ」

「駅前のラーメン、醤油濃すぎだよねー」

「先ほどのクラストですが――」


話題を無視された。

そんなに興味ない?


佐木元麗さきもと・れいさんは、あれから一体どうなったんですか?」

「――無事みたいだよ」

「わお」


僕の返答は、我ながら急転直下で冷たかった。

その冷たさにニコニコする文坂さんのことは、相変わらず理解できない。


「……あの元クラストマスターは、現クラストマスターの羽場翠はば・みどりって人と再会して、いろいろ話をしたみたいだ。二人とも無事だよ」

「くふふ」

「なに?」

「センパイって、本当にクラストが嫌いなんですね?」

「好きな人類っている?」


当たり前すぎる。


「私もクラストマスターなんですが?」

「うん、だから文坂さんのことも基本的には嫌いだよ」

「ほうほう」

「僕にこれ以上嫌われたくなければ、今すぐクラストキーを手放すように」

「センパイがクラストに浚われなくなったらそうします」

「……文句を言う先が不明すぎるんだけど?」


なぜ僕がクラストに浚われがちなのか、本当に分からない。


「つまり、運命ってことです」

「文坂さんのストーカー行為は文坂さん自身の意思だ」

「自身ではどうしようもないことって、ありますよね」


サイコパス殺人鬼が言いそうなセリフだった。


「なんでそこまで僕なんかに執着するかな」

「自己評価低すぎません?」

「妥当な評価だよ」

「あー……」


なんだよその「クラストに浚われてばっかりだから客観的な自己評価ができてないんだな、この人」みたいな生暖かい視線は。


「まあ、いいです」

「何を諦めた?」


文坂さんは体調悪そうに横になったまま、やれやれという表情をした。

表情豊かだなこの偽物。


「羽場翠さん、でしたっけ」

「なに?」


現クラストマスターの方。

頭蓋骨を模した密室の持ち主だ。


「あの人の気持ち、少しわかります」

「そうなの?」

「はい、子供の頃からクラストを使っていたんですよね」

「いつからかは分からないけどね」


何歳から使っていたかは、走馬灯にも映っていなかった。

あれが自覚的な発動か、無自覚なものだったのかも不明だ。


「彼女には、全能感があったはずです」


複数人を召喚し、悩みや危機の解決を求めるクラストだ。

絶対正解とまでは行かないけど、誰にも知られないカンニングがいつでも可能だ。


「それ、つまらないんですよ」


文坂さんの言葉には、実感があった。


「簡単にクリアできるゲームには興味が持てません、せめて、もう少し歯ごたえが欲しいところです」

「失敗したけどね」

「……」


文坂さんは、味わい深い顔をした。

羽場翠は友人を助けることができなかった。

文坂さんは、僕なんかに敗北し、被害を被った。


「そういえば、あの三人はどうなったか知ってます?」

「話飛ぶね、三人って?」

「佐竹八館、右野山聖、中本過凪の三人です」

「左右中の人たちか」


学校の先輩方だった。


「そんな風に呼んでいたんですか?」

「心の中だけで」


ふと疑問に思う。


「ねえ、文坂さん」

「なんでしょう」

「あの時、もう僕のことをストーキングしてた?」


時期としては、本当に知り合った直後くらいだったはずだ。

いくらか話をするようになった程度で、そこまでの関係はまだ――


「はい」

「躊躇ゼロで頷きやがった」

「私は呼吸していました」

「それと同じレベルのことじゃない」


無意識にやっているストーキングってなんだ?


「その左右中の三人組、結局センパイは放置しましたよね」

「もう関係ないからね」

「どうやら関係にいざこざが生じているようです」

「あっそ」

「興味はないですか? もつれてドロドロですよ?」

「そういうのは、僕とは関係ないところでやって欲しい」

「佐竹八館さんと右野山聖さんの二人、最近クラストのキーを拾ったようです」

「僕は絶対に上級生とかかわり合いにならないことを今決めた、二年生の階にも行かない」


着信拒否とブロックもしておかなきゃいけない。


「この先、どうなるか興味ありませんか?」

「まったくない」

「冷たいですね」

「クラストマスターに関わり合いになりたくない」

「徹底的ですねぇ」


そのうち向こうから関わってくる気もするけど、そんな未来は無視する。

背後のロッカーからのコホンコホンという咳の音を聞きながら、そう深く決意した。


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