走灯密室・内6
さまざまなクラストマスターがいた。
その全員がとは言わない。
けれど、大半はろくでもない人間だ。自分の欲望を叶えるために他人を巻き込み、こっちが苦しむことを求める奴だ。
彼らは揃いも揃って「ここから出たいのなら協力しろ」と呼びかける。
僕にとって何の得もない、日常に戻ることだけが報酬だ。
本当に、最悪な詐欺師だ。
「羽場翠さんを助けはします、そのための行動も行います。ですが全力で、こっちの被害を顧みることなくやれというのであれば断ります、そこまでやる義理はない」
管理人は車椅子の上でクックックと笑った。
肩を揺らして、僕を睨み上げる。
非常に楽しそうだった。
「なあ、子供、佐木元麗よ」
「……なんだよ」
「君はわたしが偏屈で意地悪な非協力者だと思っていたのだろうが、実のところ、こちらがそうらしいぞ?」
「……ぼくからは、何も言えない」
「ほう」
この子供は、僕をクラストに巻き込んだ過去があった。
クラストマスターとして。
「ぼくはそれを頼むことはできない、それはわかる。けど、なあ――」
「……」
「だったら、ぼくをナイフで刺してくれた方が良かった、これは、ぼくにとってそういう危機なんだ」
「それは――」
「下僕、ぼくを下僕にしたいか?」
「は?」
「交換条件が、それくらいしか思いつかない」
「相変わらず、自分自身のことを捨てすぎです」
「ああ、なるほど?」
「そして、そこの管理人に、これ以上情報を与えないでください」
細かい情報から、何をどう把握されるかわからない。
「なあ、コリン?」
「なんですか」
管理人は、いまだ映る画像を指し示した。
「君は、なぜこう考えない」
「何をですか」
「このストーカーもまた、クラストマスターであるかもしれないと」
言葉に詰まった。
それは――
「そう考えた方が自然だ。長年に渡って誰にも見つかることなく、羽場翠に疑念ではなく違和感のみを与え、今こうして我々三人で記憶を攫ってようやく気づくほどの事を、ただの一般人が行うことができるか?」
「……推測でしかないのでは?」
「無論そうだとも、ただ、そのように考えた方が妥当だという話だ。さて、子供とはいえ、それなりに成長している人間を女性が浚うのと、この犯人が何らかのクラストを応用して捕まえるのと、次に起きるのは一体どちらだろうね?」
映像を見返す。
ただの一般的な車だ。
ワンボックスカーなどではなく、ごく普通の4ドアの普通自動車だ。
仮に捕まえるとしても、いったいどこにどうやって捕獲するのか。
その準備の様子は、一切見て取れない。
「君はクラストマスターを憎んでいるようだね、その被害者に同情している。だが? おやおやおや、どうやらこれは「クラストマスターによる犯罪」が行われている現場ではないかね?」
「……最悪だ、この人」
当然のことながら、本当にそうだという保証はない。
だけれど、ある程度は説得力のある推測でもある。
その上で、この管理人は問いかけていた。
このクラスト被害の対策に、全力を出さないのか?
お前は自分が被害に遭った時だけしか動き出さない卑怯者か?
そうやって目の前の被害者を見過ごすのか?
「……佐木元麗さん」
「なんだ」
「貸し一つですよ」
「え」
「やれることを、やります」
「それじゃ!」
「立ってください」
「ふへ?」
僕は強引に彼女を立たせた。
そこは、先ほど僕が彼女を押し込み、座らせた地点だ。
「……期待させて悪いですが、これ、確実な方法ではまったくないんですよ」
このクラストは、頭蓋骨を模している。
延髄を通る部分のそこは、本来であれば穴が開いている。
にも関わらず現在、塞がっていた。
脱出させないための措置か、さもなければ――
「文坂さん」
誰か、別の人間が塞いだか。
「話は聞いていたはずだよね、頼まれて欲しい」
「ふむ?」
「えっと……?」
その地点に向けて話しかける僕の姿に、二人は困惑しているみたいだった。
僕としても確信があるわけじゃない。
けれど、ある意味では信頼していた。
文坂波等羽はこの状況をストーキングしているはずであると。
僕のことを諦めたという楽観は捨てるべきであり、きっと何か企んでいたはずだと。
僕が学校から出て、素直に家につけるはずがない。
言ってしまえば僕もまた、羽場翠と同じ状況だ。
厄介なストーカーにつけられている。
「ふふ」
推測を肯定するように、声がした。
ここにいる三人とは違う、別の声だった。
同時に、その地点が染まった。変貌した。床の一部が変質し、蠢く灰色と化した。
子供が驚き、管理人が目を開くのが分かった。
「センパイ、気づいてましたね? 気づいていて、その子に座らせていましたよね? わたしに視覚的な観察ができないようにさせていました。お陰で今の今まで声しか聞こえなかったんですけど?」
「怪しい経路はできれば塞いでおきたかっただけ、それ以上の意図はない」
「それ、本当ですか?」
「疑り深い後輩だなぁ」
「え、え……?」
「非常に興味深い」
一つ壁を隔てた向こうから聞こえるような声だった。
「状況は分かっているよね」
「はい」
「頼まれてくれる?」
「何をです?」
「とぼけるな。今、部室にいるよね」
宇執摩高校の部室だ。
「そうですね」
「だったら、可能なはずだ、もともと、僕にそれをやろうとしていた」
「貸し八つです」
「……一つじゃないのか……」
「普通に嫌です、センパイは後輩に嫌なことをさせて、それだけで済ませるんですか?」
「わかった」
諦めざるを得なかった。
「やってくれ」
それでも、これが最適の答えだった。
そう、ヤバいストーカーには、もっとヤバいストーカーをぶつけて対処する。
嬉しそうな含み笑いが、頭蓋を模した密室の中で木霊した。
悪魔よりももっと性質の悪い声だ。
「本当に、最悪だ……」
結局、僕はクラストに頼っている。
目を丸くして驚く子供と、目を輝かせる管理人を見ながら、そんなことを思った。
走灯密室・内 了
走灯密室・外に続く




