走灯密室・内4
このクラストは、答えを教えてもらうためのものだ。
自分では正解がわからない、だから、知っていそうな人を呼び出し、正しい考えを教えてもらう。
そのためにクラストマスターは魔力なり体力なりを支払っていたはずだけど、先ほどまでの映像を見る限り、定期的に倒れてたわけじゃなかった。
おそらくではあるけど、先天的に魔力量が多い人だ。
「容疑者って……ぼくたち、三人が?」
「はい、そうだと考えます」
「あー、コリン?」
「なんでしょう」
車椅子の管理が困ったように言った。
「それはつまり、わたしか君のどちらかが、この子供に被害を及ぼした犯人と目されているという意味か」
「はい。佐木元さん自身も容疑者として入ります」
「ぼく?」
「自作自演で被害を装った、そんな疑いもある思う」
「そんなわけない」
まったく同じわけじゃないけど、自作自演はしたじゃないか、とは言わないでおく。
友人としてよく知っていたからこそ、その可能性を排除しきれなかったんじゃないかとも。
「みっちゃんが、ぼくのこと信じてない、って言いたいのか」
「むしろ信じたからこそだと思う」
「ぼくは人を騙したことがない」
「嘘つき村の住人の言葉はやめて欲しい」
クラストマスターだった人間が嘘つきじゃないのは嘘すぎる。
「コリン」
「なんです」
「君の推理は、間違っている」
「え」
管理人は残念そうに手を広げた。
「そこの子供」
「なんだよ」
「羽場翠は知識欲のために人を平気で犠牲にする、わたしのようなタイプか?」
「違う、絶対に、100%、そんなことはない」
「だろう?」
「何を言いたいかわかりませんが、答えを誘導してません?」
「この場合重要なのは、倫理観の有無だよ、コリン」
指を一本立てて、僕に注目を促した。
「君の推測が正しかったとする。それは、誰のために行われた?」
「佐木元さんのためでしょう」
「そうだな、だったらなぜ、佐木元麗と「犯人かもしれない人間」を共に閉じ込める?」
「あー……」
「あるいは、羽場翠とは、友人がそのような目に遭うのを見たがるサディストなのか?」
「みっちゃんは、そんな奴じゃない!」
佐木元麗が被害に会った。
細かい事情は誰も教えてくれなかったはずだ。
けど、それについて知りたいからと言って、佐木元麗を密室に閉じ込め再び被害に会わせるのはおかしい。
確かにそうだ。
いや、でも――
「なんだ下僕、そんな目で僕を見て」
「失礼」
子供に近づき。
「てい」
「うな!?」
軽く押した。
いまだに体力が完全には回復していないのか、簡単によろめき元いた場所に座り直した。
「なるほど、接触禁止などの制限もない様子ですね」
「そうだろう、君の推測が正しいとすると、あまりに迂闊だ」
「下僕、下僕! 下僕ぅッ!」
「痛いですよ」
あまり痛くないローキックは甘んじて食らった。
「だとすれば、結局は走馬灯説ですか」
「あるいは、マスター自身が危機を理解し、その助けを求めてクラストを発動させた」
それはそれで、話がおかしい。
子供の蹴りを抑えながら反論した。
「それは無いでしょう」
「なぜだ?」
「何か困り事があって、相談したい。なのに生後すぐの出来事から話し始める人とかいませんよ」
話が本筋からズレるどころじゃない。
美味いうどん店の話題で、小麦の歴史から始めるようなものだ。
「関係があるのだろうよ」
「なんだそれ。変なやつ、お前、さっきから話がわかりにくいんだよっ」
ぜいぜいと再び座りながらの言葉だった。
「君の脳みそが停止しているだけだ、身体能力同様の虚弱な思考能力しかないのか?」
「ああ゛!? ぼくは200歩も歩けるようになったんだぞ!」
「そうか、その偉大さはわたしにはまったく理解できないが、きっとすばらしいことなのだろう」
「表情があからさまに見下してんだよ、オマエ人のこと馬鹿にしすぎだろ!」
だが、もし、関係があるとすれば?
どういう場合、どんなパターンなら、それらの情報が必要になる?
口喧嘩を意識から締め出し考えた。
状況としては、子供が助けを求めている。
情報を提示して、どうすればいいかを答えさせようとしている。
だけれど、提示された情報は「今までの羽場翠の人生」。何か危機が起きたわけでもない。
助けを求めているけれど、いったい何から何をどう助ければいいのかわからない。
いや、ひょっとして、羽場翠自身にも、何が危機か、分かっていない……?
でも直感的に「ヤバいことが起きている」と判断し、助けを求めた。
提供する情報も、だから、纏まりがないものだった――
「……」
僕は途切れる直前の、最後付近の映像を再生しながら、ゼリー飲料を取り出した。
一息に飲みながら、その映像を睨みつける。
壁に触れ、最初から再生させる。
目を凝らし、何も見逃さないようにする。
「ああ、なるほど?」
ようやく理解した。
人生すべてとはいえ、この映像は途切れ途切れだった。
「管理人さん」
「なんだ」
「気づいてましたね」
「当然だ」
言葉の端々で示唆するものがあった。このクラストマスターは「愚かで、憶えが良く、考えなしで、勘が鋭い」と言った。
「ただし、他の可能性もあると考えた。だからわたしは、君の考えを求めた」
「何の話だよ」
「君は結局、戦力外だったという話だ」
「ああ!?」
「意味があった、ってことです」
「だから、何だよさっきから!」
「これ――」
流れる走馬灯。生まれてから現在までの記録を指さしながら言った。
「同じ人物が、映り続けています」
しかもそれは――
「親兄弟以外の人物でしょう。家の中でこの人の姿はなかった」
「は……?」
車椅子の管理者が、非常につまらなさそうに言った。
「君の友人は、生まれた瞬間から現在まで、定期的に観察され続けている」
+ + +
一番最初の、ぼやけた人影。
これは、その後に現れた親じゃなかった。様子を見る限り親類縁者ということもなさそうだ。
「おそらく看護師だろうな」
簡素な服装は、たしかにそのように見えた。
次に、幼稚園。
子供たちと遊ぶ大人の中に、同じ人間がいた。
「この時点では、他人の空似であると考えた」
性別は女性。
中肉中背、あまり特徴のない顔だが、その目だけは印象的だった。
まばきしない真っ黒な瞳が、羽場翠に張り付いた。
小学校。
通る車の中に、同じ目をした人物がいた。
マスクをしていても、その視線だけは分かる。
「ストーカー……?」
「だと思う」
僕が知っているのとは別の、かなり年季の入った奴だ。
「嘘」
「少なくとも、映像を素直にみればそうだとしか思えない」
通学路の片隅で。旅行中に。あるいは友達と遊ぶ場面でも、よくよく画面を注視すればいた。
全部というわけではないが、偶然なんてレベルを遥かに越えて走馬灯内に映り込んでいる。
「これは情報を提供し、他の人に考えてもらうクラストです。なのになぜ、今まで気づかなかったのでしょうか」
「これほど広範に情報が提供されたことが無かった為だろう。プライベートの全てを開示するようなことを好んで行う人間は少ない」
「みっちゃん……」
歩く街角に、自宅から外の光景の中、あるいはただの帰り道、様々な場面で、その黒い視線を向けた。
「おそらく、順序が逆ってことなんでしょうね」
「だろうな」
管理人は腕を組んでいた。
「どういうことだよ」
子供は不満そうだった。
「なるほど、たしかに君は羽場翠の友人だ」
「ああ?」
「他人に答えを教えてもらうことを当たり前だと思っている」
「わからないことを聞いて何が悪い。というか、お前の考えが間違ってるかもしれないだろうが」
「多数の思考する者がいれば間違いを正せる、だが、考えもしない者に伝えたところで無意味に終わる、こちらが浪費するだけだ」
「オマエ、人を馬鹿にするときすげえ嬉しそうだよな、無駄だから止めた方がいいぞ、マジで意味がない、そんなことにも気づいてないオマエって本当に何か考えてるのか?」
「嬉しそう? ただ呆れているだけだ。そちらが何をどう受け取ろうが勝手だが、君がわたしの気持ちを代弁するのは止めろ。不愉快どころか侮辱でしかない、ああ、そういえば――」
「そこまで」
本当に、相性が悪いというか、相性がいいと言うべきか。
「……話を戻しますよ」
そっぽを向く二人に向けて言う。
「クラストを手にしたとき、たいての人は困り事の解決を求めます」
「それは、そうだ」
心当たりがあるという顔だった。
「羽場翠さんは、このストーカーに無意識的に気づいてはいた。だけど、あくまでも無意識だった、その不安をはっきりとは理解していなかった。だから、代わりに考え、代わりに観察する人を集めるクラストを構築した、ということでしょうね」
「……けど、これ、本当か?」
「ん?」
「誰か知らない奴が、生まれてからずっとみっちゃんをストーキングしてたとか、さすがに信じられない」
「本来であれば、君が気づかなければならない事柄だった、君がどれほど日々を曖昧かつ雑に過ごしているか――」
「管理人、抑えてください」
「む」
僕は座ったまま混乱する子供に向き直った。
「違う可能性は、たぶんある」
「そうなのか」
「だってこれ走馬灯だ、羽場翠さんの記憶の映像だ、なら、嘘が紛れても変じゃない」
人の記憶は、意外と曖昧だ。
「だけど、仮に違っていたとしても、「羽場翠がそう認識している」ことに違いはないんだ」
この場合、問題は羽場翠の主観だ。
「考えられることは二つだ」
管理人は指を上げた。
「一つは、この者の記憶違いである可能性だ。恐れが存在しない錯覚を生み出した。この場合、放置すればよい、勝手に苦しめばいいだけだ」
怖がらなきゃいけないものが、そもそもないパターンだ。
「もう一つは、これが本当の記憶である可能性だ。実際に生まれてから現在まで続く、非常に巧妙な「羽場翠のストーカー」が存在した」
「でも、ストーカーって、追っかける奴だろ」
「そうだな」
「もし、全部が本当だったとしても、怖がることないだろ、今まで無事だったんだし」
「君の観察力は本当に壊滅的だ」
「んだとぉ!」
喧嘩が始まるより前に、僕は画像を一時停止した。
対価は必要だけど、拡大表示することもできた。
「これを見て」
「なんだ下僕、ぼくはこの変な奴を――」
「これは、最新の、一番最後の場面です」
「だからなんだよ」
「いるんだ、ここにも」
「あ?」
羽場翠が歩いている最後の場面、何でも無い歩道の光景。
左手には道路があり、右手には住宅やビルの壁が延々と続く。
その中の一台の車の中に、真っ黒な視線をまばたきもせずに向ける人の姿があった。
「車のドア」
運転席側、そのシルエットが僅かに膨らんでいた。
「これ――」
開けようとしていた。
開けて、車の外に出ようとしていた。
「羽場翠はこれを、「命の危機である」と判断したのだろうよ」
ストーカーが行動しようとしている場面だった。




