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走灯密室・内3


死の直前に見る走馬灯は、自身が助かりたいから見る映像だと言われている。

酸素不足やストレスにより海馬が活性化し、過去の記憶が一挙に流れる。


断続的に、だが、詳しく流れるその様子を僕らは見ていた。


「走馬灯……それ、本当か?」

「おそらくは」

「おい、はっきりしろ下僕! みっちゃんが――羽場翠はば・みどりがどうしてこんなものを見ているか、ぼくは知らなきゃいけない」


クラスト内であんまり名前を言わない方がいいですよ、と言う言葉は飲み込んだ。


「現在、我々が得ている情報は変わらない。友人であるそちらが知り得た情報の方が多い。阿呆のように口を開けて答えをねだる暇があるなら己の脳みそを働かせるべきだろう」

「オマエには聞いてない」


僕はひとつ息を吐いた。


「……問題が起きて、解決したいってだけなら、生まれたときからの映像なんて見せる意味がまったく無いんですよ」

「おそらくは無意識下で発動させているタイプだろうな。あるいは、何が問題であるかを自覚していない」

「なんだ、それ?」

「整理します」


背後では、小学校に通う様子が流れていた。何人かの親子が手をつなぎ歩き、微笑ましいものを見る目を向けている、その走馬灯を見ながら言う。


「僕ら三人はクラストに巻き込まれた、マスターは羽場翠。クラストは頭蓋骨内部を模している。これは、羽場翠の意識の中にいる状態を模したとも言えます」

「このような形は、他者の知恵や判断を借りる為のものだ。複数人を閉じ込め、推理を述べることを強制する。当然、映し出される情報は困り事に関連したものであるはずだ。だが現在、無関係と思われる映像が流れている。これは一体何故か?」

「いろいろ可能性はあるとは思いますが……」


僕らはクラストの中にいる。

異常な密室の内部に。


そこで、その人の人生を見せられている。

よほど自慢話をしたい類の人でなければ――


「みっちゃんは、危なくてちゃんと考えられない状況だ、って言いたいのか、下僕?」

「はい」


たとえば殺人事件が起きて、犯人が誰かを知りたい場合、その証拠や時系列が提示される。

アリバイの有無やトリックを考えるための手がかりの提供だ。


けれど、仮にこれが真上から鉄骨が落ちてくる直前なら?

関連した情報を上手く出すことができない、生まれてから今までをごちゃまぜに提示して、「どうにか助けて欲しい」と求める。


死の直前に見る走馬灯と、同じことになる。


「このクラストマスターは、僕らに救って欲しいと願った」


それが可能と思える人を、手当たり次第にクラストに入れた。

友達である佐木元麗も巻き込んだ。


「みっちゃん……」


画像には、小学校を順調に過ごす様子があった。

細かいトラブルを、上手く切り抜ける様子があった。


おそらく、このクラストを活用している。


「おい、そこの子供」

「……なんだ変な奴」

「おおよそ全てのクラストマスターは、他人に迷惑をかけるクズだ」

「ンだと」

「友人だと思っているのは、お前だけではないか?」

「あ?」

「この羽場翠という人間には、お前が救い悩むような価値はあるのか? これは、困り事をクラストで解決してきたような阿呆だ。お前が評価した美点は他人からの借り物でしかなかった」

「知るか」


ひどく怖い顔で言った。


「……ぼくは、みっちゃんの友達だ」

「そうか……」


子供は立ち上がり、震えたまま映像を見続けた。


その光景の中で、佐木元麗の姿がしばらく映らなかった。

どうやっても出会えなかった。


僕が遭遇した、クラストに関連したものだった。

正確に言えば、佐木元麗が閉じ込められて栄養失調寸前に追い込まれた事態だ。


羽場翠が、これをどうにか解決しようとする様子があった。

会えない友達がどのような状況にあるのか、現在どこで何をしているのかを知ろうとした。


クラストによる解決は望めなかった。

解決のための手がかりが、そのための情報がそもそも無かった。


彼女は危険な場所にも出入りし、情報を得ようとした。

これまで何もかも上手く行っていた子供は、今回も上手くいくはずだと信じた。


無駄だった。

調査が成功することはなかった。


長く、会えることのない日々が続いた。

どれほど知恵を巡らせても、解決にはたどり着かなかった。


あるいは、アドバイスを求められた人たちが、会わせないようにした。

多くの人達が、関わり合いを避けるべきだと判断した。他の行政機関等に任せるべきだと。


しばらくしてから、ひどくやせ細った佐木元麗の様子が映し出された。


「……」


死ぬ直前の様子だった。

病院のベッドで横たわっていた。

いつの間にか、羽場翠の友人はそのような事態に陥っていた。


「これは……」


苛立ち、歩いていた。

その一人称視点、固く握った拳が僅かに見える。


視界がいくらか歪むのは、泣いているためか。

場所は大通りから曲がった場所、佐木元麗の住居の近く、僕が以前クラストに巻き込まれた所だ。


日が変わる。

羽場翠が歩き続ける様子がわかる。

何をしていいのか、自分自身でもわからない、そんな苛立ちの歩調だった。


そして――


「え」


唐突に、途切れた。

同じ曲がり角の地点、さして変化のない情景。通り過ぎるだけの車。何の危険も起きていない、なのに、これで必要なものは全て見せたというように映像が消えた。


「なんだ、これ」

「……下僕、どういうことだ、説明しろ」

「わかりませんよ」

「厄介な」


車椅子の管理人は、これまで以上に眉根にシワを寄せ、頬杖をついた。


「お前の友人は、想像以上に愚かで、憶えが良く、考えなしで、勘が鋭い」

「どういう意味だ」

「自身で考えろ」

「だったら! ぼくを混乱させるようなことを言うな!」

「怒るより先に考えろ、ただでさえ少ない思考領域を無駄な方面に使ってどうする。先ほども言ったが、そちらこそがもっとも多くの情報を持っている、その情報の活用をせず、他人に文句をいうことしかできないのか」

「オマエが考える邪魔をした全部がぼくのせいになるのか? 性根が腐り切ってるなオマエ」

「考えるべきことと己の感情の切り分けができない馬鹿を馬鹿にしてなにが悪い」

「口を閉じる、そんな簡単なことすらできない無能な馬鹿アホ間抜けクズがなに発言してるんだ? ちゃんとぼくの許可を取ったか?」

「そこまで」


少し放置するとすぐ喧嘩をはじめるのは何なんだ。

僕は手を一つ叩いて修正することにした。


「……これは走馬灯で、危機を回避するためのものだと予想した、だけど、実際に現れたのは、そうじゃなかった。これは、どうしてか? こっちを考えるべきだと思う」


子供の方に手を向けた。

頭を冷やすためにも、思考の誘導が必要だった。


「……ぼくの姿がショックだった、というのはありそうだった」

「たしかに、そうだと思う」

「いや、違うな」

「なんだよヘンテコ」

「直後であれば関連すると考えられる。だが、最後の映像は、日時を跨いだものだ。子供、お前を見た直後ではなかった」

「精神的なショックじゃない、そう考えていますか?」

「ああ、そうだ」

「分かんないだろ」

「お前自身はどう判断する」


む、という表情をした。

ゆっくりと腰を下ろし、しばらくしてから。


「みっちゃんは、怒っていた」


そうポツリと言った。


「ぼくの様子を見て、悲しむというより怒ってた、それは分かる」

「怒り狂った羽場翠はどのような行動に出る?」

「わからない」

「友人なのにか?」

「ぼくは、みっちゃんが怒っているところを見たことがない。見たことがないものは、わからない」


僕は手を伸ばし、画面があった場所に触れた。

途端に、情報が流れ込んだ。


「……これ、さっき見た映像を見返すことができますね」


ここから「羽場翠に音声を伝えることができる」ことも分かった。


今アドバイスを行えば、脱出できる。

おそらく、それが正解でなくても構わない。


「本当か」

「ただ、いくらか消費するみたいです」


魔力のようなもの。

現代では観測されていない部分が疲れることになる。


「考えるだけの時間は、あります。慌てて答えを出す必要はない」

「なぜだ、下僕」

「あなたも触って確認すれば分かりますよ」


記憶を映し出すことができる。

その「記憶」は、徐々に更新されていた。


ただそれは、非常にゆっくりとしたものだ。

それこそ一秒に一時間かかってもおかしくない。


僕は、関連がありそうな最近の映像を再び流した。

対価として、軽い目眩のようなものがあったけど、そんなに大きい支払いじゃなかった。


「――」


見返してみても、特におかしな部分があるとは思えなかった。

いや、それとも――


「……僕らか?」

「下僕、どうした」


子供を見る。

彼女はこのクラストマスター、羽場翠の友人だ。


車椅子の人を見る。

クラストに関連したことの管理人で、当然、クラストについて詳しい情報を持っている。


僕は――佐木元麗の起こしたクラスト事件に、直接関わってる。

部屋に侵入したときの様子も、目撃されたかもしれない。


「羽場翠は調べていた、あなたのこと――佐木元麗のことを」

「フルネームで呼ぶな」

「以前に起こしたクラスト、あれに関連した人、その疑いのある人間を、ここに集めたのでは」

「コリン、何が言いたい」

「このクラストマスターが知りたいのは自分自身の危機の回避ではなく、佐木元麗に何が起きたかを知りたがっているんじゃないかと考えました」

「それは――」


つまるところ。


「僕らは探偵役ではなく、容疑者として、ここに囚われているのでは?」



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