愛玩密室4
部屋は一般的な1LDK、床はフローリングで猫用のおもちゃもいくつかある。
ソファーはベッドにも変わる形で、横には衣服を入れるクローゼットが佇み、空気清浄機が稼働している。
その中で、僕は息を潜め、ただ隠れた。
「もう、どこかなぁ?」
手に猫用の皿らしきものを持っている人が、歩いてた。
「そんなことしてると、お風呂いれちゃうぞー?」
勘弁して。
壁に設置されている小物入れ用の棚、大きな姿見の裏を探していた。
完全かつパーフェクトに見当違いだ。
猫は目はあまりよく無い。けど、音を聞く能力は発達している。だから右往左往している様子も分かる。
潜んでいるこちらを捉えることは、できていない。そのはず――
「もう……」
僕の狙いは、ストレスを与えること。
見つけることができないという苛立ちを与える。
存在を気取られてはいけない。
「んー?」
ソファの下や玄関付近を探しているみたいだった。
僕の耳が勝手に動くのを、どうにか止めたい。
発見されない。
今はただそれだけに専念だ。
念の為にというようにクローゼットを開け、中を確かめてた。
そこに僕はいない。
キッチン周り、特に棚の間などを入念に調べた。
そこに僕はいない。
というか、この人間はさっきキッチンに行ってたんだから、その後をつければ見つかってた。
壁際に設置されている棚、あるいはゴミ箱の中も探してた。
いない。僕はそんなところに隠れてない。
「どこー?」
このマスターの動きはのんびりしている。
猫基準からすれば非常にトロい。
収納棚らしきところでゴソゴソとやっていた。
まったくの見当違いの方向だ。
僕のことを、見つけることができていない、その予兆すらない。一度もこちらに注意が向いていない。
少しずつ、声に不安そうなものが混じっているのがわかった。
ここは、クラストだ。
参加者がいる間は、本格的な改変が行えない。後出しのズルができない。
今見つかってないのなら、超常的な手段で僕の居場所の把握ができていない、ってことだ。
「ううん……」
バス・トイレがある扉を開けて首を傾げている。
もちろん、そこにも僕はいない。
クラスト、密室――そこではクラストマスターですら想定外のことが起きても、何もおかしくない。
知らない異常なことが起きて、猫が消えたんじゃないか?
そんな風に疑ってくれたら最高だ。
どうにか、このまま見つからないまま、クリアに到達できるかもしれない――
(ん……?)
そんな希望を抱く僕の下に、こんもりとした膨らみらしきものがあった。
何かの物体だ。
折り畳んだ前足で、確認してみた。
音を出さないよう静かに、肉球で動かすように、そっと触れる。
(あ……)
今の今まで違和感がなかったのは、それが僕自身のものだったからだ。
抜け毛だった。
ざらざらとした床板に毛をこすりつけて取った痕跡だった。
ふわふわとした毛玉が大量に引っかかり、ごっそりと抜け落ちていた。
今、やったものじゃない。
もっと以前に、これは行われた。
(やば――)
僕は、この猫の身体に意識が入り込んだ。
その前には、別の人間が入っていたのかもしれない、もしくは、別の猫が。
その時に、いた――
ここに、この場所にいた。
クローゼットの上、枕棚よりも上の天井部分に。
僕が潜んでいたのは、歩く人間からすれば死角となる箇所だった。
このデブい巨体でクローゼットの上まで駆け上がり、潜むことができた。
完全な盲点。
意識から外れた地点。
だが、この位置は「日常的に猫が隠れていた場所」だった。
「見ぃつけたぁ」
だから、発見された。
脚立に乗った人間が、僕を見つけてニンマリと笑っていた。
+ + +
当たり前のように発見された。
暴れようにも慣れた感じて確保されて引きずり出される。
「んふふぅ」
ものすごく嬉しそうだった。
ストレスどころか、喜びしか与えていない。
なにせ猫が「いつも隠れている場所」に自信満々に隠れ潜んでいた。
僕だって、逆の立場なら爆笑してた。
さっきまでの僕の決死の隠形も、コイツにとってはバレバレの微笑ましい行動だった。
(どうする……)
本当に、方法が思いつかない。
たとえこの場で漏らしたとしても、この人間にとってはきっと「いつものこと」扱いだ、ストレスにならない。
そもそも、僕以前の参加者がいたみたいだ、この猫の身体に入り、痕跡を残した。
ソイツらは、どうやってこのクソみたいなゲームをクリアした?
どうして「僕」がここにいる。
現状の僕の立場は、いったいなんだ?
疑問ばかりがぐるぐると駆け巡る。
「ね、お腹すいたー?」
また、別方面での問題もあった。
「あれれー?」
眠かった。
瞼が落ちようとしていた。
意識が緩んで行く。
身体を動かした、なによりも脳を使いすぎた。
猫らしからぬ思考量に、ちいさな脳みそが限界だと悲鳴を上げ、シャットダウンしようとしていた。
睡眠というより、もう気絶に近い意識の落ち方。
(ヤバい……)
突破口は見つかっていない。
何をどうすればいいのかわからない。
ここは完全な敵地。だというのに――
「子守唄、歌う?」
逆らうことができなかった。
僕は自然と身体を丸め、あっけなく眠りに落ちた。




