黒電話通信2
二人の人間を密室に閉じ込め、会話のやり取りにより「相手がどのような人間であるかを言い当てる」ゲーム。
多分そうなんじゃなんかという想像でしかなかったものは、今となっては事実になった。
その先手は向こうに取られた。
僕の方のモニターにはなんの情報も出ていない、なのに向こうでは表示されている。
どうにか取り返す必要があるものの、その糸口すら見えない。
僕は一度、大きく深呼吸をした。
この様子ですら、きっと向こうに情報として把握されていると自覚しながらも。
「あなたは、耳が良い」
「ほう?」
「僕の身長を当てたのは声の反射の様子からの推測でしょう。体重は椅子に座り直した際の軋む音から、衣服等も受話器越しの音で言い当てた」
わずかな衣擦れの音、あるいは声の様子から推測した。
「ただし、それで年齢を当てることまでは不可能だ。今までの会話からをそれを推測することはできない」
「声変わりの様子からと言ったが?」
「個人差が大きい部分だ、ピンポイントで当てることなんてできない」
実際、同級生の中にまだ声変わりしてない奴もいる。
「なら、わたしはどうやって当てた?」
「勘」
断言する。
「両親と離れて暮らしていることも含めて、ただの当てずっぽうでしかない。仮にそれで間違えたとしても構わない、ミスしたときにどうなるかも含めて、あなたは知りたがった」
「なるほど、賢いね」
「その言葉を、よくそこまで馬鹿にした調子で言えますね」
「それで君はどうするつもりだい?」
「年齢は二十代中盤、身長は175cm、体重は68キロくらい、わずかに聞こえた靴音からおそらく革靴、合わせるようにスーツを着ている」
少し間をおいて、モニター画面が更新された。
年齢は△、身長は◯、体重は△、革靴やスーツなどのデータはそのまま記載された。
「…………なぜ分かった?」
「ただの推測です、あなたのように、特別耳が良いわけじゃない」
先ほど、僕の身長を述べた際、わずかに優越感のようなものが伺えた。
僕の体重を指して「痩せ型だ」と述べた。
こうした指摘は自分自身のそれをを基準とする、迷わず言えたことから考えても、あまり離れた数値ではないと考えた。
絶対確実なものではないけど、勝算があった上での発言だった。
「……なるほど、わたしが言い当てたことによって、君もまた情報を得たのか」
「後手にはなりますが、それでも分かることはあります」
「本当に慣れているな、君は」
「そちらこそ、ずいぶん落ち着いていますね」
「ゲームとしてはモニターに映し出された図項目を埋めること、これにより勝利した側は無事に出られる、この場合、敗者はどうなる?」
「話が飛びすぎです」
「経験者である君に、これを聞かずにどうする?」
「……おそらく敗者はペナルティを食らうでしょう。死亡までは行きませんが、しばらく生活が不自由になる程度の消耗は受けると思われます」
「なるほど、遠慮はいらないな」
嘘を言えば良かった。
「勝つつもりですか?」
「無論」
「どうやって」
クック、と楽しそうな声が耳朶を打った。
「ああ、やはりそちらにも、埋めるべき項目に氏名や住所があるな?」
「ええ」
「確かにこれは推測だけでは難しい、当てずっぽうでも困難だ。外部協力者もいないこの状況、いったいどうするべきかな」
どこか楽しそうだった。
「……あなたは現在、提示されたものに全力で乗っています、僕の情報をすべて抜き、勝とうとしている」
「そうだな、せっかくの機会だ」
「僕は、このクラストそのものが疑わしいと思っています」
「ほう?」
「クラストとは、個人の欲望を——マスターの欲求を叶えるためのものです」
「まあ、そうだな」
「この形で僕らを争わせたがっている人間がどこかにいる、それは、どのような奴だと思いますか?」
「ふむ——」
耳を澄ます。
相手の行動すべてを残らず聞き取ろうとする。
非常に落ち着いた人間。
あまり物音を発していない。
肘をついてしゃべるタイプじゃない。
呼吸ですらも抑制されている。
「……もっとも簡単な答えは、君がそのマスターだというものだ」
「僕が?」
「君はずいぶん簡単にわたしのことを言い当てた。それが推理によるものでないとすれば、事前に知っていたからだ」
「……ああ、なるほど」
「欲望、と君は言った。この状況で当てはまるのは、必ず勝てる体制を作り出し、わたしを打ち倒すことじゃないか?」
いわゆるチート。
あっちは必死、こっちは余裕綽々、その上で圧倒的な勝利を得る。
勝つことだけを求める性根の曲がった奴は、割といる。
「僕から言わせてもらえれば、その疑いはあなたにもあります」
「耳の良さだけでは説明がつかないと言いたいわけか」
「年齢や現在一人暮らしであることなど、指摘内容が当たりすぎています」
「水掛け論だ」
「そうですね」
互いに疑いを向けたところで生産性はない。
「なら——そうだな、わたしはクラストマスターだ」
「はい?」
「仮だ。そのように仮定する。この場合、一体わたしは何を求めてこんな行動をした?」
口を開き、すぐに閉じた。
先ほど述べたように、ズルによって一方的勝利を収めるため——だとは思えなかった。
ただの印象と言われたらそれまでだけれど、それを好む人格じゃない。
なら、この相手がクラストのマスターだったとしたら、その目的は何か?
「何かのテスト」
「ほう」
「あなたは好奇心旺盛であり、同時に知性がない相手を見下している。情報を絞り条件を提示し、己と対等に会話ができる相手を求めてこのクラストを作り出した、そのように考えます」
「なるほど、確かにわたしならばやりかねない」
「知能テストのために、このようなゲームを仕掛けた」
「いいね」
「認めるんですか?」
「欠点としては、このような大袈裟な手段を取る必要がまったくないことだ。それを知るには、ただ現実で電話をかければいい。また、こう言っては失礼だが、そこまでする価値が君にあるとも思えない」
「本当に失礼ですね」
「クラストとは、時間と労力がかかるものだと聞いている。そのコストを支払うのはそれ相応の価値がある場合に限られる。わたしの場合、強大な知性の持ち主に蹂躙されたいと望む場合だろうね。頭の悪い下らない連中に付きまとわれることを、わたしは心底嫌う」
イメージが浮かんだ。
受話器の向こうに肉食獣がいる。
肉の代わりに情報を喰らい、飢えを満たそうとする凶暴な獣だ。
「ずいぶん頭脳に自信があるんですね」
「では逆に、仮に君がマスターだったとする」
「話の進め方がマイペースすぎません?」
ため息が聞こえた。
「——この場合、難しいな」
「そうですか?」
「ズルの類をやらないとは思わない、だが、こうした形で行う人格だとも思えない。君は非常に守備的かつ規範を重んじるタイプだ、観察し、推察し、相手が自滅することを好む」
「心当たりはありませんね」
「その上で君がマスターだったとするのであれば、おそらくわたしについて知りたい場合だ」
「あなたを?」
「ああ、ズルをせず、有利を得ず、フェアに状況を整えた上で、ゲームを仕掛けた。わたしについての情報を抜き去るために」
「あー」
やりかねない、と思えた。
攻撃でもなければ自尊心を満たすためでもなく、ただ情報を得るためだけにクラストを造り、ゲームを仕掛ける。
それは非常に僕っぽい。
「ありえないとは言いません。ですが、ひとつ大きな欠点がありますね」
「どこがだい」
「その場合、マスターである僕は、どうやって正誤を判定するんですか?」
「ふむ——」
「あなたについて知りたいからこのクラストを作成した、なのに、ゲーム開始時点で答えを知っているのは矛盾します」
審判役のいないゲームは、ゲームとして成立しない。
「クラストにそのような特性をつけることは不可能かい?」
「ありえない、とまでは言いませんが、かなり難しいですね」
クラストは人間の精神に対して影響を与えることはできる。
だけれど、一方的かつ的確に情報を抜き取るようなことはできない。そのはずだ。
「ふむ——では、第三者のマスターがいるとする」
「それが妥当ですね」
「その人物が、わたしと君を選んだ理由はなんだろうか」
「選んだ——ランダムに選択されたわけではないと?」
「おいおいおい、君は一般人の頭の悪さを舐めすぎじゃないか? そこらの人間を捕まえたところで我々のような会話は行わない、いつまで経っても何も言い当てることなどできない、そんな詰まらない対戦を見たがる奴がいるか?」
「ああ、そっか」
「頭の血の巡りが悪いんじゃないかい? わたしはとっくに気づいていたよ」
たしかにそう言われても仕方ない。
そうした会話、あるいはやり取りを好む連中が集まる場所がある。
僕がこのクラストに巻き込まれたのは、サイトに行くのと同時だった。
そこは、クラスト被害について報告し合う場所であり、ある意味ネット上のサロンだった。
数多くのクラストと出会っていた僕は、その被害報告を毎度のように行っていた。
「あなたはあのサイト――『メトゥスの集い』の管理人ですね?」
「ああ、そうだ」
初対面、と言っていいかは分からないが、こうして直接会話をするのは初めてのことだった。
「君のハンドルネームはコリン、よく出入りしている常連だ」
「いつもお世話になっています」
「このクラストを作成したクラストマスターは、わたしと君の素性を暴きたいという欲求を持った、メトゥス会メンバーの誰かだ」




