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黒電話通信1

「最悪だ……」


そう言ってしまうことは多くある。

たとえばゲームをしていて開始の合図が伝えられ、さあ、これからやるぞとなった瞬間に邪魔が入る。

無視できないほど緊急で、どう考えても優先すべきことだったとしても、「なんでもよりもよってこのタイミングで」という嘆きは出る。

対戦モードと連絡を取らなきゃいけないモードは、まったく違う、気分の切り替えは難しい。


まさに今、そんな状況だった。


よく参加している、メトゥスというネットフォーラムに入った途端、別の場所へと飛ばされた。

お気に入り登録から飛んだから、怪しげなURLを踏んですらいない。ランダムに選ばれたのか、僕が狙い撃ちにされたのか。


どちらにせよ、ネット上の知り合いに会いに行くのとは正反対の心持ちを強制された。

友人がクラスト被害に遭った、その消耗や気落ちの軽減の手段が何かないかを相談しようとする直前だった。


それすら先送り。

最悪と言うより他にない。


そこは――少し狭い密室だった。

一般的なクラストよりも小さい部屋だ。ドアの類もありはしない完全密封。


いい風に言えば機能的。壁の一面がモニターになっていて、部屋中央には椅子とテーブルが設置してある。

椅子はおしゃれなバーにでもありそうな、背の高いほっそりとしたものだ。その優美さとは裏腹に、上にはおかしなものが乗っていた。


黒電話だった。


平成レトロを越えたガチレトロ。

黒光りして甲虫を思わせる。

電話線らしきコードはするする伸びて、壁の向こうへ貫通している。


それが、鳴った。

情もなければ容赦もない呼び鈴が、僕が次にすべき行動を強制した。


虫を潰す勢いで受話器を取った。


「はい」

「……」


向こうから、返答は無かった。

けど、誰かがいるとは分かった。確かな気配があった。


「もしもし、ハロー?」

「……」

「聞こえてます? それとも何らかの理由で喋れない?」

「どうやら、違うようだ」


わけのわからない返答だった。


「間違い電話ですか」

「そんなわけはないだろう?」

「せめて挨拶を返すべきでは?」

「そうだな、君がどこの誰かは知らないが、わたしの敵ではないようだ」

「ずいぶん自信満々ですね」

「クラストマスターではないだろう、君は」


話がいろいろ飛ぶ人だ。

低めの声、おそらく年上で大人。


「そういうあなたも違うようですね」

「なぜ?」

「仮にあなたが敵だとしたら、第一声が「どうやら違う」は間抜けすぎます」


自分で閉じ込め、自分で連絡しておいて 通話先をミスっている。

その上その自白をしている。


「あなたはすぐに返事をせず、こちらの出方を伺った、情報がないからこそ聞き役に徹した、僕を知ろうとした」

「その通り、そして、どうやら君はわたしと同じような状況下にあると判断した」


だからこの通話相手はクラストのマスターではない。


「そう、わたしもまた巻き込まれただけに過ぎない」

「こちらも同様です」

「おそらくではあるが、同クラスト内に我々はいる」

「でしょうね」


通常、クラストは電話等を使った外部とのやり取りができない。

きっと二つの部屋を用意したクラストだ。その二つの部屋を電話線が繋いでいる。


「そちらにも電話がありますよね、それで通話している」

「ああ」

「こちらは部屋にはモニターが一台あります、電話や机などの他に目立つものもなく、扉の類も見当たらない、って状況です」

「そのようだ」

「そっちの情報もくれませんか?」

「なぜだ——ああ、なるほど」

「ええ、あなたが調子を合わせただけだったとしても、僕には分からないんですよ」


クック、という笑いが聞こえた。


「それだけではないな。君、慣れているな?」

「と言うと」

「わたしから君に情報を渡すことで、対話可能な相手であると——敵ではないと印象づけている」


まず僕自身の情報の開示を行い、相手にもそれを促す。

仲良くなるための小賢しいテクニックだ。


「どうやら、そういう星の下に生まれたようなので」

「部屋は長方形であり、六平方メートルほど。数歩で壁まで行ける距離だ。君が言う通り壁の一方はモニターであり、わたしは今、据え置き型の電話の受話器を手にしている」

「こちらは黒電話です」

「おや、その点は異なるようだ、型番まではわからないものの、こちらは一般的な白くフラットタイプの固定電話だよ」


違いに理由があるかは、分からない。


「なるほど——」


ちらりと壁を見る。

ただのモニター、つい先程まで何も写っていなかった画面。


「僕たちは、仲良く出来ると思いますか?」

「そうだな――」


いつの間にか、壁モニターは点灯していた。

そこには人のカタチを象った図が示され、注釈のような線が引かれている。


「おそらく難しいだろう」

「でしょうね」

「どうやら、このクラストは情報戦だ」

「断定するのが早すぎでは」

「そちらのモニターも表示されたな」

「分かりますか」

「その音が聞こえた」


あ、やばい、と思う間もなく言葉が続いた。

モニター、そこには何の情報も書き込まれていなかった。


「君の身長は170cm、まあ平均だな。体重は56kg、痩せ型だ。声変わりの様子からして高校生一年、虫歯の類はないようだ。両親とは暮らしておらず一人暮らし、靴下は履いておらず、下は学校指定のジャージを着ており上はTシャツを着用している」


しばしの後、ぴんぽーん、という軽い音が、受話器の向こうで聞こえた。

おそらく、向こうのモニター画面が更新された。

僕の方のモニターには、何の変化もない。


「これは、会話によって電話向こうの相手の情報を探り、言い当てるゲームだ」


そして、言い当てられた。

これは、対戦型クラストだ。


勝者は一人で敗者も一人。

すでに大差がつけられた――



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