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追想列車5

車掌姿のその人は、演技のように、あるいは決められた演説のように続けた。


「ここはもともと、他に漏れることのない密会場として利用されて来ました」


指し示す車窓には、影法師の人々が乗る様子があった。


「先頭車両まで来た貴方がたには分かるでしょう。共に移動しない限り、他の方々の会話は分からず、誰であるかも理解できません」


当然ネットにも接続できない。


「外部から聞き耳を立てられない状況で、自らの記憶をさらけ出しながら行う話し合いです。嘘をつくことは難しく、意図は正しく伝わります」


現実的にはそこまで上手く行くことはない。

だけど、嘘で騙して利益を得ようとするなら、それに関連した記憶が外部に映し出されるかもしれない。その危険を押した上で対話するのは、かなりのリスクだ。


「このクラストは、一定の時間が経過すれば自動的に解除されます。ああ、敗北を求めましたが、現実的にはしばらくの間、ここで大人しく待っていてほしいのです」

「……負けた際の、僕らのペナルティは?」

「このクラストの負担を、全員で分け合う形となります。それほど重いものにはならないでしょう。また、時間切れの際には――この電車が目的地にまで着いた際には、記憶が消えることもございません」


車掌は手を広げ、見せた。


「お望みならば、次の乗車も叶うように致しましょう」


手には切符があった。

このクラスト――他に盗み聞きをされず、窓に記憶を映し出すことのできる、この密室への乗車券が。


「……もし、それでも僕らが強引に勝とうとしたら?」

「恨みを買うでしょうね」


当たり前のように車掌は続けた。


「ここに来るまでの間に、何人もの方々と出会ったはずです。負けた際に彼らの記憶は消えますが、このクラストに乗ったことそのものは覚えております、あくまでも消えるのは車窓の記憶に限られるのです。なにより――」


からかうように車掌は周りを指し示した。

そこには、僕が密室に入っている様子があった。何度かここの乗客に見せた、僕の記憶の景色が。


「お二人の車窓映像は、残ります。誰が加害者であるか、そのヒントを彼らは憶えたままです。分かりますか? 勝者の記憶だけが伝わるのです」


断片的な僕の映像。

その顔は分からないようにされている。


だけど、たとえば高校の制服姿は分かる。

どの辺りを歩いていたのか、僕の故郷がどんなところか、馬鹿みたいに何度もクラストに囚われたことも。

失われた彼らの記憶に、「犯人らしき情報」だけがはっきりと残る。


「今回、中々に武闘派の方もご乗車いただいております。強引な勝利はおすすめ致しません」


修羅場にいた人たちだ。競技的な強者ではなく、何でもありの戦闘者。

細かい情報から僕らに行き着くためのノウハウを持っていてもおかしくない。


「……」


やりにくい。

本当にやりにくい。


この敵は、乗客の力を背景に僕らに脅しをかけている。

目の前の敵を倒したところで、解決にはならない。


問題となるのは、乗客だ。

大多数の、さまざまな人達。

敵に回したらいけないのは、そちらだった。


「すいません」


文坂さんが軽く手を挙げた。


「なんでしょう」

「どうして、センパイはこのクラストに呼ばれたのでしょうか?」

「それは――ああ、本当に偶然ですね。本来は限られた人だけを招く形ですが、ときおり貴方がたのように招待が外部に漏れ、手にする事故が起きます。本当に、こちらが意図した行いではございません」

「なるほど――」

「心から納得した目を僕に向けないで?」


正直、勝つだけであれば――条件を達成するだけなら簡単だ。


きっとそれは、この電車を止めることだった。

車窓の風景は、電車が移動しているからこそ見ることができる。

電車という形である以上、その機能が万全であるときだけ異常は発現する。


だったら、止めてしまえば台無だ。


簡単なところでは車内非常停止ボタン。

あるいはドアコックを操作して勝手にここから脱出することかも。


そうすれば電車は止まり、窓から記憶はこぼれ落ちる。

乗客の思い出を一方的に消去する。


「センパイ、どうしますか」


ここで大人しく時間まで待つ。

それが最適解だった。


下手に騒いでも得られるものは何もない。

僕にとってのメリットは皆無だ。

ここで抗う意味がない。


「はぁ……」

「ため息、珍しいですね」

「自分で自分の気持ちがわからない」


どうして僕はこのクラストが、心底気に食わない?

何としてでも潰さなければならないと、どうして思っているのか。

理由と根拠がわからなかった。


乗客が気に食わないのか

過去を窓に移して語らう様子が嫌?


違うと覆う。

写真を見ながら懐かしいと言い合うのと変わらない。わざわざ否定するようなことじゃない。


あるいは、ここが犯罪者の密会場として有効だから?


裏社会の人間が約束を交わす場として、ここは最適だ。

会話内容を他から遮断し、秘密を適度に解放するクラスト由来の力は貴重だ。


それともなければ、僕の情報が勝手に漏らされたから?


今も車窓に流れてる。

他の人も、これを見ることもできる。


車内にいる人たちの見ていたものが映し出されていた。

それぞれの窓に割り振られるように、記憶の数々が流れている。


こんな風に盗み見られるのが気に食わない?

それとも――


「あ、そっか」

「センパイ?」

「もっとシンプルだ」


ここは不安定だ。

いまだ無事でいるのは奇跡に近い。


「恐れが無さすぎる」

「おや、どうなさいましたか?」

「クラストを、甘く見るべきじゃない」


僕が日々脅かされているものを、あまりに軽く扱っている。

何も分かっていないのに、クラストの支配者気取りでいる。


全員を危険にさらしているのに、その自覚がまったく無い。

それが、心底気に食わない。


「――」


意識を探る。

僕自身の内部を。


考え事じゃない、もっと具体的なテクニックだ。


文坂さんが言っていたことを、やっと理解する。

それは言葉としては一生表現できない操作だった。

頭の内部への干渉だ。


クラストとの接触地点をズラせば情報は外部に漏れ出さない。

今やるべきことは、その逆、深く差し込み、送り届ける。


普段は可能な限り考えないようにしている部分を――頭の奥を、ひねる。

スイッチを、あるいは回路を回す。

表現不可感覚。あるいはこれは、魔力を扱う感覚なのかもしれない。


記憶。

封じていた情報。

忌々しさの塊。

それが外部へと漏れた。

車窓の景色として顕れた。


そこには――僕が殺されようとする、幾百もの風景があった。


「え」

「は……?」

「――!」


壁に五本の手をつき追いかける異形がいた。

生きた海が万物を溶かしながらのたうつ。

車窓を越えて鎌が突き出る様子があった。

蜘蛛の糸が夢幻に膨れ上がり、完全な視覚の消失を体験し、ひしゃげた車が吠える声が迫り、捻れた木々が骨髄へと入り込む。


実際に僕が見聞きした、クラストの異常であり異様だ。

よくもまあ、ここから生き残ったものだと、我ながら思う。


一部が――触手のようなものが窓を貫通して伸びた。

現実にまで浸食した。


文坂さんがそうしていたように――高濃度の情報が境を越えていた。


外を見ていた子供が絶叫を上げた。

顔中を口にして、肺すべての空気を吐き出し、涙を流す。

車掌がその名前らしきものを叫ぶが、ノイズとなって聞こえない。


その子供を抱きかかえながら、車掌が唇を噛みしめた。

広げた手のひらは、何かの操作を思わせた。


「これ以上の横暴は許可できません!」


車掌が指を鳴らすと、車窓が切り替わった。

おぞましい風景が、乗客たちのそれに上書きされる。


「ここでは記憶を映し出します、その対象程度は、ある程度はこちらで選べる!」


二人が並び歩く様子。

あるいは夕日が鮮やかに沈む姿。

倒れ付して笑う、絶望的な声。

さまざまな、ここの乗客たちの過去。


僕が介入できない、他人の記憶の数々――


だが、遅い。

僕は既に影響力の範囲を知った。

それは、窓を越えることができる。


「文坂さん」

「はい」

「やれ」


単純極まりない言葉。

彼女は正しく理解した。


「はい!」


満面の笑顔で、彼女はその可能性を派生させた。



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