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下降継続4

思わず足を止めた。

黒色のパーカー後ろ姿をまじまじと確かめる。


階段で、膝を抱えるようにして座る様子を。

先ほどまで、恐怖の象徴だったようなその相手を。


「……」


少し後ろを振り返る。

変わらず緩やかに曲がった階段だけがある。もちろん、下方にもそれはある。


本来、あの追跡者と再開するのなら、追われる場合に限られる。

来るなら後ろから、逃げた先で出会うことはありえない。


だけどここは、クラストだった。

大抵の場合は密室で、特殊な性質を与えることができる場所だ。常識外れなことはいくらでも起こる。


たとえば、ループ構造。

一方方向に進みつけているつもりなのに、いつの間にかスタート地点に戻っている。

騙し絵だとかメビウスの輪みたいな形だ。


僕は、階段を降り続けていたつもりで、気づかぬ間に一周してしまったのかもしれない。


「……」


さて――


降り続けた先にゴールがあって、そこから脱出できるんじゃないかという、少しだけあった期待は消えた。

丸一日歩き続けてもぐるぐる同じところを巡るだけだ。


「……」


かといって、ここで引き返して登っても同じことだ。

繰り返されるループであることに変わりはない。


下っても登っても同じこと。


なら、あの座っている奴を、どうにかすべきなのか?

直接的な戦闘を行う?

こんな場所で?


勘弁して欲しい。荒事はできれば避けたい――


「こんにちは」


僕の声じゃなかった。前に座っている奴から言われた。振り返りもせず、うつむいた姿勢のままで。

思ったよりも高い声だった。


「……こんにちは」


僕は、いつでも上へと引き返せるよう態勢を整えた。


あなたはこのクラストのマスターですか?

そう聞こうとして止めた。否定でも肯定でも、本当である保証がどこにもない。


「――」


うつむき加減だった黒ローブが、ゆっくりと振り返った。

変わらず、その中身は見えない。

照らす無機質な光が濃い影を作る。階段についた手が、やけに細い。


「あはは……」


僕の警戒の様子を察したのか、そいつは乾いた笑いを上げた。


「別に、何もしないよ、ただ、先に行って欲しいかな」

「……ピラニアに、この川を渡っても大丈夫ですと言われて信用しますか?」

「そんな凶暴に見える?」

「つい先ほど、凶悪に追われたので」


足首の調子はある程度は回復している。

だけど、まだ本調子じゃない。


それは、ここに来るまでの足音のテンポで把握されたはずだ。

警戒するに越したことはない。


「もう、仕方ないなぁ」


ズリズリと、座ったまま黒ローブが移動した。

やけにゆったりとした動作で、左側から、右側の壁際まで。


「ぜったい安心とは言わないけど、これだったら、そっちが逃げれる時間はあるよね」

「……その場で、うつ伏せになってくれませんか?」

「なんで?」

「この程度の距離では、追いつかれるからです」


このクラストは、一般的な駅階段の幅しかない。

朝夕の通勤ラッシュに対応できるだけの広さはあるけど、騙し討ちを不可能にするほどじゃない。


「面倒だな〜」


言いながら本当にその場で伏せた。

両膝を階段に乗せ、両手で数段上に両肘を乗せる態勢だから、正確にはうつ伏せではないが、すぐには追いつけない格好になる。


「……」


僕はゆっくりと、音をできるだけ出さないように階段を降りる。


違和感が拭えなかった。


どうして、こんなに協力的?

どうして先ほど、無言で追いかけた?


どうして――このクラストを作り出した?


「ここのクリアの条件は――」


当たり前のように、声がした。

うつ伏せのままの、曇った声が。


「一定時間が経過すれば終わるんだ。あと一時間くらいかな。その時までに、長い距離を下ってた方の勝ち」

「それを信じろと?」


本来、それは絶対秘匿しなければならないことだった。


「足をくじいたんだ」


ぷらぷらと足を揺らした。


「そっちも怪我したみたいだね、けど、こっちはもっと酷い。勝ち目がないんだ」


なんなんだコイツ。

だったら、なおさら僕の邪魔をすべきじゃないか。


「今回はこっちの負け、それでいいんだ」


違和感しかない。

納得がどこにもない。

だけれど、それが何か分からない。


「……どうしたん?」


だから僕は、駅階段の反対、その壁に寄りかかり、立ち止まった。


「一周分の差がついている。勝敗で言えばもう決着している」

「そーだけど」

「それとも、僕に先に行って欲しい理由が何か?」

「……態勢、戻すよ。膝、痛い」


よっこらせ、というように体をひっくり返した。

やけにゆったりとした動きだ。


「……理由は、特にないよ。けど、離れたいんだろ? 先に行けばいいのに」

「罠があるかもしれない」

「別にないよ」


やっぱりコイツがゲームマスターだ。

その言動で確信する。


勝負をけしかけておいて、敗北したがるクラストマスター。

なんだそれ。


「……どうして、ここを?」

「ん?」

「こんなクラストを、わざわざ作成した理由」

「いいでしょ」

「悪夢みたいな場所だ」

「言えてる」

「共感されるとは思わなかった」


このクラストを、好んでいる訳ではない。

好きでもない場所を、わざわざ作り出した。


「クラストは――」

「ん?」


頭の中を整理するために、情報を独り言のようにつぶやく。


「もっとも特異なことができるのは、空間そのもの。クラスト自体だ」

「そうだね」

「今回でいえば、このループ構造の階段」

「うん」

「二番目は、人の精神に対して」

「そうなん?」

「何かを錯覚させる、見えているはずのものを見えなくさせる、勘違いをさせる、そうした「ズラし」がよく行われる」

「へぇ……」


声の調子は変わらない。

このマスターは何も焦っていない。


これらの情報は問題ない、そう判断している。

隠し事に迫っていない。


「……」


じっくりと観察をする。


怪我をした。

本当に?


たしかに細いし耐久力はなさそうだ。

いや、だが――


引き剥がせた。

距離を離せた。


その事実を思い出す。

無理な三段とばしで、想像していたよりも長い差が出来た。


それは、怪我をしてないとすれば意図的なものだ。

僕は逃げ切れたのではなく、想定通りに階段を降ろされ続けた。


もともと僕は、階段を下る音でその存在に気づいた。

階段の果てに近い場所から、それは聞こえた。もっと言えば、それだけ大きく音が響いた。


「失礼」

「え、ちょ……!?」


僕は近づいた。

同じ段差の、壁から壁までの距離を縮めた。


黒フードはワタワタと慌て出した。

立ち上がろうとしているけど、上手くできていない。


「うっぃ?」

「やっぱり……」


そんな奴の、二の腕あたりをつかんだ。

ほっそりとした腕、だが、できなかった。

触れることができなかった、透明なアーマーでもつけているかのように接触できない。


「見た目通りの姿じゃない」


おそらく、理想の姿を取っている。

だが、認識をズラしただけで、実態までは変わっていない。


僕の手は実在の脂肪に阻まれた。


「ここは、体力を消耗させる為のクラストだ」

「…………バレた……」

「僕が運動した分だけ、あんたのカロリーが消費される」


それがホラーじみた格好と動作で追跡した理由であり、僕を先に行かせようとした根拠だった。


「ここはダイエットの運動を、他人にやらせる為のクラストだ」




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