下降継続2
階段を下りる。
足音は付いてくる。
振り返ることはできない。
そんなことをすれば速度が下がる。
下手をすれば足が滑って転倒だ。
た、た、た、た、た――
タ、タ、タ、タ、タ――
他の参加者、ということはないだろう。
もしそうなら、黙って追いかける理由がない。
いくら耳をすませても、足音以外に聞こえるものはなかった。
これは――コイツは、僕を追って来ている。間違いなく。
姿を見ないまま、足音だけでそれを知る。
た、た、た、た、た――
タ、タ、タ、タ、タ――
けど大丈夫、大丈夫だ。
平気だ、問題なし。
だって降りてるタイミングは同じくらいだ。
足音のリズムに違いはないんだ、差が縮まることだってないはずだ――
「え」
そこまで考えて、ようやく僕自身の間抜けさに気がついた。
もしそうだったら――
どうして、足音が大きくなっている?
速度差がないなら、音だって変わらないはずじゃないか。
けれど現実には足音はだんだん大きく、はっきり聞こえた。
ヤバいという危機感が、後ろを振り向かせた。
遠く、小柄な人影がいた。
黒色で大きめのフードを目深に被り顔はわからない、全身を使って下りる様子はわかる。
その人は、僕と同じタイミングで階段を下っていた。
一段とばしで。
速度差は倍、それだけ距離が詰められ続けた。
「やっば……!」
一気に背中から冷や汗が吹き出した。
危険とか言ってる場合じゃない。
こちらも一段とばしをする。
慣れていないせいか、先ほどまでのテンポにならない。
た、、た、た、た、、た――
タ、タ、タ、タ、タ――
順調に、足音が大きくなり続ける。
追いつかれたらどうなるか。
あの人影は何者か。
そんなことは一切わからない。
わからないけれど、本能的な恐怖があった。
当然の危機感だ。
どんなバカでも予測がつく。「クラスト内で追跡者に追いつかれたらろくなことにならない」ってことくらいは。
「……この!」
どれだけ足を早めても速度差がなくならない。
背後からの着地音は徐々に、けど確実に近づく。
「ここ、捕食型クラストか……!?」
脱出というよりも、参加者が逃げ切ることを目的としたクラスト。
殺人鬼などが主に使うタイプ。
大抵は、追跡者にとって有利なよう条件が整えられている。
「クソ……!」
つまりこれは「階段を降りるのが得意な殺人鬼に追われている」って状況か?
「そんな限定的なことだけ得意な殺人鬼がいてたまるか……!」
だけれど現実に、僕は追われてる。
離せず、徐々に徐々に差は縮んで行く。
階段殺人鬼を振り切れない。
こっちは武器の類は何も持っておらず、向こうは何を持っていてもおかしくない大きめのフード着用だ。
戦うという選択肢は危険すぎた。
そして、このクラストには、階段以外なにもなかった。
前方にしか、逃げ道はない。
た、た、た、、た、、た――
タ、タ、タ、タ、タ――
足の疲れが重なる。
階段は、登るよりも降りる方が時間辺りの消費は激しいという話も聞いた。
未だに一段とばしのテンポは整わない。
「この――!」
このままでは追いつかれる。
そう判断した僕は、二段とばしに移行した。
滞空時間の長さにヒヤリとする。
勢いが良すぎて三段になった。
滑るように次の段へと着地した足の衝撃、痛み。コンクリートにヒビでも入ったんじゃないかと思うレベル。階段だけしかない世界に ダン! と大きく響いた。
「知らない気にしない追いつかれない!」
まだ耐えられる痛みだ。叫んでごまかし、三段飛ばしを続ける。
ほとんど崖へと落ちる気分で跳ぶ。
踊り場は、高さが三メートルごとに設置されている。
階段の数はだいたい十六段。
そこからスタートし一段とばしなら十四段目に。三段とばしなら十二段目に着く。
さらに飛べば八段目、四段目、次の踊り場へ。
たったの四回で行くことができる。
階段降りの最短手順だ。
足は衝撃で痺れる。
痛いかどうかもわからない。
長くは続けられないやり方だった。けど、今は何より速度が重要だ。
風切音と着地の衝撃で、後ろからの追跡はわからなかった。
わからないまま、ただ続ける。
階段を見て確かめるというプロセスを最小限に、体の感覚だけで跳躍する。
さっきまでのテンポのいいリズムの良さは、大太鼓を鳴らすような間隔になる。それだけ足に衝撃が来る。
「ぐっ……!」
こんなの、いつまでもやれるわけがなかった。
着地に失敗。一瞬だけ、ありえない方向に足首が曲がった。
すぐ下が踊り場だったのは幸いだ。転がって落ちずに済んだ。
四分の一の安全が引けた。
だけれど、足は止まった。
立ち上がることすら難しい。
危険を無視して手すりを使って立ち上がる。
目尻から勝手にこぼれた涙は、悔しさのためか痛みのせいかはわからない。
片足を引きずった状態のまま歯を食いしばり、後ろを睨んだ。
口内には苦い終わりの味がした。
振り返り視線を向けたそこには――




