表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/71

多重部室5

クラストの厄介なところは、精神に働きかける部分が大きい点だ。

間違いなく僕自身がここにいるというのに、その僕の認識が本当だとは限らない。


あるいは、クラストという密室そのものが、そうした性質なのかもしれない。

なんせ魔力なんていう意味不明なものを基に構築されている。


目の前にあるすべてのものが嘘だったとしてもわからない。

何もかもが虚構だ。


けれど、それでも、それらすべてはクラストマスターが作り出したものだ。

すべては意図があって存在している。


だから――


「最初は背の低いおかっぱ、次にくせ毛のメガネをつけた姿、そして今は中肉中背の平凡――」


それを異常だと判断できなかった。

そう思考を誘導された。


「短い時間の間に、君の姿はどんどん変化した」

「つまり?」


僕は肩をすくめた。


「君は偽物だ」


目の前の文坂波等羽に――その姿をとったモノにそう告げた。


「バレちゃいましたか」


自然な笑顔。

綺麗な瞳。

それらすべては構築されたものだった。


嘘つきは自分自身ですら嘘にした。


「うん」


それを理解した上で、横を通り過ぎた。


「あれ?」


抱きしめて上げましょうとばかりに伸ばされた両手を避けた。

その向こうへと行き、丹念に調べる。


「もう……」


『文坂さん』は唇を尖らせていた。


「私が偽物だって気づいたんですから、触ればいいじゃないですか、それでクリアですよ?」

「偽物だから触らないんだ」


きょとんとした様子だった。

完全に嘘だ。


「クリア条件は、異変に触れることだ、偽物に触れることじゃない」


この辺は、言い回しとしてものすごく微妙だ。

探すべき対象は、異常でもなければ非日常でもない。


「君は発見され、触られるためのデコイでしかない」

「そうなんですか?」

「ここはクラストだ」


半ば独り言のように続ける。


「クラストによって作成されたものしか、ここにはない」


放置している文庫本も、真新しいカップも、この『文坂波等羽』も、全て等価だ。

なんの違いもありはしない。異変――「異なる変なもの」ではなく、クラスト内にて創造された、あって当然のものだ。


「なにより――」


この『文坂波等羽』、その背後にあったロッカーを開けた。本来であれば掃除用具が入っていたはずの場所には。


「君の声が、二重に聞こえた」


一度だけだが、そうだった。

あれは彼女なりのヒントだったのかもしれない。


開けたその先には、体育座りで、にへら、と笑い手を振る坂波等羽がいた。



  +  +  +



全てがクラストによって構築されたものの中にあって異変と呼べるものは、僕自身を除けば別の人間――「必要もないのにクラスト内にマスターがなぜかいる」という事態だ。非クラスト的な存在こそが探すべきものだった。


「なんでこんなことをした?」

「言ったじゃないですか」


立ち上がり、スカートの汚れをはたきながら文坂さんは言った。


「遊ぶため?」

「はい」


それだけじゃないな、と半ば直感のように思った。


「あとは、テストです」

「テスト?」

「それは、私の派生人格の一つです」

「は……?」

「可能性としての私を外部に放出し、クラスト内にて実体化させました、それがどのくらいの精度で、どれくらい思い通りにできるんだろうな、って」

「何言ってんの――?」

「遠隔でどれだけちゃんと動かせるか、まだ試し段階なんですよ、あんまり期待しないでくださいね?」

「いや、待った……」


色々と分からないことがある。

完全に理解不能だ。

けど、やろうとしている事は、うっすら察した。


「文坂さん、君がそこまでする理由はない」

「そうですか?」

「えー」


文坂さんと『文坂さん』が並ぶと微妙な気持ちになる。

姿形は違うのに、双子のようにそっくりだという矛盾した印象があった。


それは立ち居振る舞いのせいかもしれないし、浮かんでる表情のためなのかもしれない。

どちらせよ、そこにいるのは「二人にして一人」だった。


そのうちの本物に、軽く指で触れた。


「君が、異変だ」

「はい、センパイは正解しました。この私をちゃんと見つけることができました。もう少ししたら、このクラストからセンパイは解放されます」

「やっとお別れだ、君を退部にできる」

「いいえ」


思っても見なかったことを、言い出した。


「センパイは私をクラスト部に入れます、間違いなく」

「……なぜ?」


徐々にこの場所が、このクラストの輪郭が緩んで行く。


勝負に負けた文坂さんはペナルティを受け、倒れることになるかもしれない。

そうなると、彼女を保健室に連れていかなければならない。

あまり関係を深めるようなことはしたくないけど――


そうした細々とした心配の一切を否定するように、彼女は平然と続けた。


「だって、このクラストは継続型です」

「……なんて言った?」

「明日以降も、ここにこのクラストは形成されます」


だから、どうした。

それで僕が困ることはない。

文坂さんの入部を認めないことに変わりは――


「私が許可しなければ、センパイは部室に入ることはできません、これから先も、ずっと」

「え」


二人の文坂さんが、左右から僕に接近した。

口元には勝者の笑みがあった。


「だって、私のクラストです。招く相手は私が選べます」

「せっかくのクラスト部なのに、センパイは入れないなんて大変ですね?」


片方は文坂さんが作り出した偽物だ。

なのに徐々に霞む景色の中で、二人の輪郭だけがくっきりと浮かんでいた。


「けど、そうなると、どうなると思います? 部室に入れないのが、ずっと続いてしまうと?」

「センパイ、幽霊部員になってしまうかもしれませんね?」


どちらが本物だったのだろうかと混乱する。


「幽霊部員となったセンパイは、一体どうなってしまうんでしょう?」

「他の生徒を――他部活の幽霊部員の人を、クラストに巻き込んでしまうかもしれません」

「わー、たいへんー」


他の生徒と共通項を持たないこと、それがこのクラスト部の設立理由だ。

そうしないと、僕の関係者になる、高い頻度でクラストに巻き込んでしまう。


「……僕を脅すつもりか」

「いいえ、センパイ?」

「私の入部を認めるだけで、センパイは前と同じように部室に入ることができますよ、クラスト部員でいられますよ、って話です」

「それが脅しじゃなきゃ、他の何が脅しになるんだ……!」


まるでトロッコ問題だ。

僕がクラストに巻き込む対象を、一人だけで済ますか、それとも他の多くの人間か。


「いや、違う、まだ手段はある! このクラスト部を一旦廃部にして、また新しく作れば……!」

「それ、無理ですよ?」

「私、センパイの文字を真似て、先生に入部を認めさせたんです」


公文書偽造の実績があった。


「だから、センパイの邪魔だって、できます、廃部になんてさせません」

「もちろん、最終的にはセンパイが勝ちますよ?」

「だけど私、阻止します、すっごくすっごく頑張ります、できるだけ時間を引き伸ばします」

「あれー? そうなると、センパイが幽霊部員になるのと変わらないかも?」

「悪魔か、お前」


文坂波等羽はクラストを使い、「僕が部室に入る」という選択権を奪った。


これが彼女一人であれば、まだ隙をつくことができた。

だが、彼女は自分そっくりの人間を作り出すことに成功した。

このクラスト内に24時間存在できるセキュリティを生じさせた。


「――」


本当に、根本的に、勘違いをしていた。

文坂波等羽の目的は最初から「クラスト部に入部すること」だった。


そのために、ここはあった。

このクラストは、僕を説得するための道具だ。


「ね、センパイ、大丈夫ですよ」

「うん、へーきへーき」

「どうしてそこまでするんだ」

「だって、私はこのクラストのマスターです」

「だからどうした」

「クラストマスターが、他のクラストに招かれることって、あると思いますか?」

「それは――」


わからない、としか言いようがない。

だけれど、僕がマスターとして参加者を募るなら、できれば避けたい相手だ。

どんな異変を、どんな特異性を持ち込まれるかわかったものじゃないからだ。


「私は、センパイが巻き込むことのない、ただひとりの人間です」

「――」

「だから、大丈夫なんですよ?」


巻き込むかもしれない比較が一人対多数ではなく、ゼロ対多数かもしれない。

それは断る根拠を無くす言葉だ。

別に好き好んで一人でいたいわけじゃない。


けど、これには対価も必要だった。


「……このクラストから出るには、毎回君を見つけなきゃいけない、違うか?」

「はい!」


クラストに入ったからには、出なきゃいけない。

文坂波等羽という人間を発見しなきゃいけない。

嘘にまみれた彼女を、見つけ続ける必要がある。


根本的な彼女の望みの方向性だ。嘘を暴かれ、見つけられることを希求している。


「はぁ……」


僕は盛大に息を吐いた。


「ダメですか?」


世界全てが崩れようとする中、あるいはこの直後に敗北のペナルティで気絶してしまうかもしれない中、文坂波等羽はただ不安そうにしていた。


クラスト部をクラスト化する。

彼女はその一手で多くのことを可能にした。

大半はいまだ現実可能かどうかもわからないものだけど、その示唆を行った。


「……なるべく、他の人を巻き込まないこと、これが最低条件」

「!」


文坂さんは、笑った。

嘘かもしれないと疑うのが申し訳なくなるほどの、満面の笑顔で。


「入部を、認める」


部室が崩れ去り、文坂さんが両手を上げて踊る中、僕は敗北を告げた。



多重部室 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ